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平成23年度農業白書を読む

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平成23年度農業白書を読む―食を担う農業構造の分析をもっと期待したい 田代洋一・大妻女子大学教授

・今年の白書の印象
・被災農業者の生の声が聞こえない
・食料消費と食品産業には力が入った
・基本計画の達成度評価が軸だが…
・戸別所得補償の評価が正念場
・農業構造分析はどこにいった?

 政府は4月24日、「平成23年度食料・農業・農村白書」を閣議決定した。今年は巻頭で「東日本大震災からの復興1年」を特集し、本文では、重点事項として食料自給率、戸別所得補償政策の本格実施など現行基本計画を検証した。今回の白書の特徴と課題などを田代洋一教授に寄稿してもらった。

◆今年の白書の印象

 今年の白書の課題は東日本大震災と戸別所得補償政策の検証だ。 まず外見的な印象を述べておくと、昨年は分厚い白書だったが、今年は100ページほど減らして元に戻った。それでも1kg以上だから持ち運びは大変だ。従来は食料・農業・農村の3章だったが、今年は、自給率向上、食料の安定供給、農業の持続的発展、農村振興の4章仕立てだ。内容的には従来は農業の章だった作目別動向が自給率向上に移された。白書は徐々に食料に軸足を移していくのかも知れない。
 内容的には、特集の東日本大震災を除きセールスポイントに欠ける地味な白書になった。しかし図表はしっかりしており、事例も適切で、情報として使える白書である。


◆被災農業者の生の声が聞こえない

 東日本大震災の特集は、被害状況と農水省等の対応をまとめている。津波からの復旧は農地が39%、農業経営体が40%とされている。食品産業の被害を全国的に把握し、また国民の意識の変化を取上げ、4分の3が食料生産力の強化を挙げているとしている。食品備蓄の必要性については、東日本と西日本で若干の温度差が指摘される。このように食品産業や消費者への留意が目立つ。
 原発事故の被害も詳細に把握されているが、稲ワラ汚染の行政責任には触れていない。また風評被害を取り上げたのは評価されるが、その定義は原子力損害賠償の審議会の「汚染の危険性を懸念した消費者又は取引先による買い控え、取引停止により生じた被害」というもので、これでは実害と風評被害の区別があいまいである。生産者・消費者の対立にもなりかねない事柄なので、食料・農業を司る農水省としての定義が欲しい。
 事例等ではいろんな関係者の声が紹介され、白書の地の文よりも読ませるが、土地利用型農業の担い手たちの生の声が取上げられていない。地域農業としてはそこが肝心ではないか。被災した広大な農地を、どのように復旧し、誰がどのように耕作するのか。担い手たちは次の世代にどんな器を残すのかを真剣に模索している。平地水田だけに農家の階層分化と高齢化は相当に進んでおり、これまで取り組んできた大区画圃場整備と大規模協業化の再開が問われている。農水省も含めて白地にいろんな絵を描きたいようだし、なかには独走が批判されている外食産業もある。それに対し現地の地を這う復旧・復興の取組みの声を聞きたかった。


◆食料消費と食品産業には力が入った

 食料の消費水準指数が長期低落傾向をたどり、エンゲル係数が横ばいから微増となった。同係数は所得増とともに下がるので、日本の貧困化の現われかも知れない。急増している単身世帯で外食の低下、加工・調理食品の上昇が起きている。以上の背景に実質賃金の低下、パート増があることの指摘はまっとうだ。
 スーパーとくにコンビニの伸び、食品産業の海外進出、大型商業施設の郊外化に伴う食料品アクセス問題、すなわち買い物弱者にも触れている。
 農業交渉を巡ってはWTO→FTA(EPA)→TPPの推移が他人事のように淡々と綴られている。こうして歴史的経緯を追うほど、これまでのWTO交渉とTPP参加とが整合するのかが問われる。TPPについては1月までしか書かれておらず、最新情報が盛られていない。


◆基本計画の達成度評価が軸だが…

 白書の叙述は、2010年の基本計画の達成度を検証するスタイルだが、あまりおもしろくない。まず基本計画の文言が斜体文字で引用されていて、読みづらい。恐らく大方の読者は飛ばし読みするのではないか。
 しかし根本にはそもそも基本計画とはなんぞやという疑問がある。というのは基本計画の後に食と農の再生プラン(「再生基本方針」)がでて、計画が二本立てになってしまったからだ。しかも後者はTPP推進と一体のものと位置づけられ、自給率向上を基本に置く基本計画とは水と油の関係である。民主党農政がどこに行くのか分からないのに、基本計画の検証を読まされても虚しいというのが実感だ。
 ともあれ基本計画を基準にしてみると、まず自給率は50%への向上どころか熱量ベースで39%に2ポイント下がった。麦・大豆・ソバ・なたねの増産は目標に対して遅々として進まない。
 はかばかしかったのは新規需要米のみ。手厚い交付金の成果としては当然だが、それだけに定着性が問われる。湿田で増えたのかどうか、畜産との結び付きの態様など、農法変革の有無まで踏み込んで欲しい。


