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JAリーダーの肖像 ―協同の力を信じて

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百人の一歩を胸に (上)

JA横浜(神奈川県)代表理事組合長 志村善一氏

◆30歳の新人職員としてスタート 志村善一氏写真提供:(社)家の光協会  「学校...

◆30歳の新人職員としてスタート

志村善一氏
志村善一氏
写真提供:(社)家の光協会

 「学校の先生は、仕事を辞めても先生と呼ばれるが、組合長と呼ばれるのは、任期中だけのこと」と、ユーモラスに話す志村善一(しむら・ぜんいち)組合長。
 人口360万余で、東京都区部に次ぐ全国第二位の都市・横浜市のほぼ全域をエリアとする大規模JAのリーダーは、温和で飾らず、自然体が魅力の農協人である。
 志村氏は、昭和15年に、農家の次男として誕生したが、兄が生後まもなく亡くなったため、実際には「長男」。育った地域は、昭和30年代まで横浜のツンドラ地帯といわれた農村部で、家から一番近い雑貨店まで1キロあった。
 江戸時代は名主だったという志村家は、360年以上続く農家だが、祖父の代に没落。田畑や家屋敷のほとんどを失った。
 祖父亡き後、祖母と父は必死に働いて、農地や山林を少しずつ買い戻していった。
 子供の頃の思い出といえば、明けても暮れても農作業の手伝いをしたこと。学校の夏休みも毎日働き、休めるのは元旦だけだった。
 「親父は職人気質で、自分の仕事については妥協を許さない人だった。私も、仕事の段取り、食事の作法、人との話し方など、口うるさく教えられた。若い頃は、そんな親父に対して、反抗的な気持ちが強かった」
 相原高校農業科を卒業してすぐに就農。若い仲間たち10人で、1000坪のハウスを建設し、野菜や花卉の共同経営に取り組んだこともある。
 しかし、新都市計画法で市街化区域に入ったため、やむなく専業農家をやめ、転職することに。東急電鉄に就職が決まり、東京で下宿生活をする予定だった。
 だが、「荒れた田畑を見るのは忍びない」と言う父の寂しそうな顔を見て、地元に残ろうと決心。昭和45年に、30歳の新人職員として横浜北農協に就職した。

◆定期便作戦で信頼を得る

 そして、地元の支所に共済係として配属されたが、そこでまず、自分自身の3ヵ年計画を立てた。
 1年目は、与えられた目標を達成する。2年目は「これが志村のやり方」というものを示して結果を出す。3年目は、農協の7支所のなかでトップの成績をとる。
 農業後継者の会や農協青壮年部でリーダーを務めていた志村氏は、地域のなかで顔が広かった。
 「共済担当は、それまでの地域活動の経験が生かせると思ったから自ら志願した。それに、共済事業は農協の助け合い運動の原点だと考えていた」
 志村氏は、推進を成功させるために、独自のアイデアを考えた。相手がいてもいなくても、毎日同じ時間に家を訪ねる「定期便作戦」。
 留守の時は、名刺に「お会いできなくて残念です」と一筆書いて、置いてくる。約束して訪ねたわけはないが、後日、組合員に会うと、「この間は悪かったね」と言ってくれた。
 正月には、長期契約、短期契約、成人になった人など、対象別に4、5通りの年賀状を出した。当時はまだ珍しかった手作りのダイレクトメールも、まめに発送した。
 交通事故の示談にも積極的にかかわった。まさかの時のための共済だから、事故処理までやるのが共済マンの使命だと考えていた。

◆自分の足で組合員のなかに

 農協職員となり、地域の人たちとの交流が深まるにつれて、志村氏が知ったのは、亡き父の存在の大きさだった。
 村会議員などを努めた父は、面倒見がよく、地域の人たちから慕われていた。「お父さんのお世話になった」と、よく感謝された。
 「子供の頃から苦労していた親父は、一人の百歩よりも百人の一歩、地域のみんながよくならなければ自分もよくならないとよく言っていた。また、それを実践していた親父の生き方は、今にして思えば、協同組合人そのものだった」
 若い頃、共済推進で訪ねた家で、あっさり断られたことがある。あとで聞いた話では、その家の主人がこう言ったという。
 「この間来た志村という農協職員は、志村一郎さんの息子さんだったのか。知っていれば、断ったりなんかしなかったのに」
 支所の共済担当を10年。その後、本所の組織課長を努めたあと、再び支所長として地元に戻った。
 その時も、自分自身の3ヵ年計画を立てた。1年目は、前から考えていた組合員台帳を作成し、2年目は農業後継者対策として、支所独自で研修会や講演会を開催した。そして、3年目には、農協婦人部の全戸加入運動を展開した。
 自分の足で組合員のなかに入って行き、常に組合員・利用者の目線で協同活動に取り組む。それが、農協人としての志村氏が貫いたスタンスだった。しだいに父親の生き方に似てきた志村氏であった。

(次回に続く)

【著者】(文) 山崎 誠

(2008.06.18)