TPPの全体像をどう捉えるか
偏っている大メディアの論調、
意図的な「農村・都市対立」の構図
◆日本は米国の1州か…
岡阿彌 まず焦点のTPPが農業や地域経済、国民の暮らしに与える影響をそれぞれの立場からご発言いただきます。結論は「止めろ」ということになりますが、止めても、今日本が抱えている行き詰まり状況が残るわけですから、そこをどうするかも語っていただくようお願いします。
最初はTPPの概要と問題点を鈴木先生に、次に農業分野について冨士専務、生活者視点から加藤会長、地域の農業者の立場から村上会長、地域経済ということで一力社長に発言をお願いしたいと思います。
財界のほうはTPPに参加しないと、日本は貿易上不利になるとか国際社会から取り残されるなどといっていますが、反対に、このままいくと日本はアメリカの51番目の州になってしまうという人もいます。それでは全体をどう捉えたらよいのか、お願いします。
鈴木 今回、TPPの議論が非常に唐突に出てきた背景には、1つはアメリカからの水面下の働きかけがあったということと、菅直人首相がアジア太平洋経済協力会議(APEC)横浜会議に議長国として、TPP協議参加をお土産に出そうとし、これに外務省が乗り、それから韓国がFTA(自由貿易協定)を進める中で焦りを持っていた輸出産業がここぞとばかり前のめりの世論形成を始めたことがあります。
この議論は非常に乱暴で論理に飛躍があります。みなさんのご尽力で横浜での参加表明は何とか踏みとどまりましたが、今年11月のAPEC首脳会議(ハワイ)までの参加表明を目指して、すべての品目の関税撤廃などを前提に、農業、人の移動、規制緩和の三つの分野での国内対策を準備するとしています。
これまではアジアを中心に柔軟性のある自由貿易協定を締結してきましたが、そうした積み重ねを無視して国内対策を半年くらいでやろうというのは通常の思考回路では考えられません。
農業分野では10年間の猶予があるかも知れませんが、米のゼロ関税を前提にして毎年何兆円ずつの対策費を出していくかという話を詰めるといったイメージです。これは前提に無理があり、そんなことが簡単にできるのなら誰も苦労はしません。
◆「国益」とは誰の利益か
日本の農業はすでに世界で最も“開国”しており、残された米とか乳製品などわずか1割の品目まで関税ゼロとなれば、主食の米も身近で供給できず、地域経済は崩壊し、国土も荒れ果てます。
ゼロ関税にすれば農業の競争力が強化され、輸出産業になるというのも論理の飛躍で、その前に農業はつぶれてしまうでしょう。所得保障制度があるといいますが、米だけで1兆7000億円という財源をどこから持ってくるのか、これも非現実的で、空手形になるでしょう。
「農業のせいで国益が失われる」といった議論についても、「国益」というのは実は輸出産業の利益です。輸出産業はGDPの1割台に過ぎず、それを焦って守るために我々は何を失うのかを問うべきです。
海外展開している企業は2000社に1社程度で、海外労働力がどんどん入ってくれば儲かるのは輸出産業の経営者であり、雇用は海外労働力にさらに置き換わるかも知れません。
製造業でも皮革、履物、銅板など関税を撤廃できない分野を抱えているし、金融や医療を含めたサービス分野はほとんど何もできないできています。看護師の海外からの受入れも、これまでシャットアウトしてきましたが、それを開放して1年後以内に対策ができるのかなども含めて無理のある話ばかりです。
また国土・環境保全など農業の多面的機能もきちんと算入して輸出産業の利益を守るために社会全体が失うものの大きさを計算し、総合評価しなくちゃいけませんが、そういう議論も抜け落ちています。
TPPはそもそも小さな国の集まりで、そこにアメリカが入ってきた形です。輸出産業がそこに無理をして乗っかって、どんなメリットがあるのか。これから伸びていくアジアの国々と成長のエネルギーを共有することが日本にとっても重要です。
(写真)米国は輸出補助金を垂れ流して農業保護を続ける=米国のトウモロコシ農場
◆「アジア重視」忘れるな
それを一番いやがっているのはアメリカです。アジアをつまみ食いするには日本と中国とかASEAN諸国との関係を分断するほうがいいのです。TPPは、すでにその役に立っています。日本にメリットのある長期的な戦略としてアジアを重視することを忘れてアメリカの方向づけに乗っかるのは正しい戦略なのかを冷静に考えるべきです。
岡阿彌 アジア地域の経済統合の動きとアメリカを結ぶ橋渡しのために日本のTPP参加が必要であるというようなことを日本経団連が6月にいっていました。また参加国の“シームレスな”経済関係をつくるという発言もあります。日本の国益とは別なこととして、この問題は発想されていると見てよいのでしようか。
鈴木 アジア諸国はアメリカの動きを警戒しています。中国も韓国もそうだし、ASEANも割れていますね。アジアは分断された形になっています。
岡阿彌 では農業分野について冨士さんお願いします。
冨士 アメリカのねらいは一つはアジア経済だと思います。FTAとかEPA(経済連携協定)などブロック化している中で一番の成長が見込めるのはアジアで、人口も中国に次いでインド10数億人、インドネシア3億人など、最も参入したい市場です。
そこが日中を中心にブロック化されるとアメリカの利益がなくなるわけです。そのためクサビを打ち込み日本を引きずり込んでアメリカが参入する余地を残そうとしたのではないか。