◆戸別所得補償の評価が正念場

 検証の正念場は戸別所得補償だ。白書の強調点は次の通り。
 (1)制度に加入しなければ米作付け規模でみて全階層が赤字だが、加入すれば2ha以上が黒字化する。しかしそれは米価下落を補てんする変動部分を含めての話で、本来の固定部分1700円だけだと5ha以下は赤字、5ha以上の最上層でもトントンだ。固定部分の水準が早くも問われる。
 (2)支払件数シェア3.2%の5ha以上層に支払額の40%が集中している。これをもって「バラマキ」批判は当たらないとしたいのだろうが、その点は白書が正しい。
 (3)米の過剰作付けは09年度から11年度にかけて2.7万ha減った。これ自体は成果として強調できるが、それでも米価は下がった。
 (4)地域別に09年に対する10年の農業所得の増加率をみると、全国が17%に対して、北陸62%、東海30%、近畿31%、九州29%、中国はマイナス4%。制度がどの地域を潤し、どの地域を救えなかったか明確だ。
 (5)白書本体には掲げられなかった図1を概要版から引用しておく。これによると確かにトータルの農業所得は37%も増えた。しかし米モデル交付金を除いた純の農業所得は何と42%も下がっている。その一つの要因として米価は12%下がった。
 全体として、第一にもっぱら米モデル交付金に依存した農業所得の増大であること、第二に制度は米価下落には無力だった。政策ははじめから価格支持を放棄していたが、そして昨年の白書は否定したが、制度が米価下落をもたらした疑念は消えない。要するにマッチポンプ農政だ。
 この制度の延長線上にTPPを置くと、価格暴落で純の農業所得部分は限りなく下がるが、交付金で農業所得は増えた、メデタシ、メデタシという話になるのか、やはり財政が持ちませんでしたということになるのか。問われるのは民主党農政の基本スタンスだ。

農業所得の推移


◆農業構造分析はどこにいった?

 集落営農、農業就業者、規模拡大がばらばらに論じられ、まとまった構造分析はみられない。集落営農は明らかに停滞的になった。次なる課題は法人化だが、品目横断的政策にのるためのペーパー集落営農と本来の協業集落営農との区別など、内実に立ち入った分析をしないと、法人化も一律には論じられない。
 新規就農者全体、とくに自営すなわち後継者の就農が減っている。原因の第一は「所得の少なさ」だ。戸別補償で農業所得が増えたという政府の声は若者には届かなかったようだ。そもそも彼らの多くは施設型志向だから政策の恩恵も受けない。これらが新たな青年就農給付金でどうなるのか、その使い勝手も含めて来年の白書の課題だ。
 新規参入者の受け入れについては自治体農政が農協と組んで努力してきたが、この点に限らず白書は一体に自治体農政には冷たい。国の白書という建前なのだろうが、地方分権の時代、もっと地域での取り組みを評価・紹介してもいいのではないか。
 女性の6次産業化の取組みや社会参加ついて今年の白書は強調している。それはよいことだが、決め手に家族経営協定をあげているのはいかがか。同協定は二世代経営を前提として親子、夫婦の関係改善が目的だが、最近は二世代経営より夫婦パートナーシップ経営が主流だ。同協定のあり方もそのような実態に合わせて変えるべきである。
 最後に構造分析だが、規模拡大が「一定程度進展」したこと、20ha以上の面積シェアが05年の26%から10年の32%に増大したことが指摘されている。それは20ha以上経営の数が増えたからか、1経営当たりの規模拡大の故か。個別経営、集落営農、法人といった経営形態、作目や販路、交付金の比重、20ha経営に至る経路、地域農業や集落営農との関係など、構造政策を進める上で分析すべき論点は多い。規模拡大加算が1.7万ha、33億円支払われたとしているが、予算の7割が未消化の点を既にマスコミにたたかれている。
 食料視点へのシフトもいいが、食料供給を担う農業構造の分析が白書の基本ではないか。来年はその点への踏み込みを避けて通れない。


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