◆増産はどこが担えるのか?
4月26日、平成23年度農業白書が閣議決定になった。本紙ではその問題点は、すでに田代教授により適確に指摘されている(4月30日付本紙田代論文)。裨益されるところ多かった。教授の言及はなかったことで気になったことを一つ問題にしておきたい。全体として地域性の分析が弱いことについてである。
例えば、「基本計画」が最重要課題とし、当然「白書」も分析の重点の一つとしている食料自給率引き上げ問題の扱いかたなどがその一例である。
大幅増産を「基本計画」として掲げている小麦・大豆について、増産の動きが鈍いこと、鈍いというよりないといったことを白書は表で示している。なぜ鈍いのかの説明としては、小麦についてはパン・中華めん用小麦品種や水田二毛作拡大を可能にする水稲品種の普及の遅れが、大豆については湿害対策としての基盤整備の重要性が叙述されているにとどまる。どの地域でも問題になることであり、確かに大事な指摘ではある。が、それですませていいのだろうか。
◆「昭和36年」の小麦
平成32年度の小麦生産目標として「基本計画」が掲げている180万トンに近い生産量をあげていたのは昭和36年だが、その年の小麦生産178万トンの37%66万トンは、関東地方で生産されていた。ついで多かったのは24%44万トンを生産した九州であり、北海道は2%4万トンでしかなかった。
が、小麦生産の地域性は、今はすっかり変わってしまっている。表示したように、今、小麦の60%は北海道で生産されている。昭和36年より増産しているのはこの北海道だけであり、都府県はどこの地域も減産で特に関東の落ち込みは大きい。
これから小麦の大増産をやるとすれば、一体どこでやれるのか、その吟味をやることこそ白書の仕事だと思うのだが、如何なものか。北海道でまだ増産の余地はあるのか、関東や九州が昭和36年頃の水準まで復帰することは可能なのか、吟味してほしいものである。
◆「大正9年」の大豆
大豆の生産目標60万トンの実現は、小麦180万トンよりさらに難しいのではないか。我が国で60万トンの大豆生産を実現したことはない。これまでの最高は大正9年の55万トンだった。(427万石を1石129kgで換算)。今、大豆生産はその42%23万トンでしかない。
減産はかつての主産地の一つだった関東で特に大きく、最盛期の20%になってしまっている。大正9年には東京でも1633トンの大豆生産があったが、平成21年は僅か7トンでしかない。神奈川は大正9年は4613トンだったのが平成21年は69トンである。関東各県の中では唯一栃木県が、大正9年の8819トンを上回る9370トンを平成21年にあげている。茨城・埼玉は大正9年には栃木の3倍を上回る生産をしていたのに、今は栃木以下の生産になってしまっている。
栃木で何故大正時代を上回る大豆生産ができているのか、茨城、埼玉で旧に復する可能性はあるのか、こういった吟味こそが、これまであげたことのない大増産の目標の達成に本気で取組むのだとするなら、必要だろう。
◆「昭和45年」の耕地利用率
自給率50%実現のためには、平成32年にも461万haの耕地を維持し、108%の耕地利用率にする必要がある、ということに「基本計画」ではなっている。が、耕地面積は依然として減り続けて459万haになっているし、作付延面積も減り続けていることを白書は図表で示している。が、耕地面積減少率よりも作付面積減少率の方が僅かに低かった結果として、耕地利用率は“わずかな値ですが8年ぶりに増加に転じたことになります”と、ホッとしたかのように白書は記述している。
問題は耕地面積が増えた上で“8年ぶり”の利用率増加が持続するのか、そのためにはどこで何をすればいいのかの検討こそが必要なのに、それはない。
耕地利用率が108%水準を保持していた昭和45年、全国平均108.9%は、北海道、東北、北陸は100%を切っていたのに、九州、四国、関東、東山、東海、中国、近畿が100%を超えていたことで実現していた。が、今、100%を超えているのは九州だけであり、中国は80%を切る状況になってしまっている。そしてその中国は農業就業者の老齢化が一番進んでいる地域でもある。という地域性を踏まえれば、とるべき施策も自ら明らかになろう。白書にしてほしいのはそういう分析である。
東京農工大学名誉教授