◆なぜ法案を出さない?
一つは“通常国会に戸別所得補償制度に係る法案の提出をしない理由は”の答え。
“法律上の措置を講じることは…必要なことと考えています”が“予算が成立しても、法案が成立しない限り交付金の支払いが行えないという問題が生じ”るので“着実な支払いを最優先”して今回は“法律上の措置”は講じないことにしたという。
問題はこの“法律上の措置”として何を予定していたのかだが、それとしては“戸別所得補償交付金の交付規定、「担い手経営安定法」の廃止、「特別会計に関する法律」の改正等”があげれていたが、それだけなの? というのが第一の疑問。
この点については、「戸別所得補償制度の骨子(案)」が発表されたとき、本欄(10.9.10掲載の(42)) で問題にしたことがあるが、小生と同じ問題指摘を、全国農協中央会が10.10.7発表の「戸別所得補償制度に対するJAグループの政策提案」のなかで行なっているので、同「提案」から問題指摘文章を拝借しておこう。
「提案5. 国・行政が主体となる戸別所得補償制度にかかる推進・実施体制」のところの文章だが、こういう文章である。
“政府案は、「生産数量目標の達成に向けて、行政が主体性を発揮する仕組みを検討する」としており、国は食糧法の下で主要穀物たる米の需給と価格の安定を図る責務を有しているため、その主たる手法の生産調整は、国・行政が実施主体として、目標配分と責任を持つ「国・行政が主体となる需給調整システム」を再構築すべきである。
あわせて、農業者・農業者団体は生産調整の実行主体として、達成に向けた最大限の努力と行政への協力を行う仕組みとするべきではないか。また、こうした仕組みとするためには、農業者・農業者団体が主体となる需給調整システムを基本とした、現行の食糧法および関係規定を改正する必要がある。(下線部は梶井)。”
この指摘に一言も答えていないのは、どうしたことか。食糧法改正こそまずやるべきだ。
◆算定方法への疑問残る
もう一つは、“米と畑作物で支払いの仕組みや単価の算定方法が異なる理由”である。
米については、“「経営費・家族労働費の経費の8割」に相当する水準”で算定し、畑作物については、“「全算入生産費」をベースに”算定することになっている。家族労働費の扱いのちがいは説明する必要はないだろう。経営費と全算入生産費のちがいは、前者が自作地地代、自己資本利子、家族労働費を含まないのに対し、後者はこれらすべてを含んでいる、というところにある。
07年米生産費調査全国平均値で、米も畑作物と同じように全生産費を補償基準にしたとき、自家労働費は8割しかみないとしたとき、経営費+8割の自家労働費としたとき、の補償基準額を計算してみると、表のようになる。
畑作物と同じ基準でやるとすれば補償基準額は1万6412円になるのに、自家労働費を8割にし、さらに自作地地代・自己資本利子を費用のなかに含めないことで大幅に基準額を下げているわけである。
米と畑作付の補償基準の算定の仕方を変える理由として、「Q&A」が言っているのは、“米については、▽生産過剰な状態にある中で、他作物に生産を誘導する必要があること▽畑作物に比べて全国的に収量・品質の差が小さいこと”でしかない。米作物を減らし、“他作物に生産を誘導する”ために補償額を低くしているといっているだけで、何故生産費ではなく経営費なのか、何故自家労働費は8割なのか、全く説明がない。
全算入平均生産費60kg1万6412円以下の生産費で生産されているのは、全生産量の61・4%、1万2972円以下の生産費で生産されているのは30・8%にとどまる(09年「生産費調査報告書」の度数分布表による)。70%の米作付転換を意図しているのだろうか。それで食用米の供給は安定性を期待できるのだろうか。
自家労働費8割については、“家族労働費8割評価で1.5万円/10aを固定することで、毎年の生産コストに基づく「生産費と販売価格の差額補てん」の仕組みとなっていない”と全中「政策提案」も批判していた。当然である。同時に、米だけ何故経営費基準なのかを問うべきだったろう。
表の(2)と(4)の額のちがいに注目されたい。生産費調査の物件税には水田の固定資産税も含まれていないことを、ついでに指摘しておこう。
東京農工大学名誉教授