課題は自給率向上と
農業所得増大策の具体化
◆遅すぎた政策転換?前政権の総括
白石 新政権農政の骨格は徐々に固まりつつあるようですが、まだ明確ではありません。そこで今日は農協運動の現場から、新政権が今後進めようする食料・農業・農村政策に何を望むかをテーマに話し合っていただきたいと思います。最初に梶井先生から前政権農政の総括と、新政権のこれまでの評価をお願いします。
梶井 前政権の政策は02年の米政策改革大綱を決めたころからが問題だと思います。
当時、この大綱をめぐってとりまとめの中心にいた高木勇樹元農水事務次官と本紙で対談しました。そのとき高木さんは米の需要は飼料用米など多用途利用を考えれば無限にあるから、低米価に耐えられるような経営体をつくることこそが課題で効率的かつ安定的な経営体ができさえすればそれが実現する、だから何よりも構造政策だと主張しました。
(写真)白石正彦・東京農大名誉教授
◆構造改革のみにまい進
それに対して効率的・安定的な経営体といっても、たとえば米国の200、300haの水田経営は確かに日本より遙かに効率的だろうが、しかし、その米国の経営ですら、今の国際価格では赤字になってしまうために二重三重の補てんを国から受け、それで成り立っている。効率的経営さえできればうまくいくなどというのはとんでもない話だ、と私は言ったのですが、米政策改革大綱はこのときの議論にも象徴されるように、まさに市場主義に日本農業を任せるという方向に舵を切ったものです。
米価の下支えなどは重要ではないということになり、生産調整政策も03年の食糧法改正で米価維持のための生産者のカルテル行為であるとされ、国は援助するが主役は農業者・農業団体であるという方向に政策の軸を置いた。
これ以降、生産調整はガタガタと崩れ未達成県が増えて過剰米が発生、当然米価は下がっていきました。
それに対して農政はどういう対応策をとったか。価格下落に対し下支えとなる岩盤を入れようなどとは考えず、構造政策一本槍でした。だから経営所得安定対策を講じるといっても全農家を対象にせず、品目横断対策に象徴されるようにはっきり選別政策をとって、いわゆる担い手にだけは対策を講じるが、その他の農家は耐えられなかったらどんどんやめていただき、農地を担い手に集約していけばいいではないかという政策でした。
これが前政権の特徴的な政策です。
しかし、07年の参院選では、そうした選別政策に反発し、農村の反乱が起きた。そこで自民党はあわてて政策転換を図り、政策対象の担い手基準に市町村特認を加えるかたちで緩和し、生産調整についても行政の関与を強めるという方向に変え、政府米の買い上げによる需給調整も実施した。しかし、それは遅すぎたし、法改正すべきところをやらなかったばかりか、石破農相と党農林幹部の意見も一致せず、政策転換は本物か疑問視された。ということで今年の政権交代につながったということでしょう。
前政権の農政の総括としては、市場主義に任せたこととその失敗と言っていい。
◆政策実現に不安多く?新政権の滑り出し
梶井 これに対して新政権が打ち出そうとしている政策で評価できるのは、自給率目標について生産目標を立てた年から10年後に50%、20年後には60%に引き上げることを明確にしていることです。
もう一点は戸別所得補償制度に端的にみられるように担い手限定政策をとらないということ。生産目標に従って生産する販売農家全員を対象にして所得補償政策を行う。これは岩盤をつくるということですね。
基本計画を議論している企画部会に新政権は当然、10年後50%という自給率目標をきちんと提示して基本計画の作り直しの検討を進めるのだろうと私などは見ていたのですが、再開された会議で示された課題整理のなかには数字は入ってなかった。自給率50%を目標にという意見は委員である全中の茂木会長の提出文書だけです。
そのとき提示された課題整理の文書をみると諸政策を吟味した結果として具体的な数字を入れる、という話になっている。私は話が逆だと思う。はっきりした目標があって、この目標を達成するためにはどういう政策を実施すべきかという議論をすべきです。
もうひとつ懸念されるのは先日行われた事業仕分け。農水省の事業についての議論では自給率50%にすることが一体どういう意味があるのか、という趣旨の質問した委員がいた。当然、民主党の議員自身がこれはわが党が最重要視している公約でこういう意味のある政策だということを説明しなければならなかったのではないか。耕作放棄地解消対策も、必要はない、原野になったらそのままでいいではないかということを平気で言う委員がいたようです。
そういう点で本当に民主党が掲げた目標の実現に向けて政策を実行していくのか、疑問を感じています。
(写真)梶井功・東京農工大名誉教授
◆期待と不安の両面が実感
白石 では、梶井先生の指摘をふまえてそれぞれ組合長さんはどう感じておられるかをお聞かせください。
鈴木 私はそもそも水田転作の入り口が間違ってしまったのではないかと思っています。
水田に畑作物を作ることを前提にしたことが問題だったと。ところが自民党政権崩壊直前に水田フル活用という政策が出てきた。
水田に水稲を作付け用途開発をすることで生産調整をしていくという方向は政策としては評価されるべきではないかと思っています。そのために私たちも米粉用、飼料用米に真剣に取り組んできた。
ただ、この水田フル活用政策にしてもそうですが農政では自給率が非常にクローズアップされますが、農家所得についてはどうだったか。昭和36年の農業基本法で他産業並みの所得確保が命題にされたにも関わらず、どうもこの課題が抜けていたのではないか。
最近、感じているのが自給率と農業所得確保をどう並行して議論するのかということです。カロリーベースでの自給率向上は農業者の所得には結びつかない面がどうしてもある。いうまでもなく花の栽培やイチゴやトマトの集約栽培では所得を上げることにはなるがカロリーベースでの自給率にはつながらない。
そう考えると自給率向上には穀物生産や有休農地解消も大事ですが、食生活の改善による努力にも焦点を当てる必要があるのではないかと思っています。
林 自給率50%、60%の目標は評価できますし、担い手から全販売農業者に転換ということで、基本的には家族経営が必要だと思っていますから、その点でも期待しています。
一方で、今の政策の進め方では農協の役割がいらなくなることにならないかという懸念もある。これからの政策は個々の農業者に対応していく、ということになると農業者の組織は不要ということになるのか、ということです。
愛媛県は中山間地域で、とくにみかんの生産者にとっては中山間地域直接支払い制度に期待があります。これも事務費の削減はあるかもしれないが継続できるという動きのようですから、そこは期待できます。ただ、自民党政権のときはみかんの需給調整をするために加工用、ジュース用への対応として最低価格補償という政策ができつつあるように受け止めていました。これが新政権でどうなるのかも注目しています。
それから地域での最大の課題は耕作放棄地です。前政権ではそれに対応していた政策が打ち出されようしていましたが、梶井先生も指摘したように事業仕分けの議論を聞くと今はそれが見えてこない。
そこに民主党政権は生産現場より消費者に目線を置くということではないかとの心配も感じます。
(写真)上:JA東西しらかわ・鈴木昭雄組合長(福島県)
下:JAえひめ南・林正照組合長(愛媛県)
◆集落営農の意義をどう評価するか
白石 期待と不安の両面があるということですね。萬代組合長はいかがですか。
萬代 われわれの立場で考えなくてはならないのは、農家の所得がいくらになるかということが原点だということです。
一方で政策としては日本で食料自給をどこまで守るのか、ということだろうと思いますね。昨年初めの中国製ギョウザ問題以来、食の安全・安心が改めて焦点になりましたし、さらには世界的な規模での人口増加、温暖化の影響を考えたときに、日本の将来の食料はどうするのか、国家戦略的な意味も含めて国民あげて考えることに政治は軸足を置いてもらいたい。先進国で自給率40%なんて国はないんですからね。
今度は戸別所得補償制度になるということですが、今まで集落営農組織を育ててきた歴史があるわけで、がらりと変わって、戸別ですよ、と言えば集落の共同意識、地域興しといった点も含め地域でなんとか農業を守り生活も確立していこうという気持ちが崩れていくのではないかと心配しています。
したがって、戸別所得補償制度といっても少なくとも集落単位でやっていけるものはそれでやっていくという基本は変えてはいけないと思うし、集落営農は残しながらさらに組織に入れない個別農家に対して政策的に支援をするかたちにすれば協同意識がもっと盛り上がっていく。
集落営農には規模を拡大しながら効率的な農業を実現するというメリットもありますからそこはそれで伸ばすことを支援することも大事です。
(写真)JAいずも・萬代宣雄組合長(島根県)
◆農家の所得確保が農業再生のカギ
萬代 次に問題にしたいのは今回の政策では農家所得をどのくらいの水準で考えているのかということです。戸別所得補償制度というなら、農家の所得をどのくらいに設定するのかが基本だと思う。たとえば来年からの米所得補償制度のモデル事業では家族労働費は8割補てんといっていますが、これはとんでもない話で、家族農業は結局8割水準で所得を考えているのか、という不満になる。農家の生活を守る、生活ができる環境をつくる、そこに視点を置いて政策を考えてもらわないと。農家にがんばれといっても農業を放棄しますよ。
それから、政策提案や陳情について民主党への態度をはっきりさせなければ受け付けないといった発想はおかしい。政党を支持するかどうかは実績を見てから決めるのが当然のことでしょう。先に決めるということなどできるわけがないし、組織をまとめられるわけもありません。1人ひとりが成果や実績を評価して態度を決めるはずです。
白石 現場は非常に疲弊しつつあるなかでそれにどう手を打っていくかが求められていると思いますね。
菅原 私の地域は米が基幹であって宮城県のなかでも生産量がもっとも多いので、米をめぐる政策については組合員の反応が早いと実感しています。
梶井先生が言われた前政権下での米政策改革大綱については、これはもう選別的な政策になるということで、農業危機突破大会を開きましたが、かつての米価運動以上の参加者でした。
こうしたこともきっかけになって全国でも運動が広がり、たとえば担い手については集落営農組織を位置づけることや、農地・水・環境保全向上対策で小さな農家も含め地域全体を対象にするといった成果につながった面もあると思います。
そのうえで農協としては当初の要件であった20ha以上の集落営農組織を立ち上げようと必死になりました、当時は3か月間ぐらいほとんど毎晩各集落に出向いて、話し合いを持ちました。いろいろな意見があったわけですが、48集落営農組織ができて、認定農業者も含めると全面積の4割近くをまとめています。
転作も今1000haほどの大豆栽培に取り組んでいますが、農協としては施設にかなりの投資をしやっと団地化も進んできたところです。
しかし、今度の政策で直接交付金がもらえるのなら自分はもう集落営農をやめたいという声が出てきています。貸していた田んぼを自分に戻してもらいあとは兼業でも十分できるという。今までの苦労、努力が報われないということになっては問題です。
(写真)JA栗っこ・菅原章夫組合長(宮城県)
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