その背景があるから逆にいえば一方的な情報しか流されません。また交渉参加を9か国として、これに日本を加えた全体のGDPを見ると、その9割を日米で占めることになり、実質的には日米EPAに等しくなるといえます。
日本の関税はアメリカからの輸入額の75%を無税化しており、残りのわずかが高関税の農産物などです。とすればアメリカのねらいは日本の農産物市場です。
◆政府には危機感がない
後は人の移動、金融、保険、サービス、医療、それから郵政民営化を含めた規制緩和です。こんなTPPは日本にとって何の利益もありません。
一方、アメリカに残っている自動車関税は2.5%、テレビは5%です。こんなものの撤廃は円高が続く中で何の意味もない。
メリットがないのに、失うものは農業であり国土です。そういう骨格の説明もなしに「開国」や「乗り遅れ」などの情報が一方的に流されている、そうした情報操作に着目すると、まだ隠された部分があるのかとも思います。
日本の農産物輸入は加工原材料が太宗を占め、それに国産品との品質格差がほとんどありません。農水省の試算でもTPPによって国産農産物は壊滅的です。
品質格差があるから大丈夫といわれる米とか牛乳だって米は9割、牛乳は75%の生産を失います。価格が圧倒的に低くて品質格差はどんどん埋まっていくのだから、これは当然です。カリフォルニア米でも中国との関係もそうです。限られた産地しか残らないというのが農業被害の実情です。
また所得保障があるといっても具体的な絵姿は我々に全く見えません。これから検討するといっても我々は農業とTPPの両立はできないと思います。
加工原材料の小麦や砂糖や乳製品は国家貿易です。国内産優先を原則とし、足らざるものを輸入で充足するという国家貿易によって国内生産が成り立ち、食料自給率が保証できるわけですが、それをゼロにして国境措置を撤廃するということは供給管理ができなくなり、簡単に輸入に置き換わっていきます。
我々はそういう危機感から主張をしているのに政府からの説明はなく、手立ても何もないというのが現状だと思います。
岡阿彌 では生活者の視点から加藤さんお願いします。
(写真)JAグループはTPP交渉参加反対で緊急集会を開く(平成22年11月10日、東京・日比谷)
地域資源を生かす「内需拡大」で豊かさを
「歴史」と「現実」を知らない「開国論」
◆「自覚的消費者」の否定
加藤 2年前の冷凍ギョーザ事件の直後から国産志向が高まり、不幸な事件の後とはいえ、いい流れかなあと思っていた矢先に、リーマンショックで一転して今度は低価格志向の流れに変わりました。
この流れも1つの消費者像であり、消費生協に関わる者として、このあたりに大いに課題があると感じています。
経済評論家の内橋克人さんが「自覚的消費者」という問題提起をされています。物の値段は安いに越したことはないけれども、それがなぜ安いのかを問える消費者のことだと内橋さんは説明されています。私どもの共同購入は、安全・安心なモノを追いかけるだけでなく、むしろこういう「自覚的消費者」を大勢にしていくことが重要な役割だと思っています。
生活クラブは設立して45年になりますが、この間一貫して、「自覚的消費者」をめざした運動を展開してきたと自負しています。それは具体的には、生活クラブの組合員が、農業生産現場に思いを馳せながら、国内生産のことを親身に考えようと努力する活動に結実する事になります。
その立場からすると、TPP問題は我々の45年のこういう地道な営為を否定することにつながります。であるからこそ、昨年11月の東京・日比谷野音の3000人集会では断固反対の意思表示をさせていただいたわけです。自給とか国内生産を支えているのはまずは生産者の皆さんに違いないわけですが、しかしこういう「自覚的消費者」もそれを支えている。そのことを特に強調したいと思います。
菅総理は「尊農開国」とおっしゃっているようですが、「自覚的消費者」の立場から見ても、それはとても両立するとは思えません。岡阿彌さんの言われた生活者の立場からの発言に全くなっていませんが、まずはそのように主張したいと思います。
岡阿彌 村上さん地域農業の立場から見るとどうでしょうか。
村上 広島県は棚田の率が全国でも一、二位を争うほど高く、それほど条件不利な中山間地域の多い県です。高齢化も早くから進み「過疎化」という言葉も最初に適用されました。
農業衰退の“先進県”ともいえるし、その姿が10年先の日本農業の姿であるともいえます。後継者も育っていません。また鳥獣被害が今後も拡大する見込みから耕作放棄地が20%近くまで拡がっています。そこへTPP参加となれば衰退どころか一気に崩壊してしまうのは明らかであります。
◆素っ裸になってよいのか
そこで広島県では知事がTPP推進派で県が影響試算をしませんので、我々が農水省の基準で計算してみますと、果樹などを除く主要品目で被害額は約500億円となりました。生産コストが日本一高い県といわれている米は94%がダメ、酪農は100%の完敗となって、生産額1100億円の46%が被害を受けることになります。
次に私が頭に来ているのは菅総理の「開国」という言葉です。歴史を知らないし、現実がわかっていない。
私はマスコミの取材を受けるたびに「日本農業はもうパンツ1枚になっているが、それまで脱げといわれているようなものだ」といっていますが、マスコミにはその通りを書く勇気がないようです。素っ裸になることが国としていいことなのかどうかですね。
これまでも市場原理主義で規制を取っ払ってきて金融面ではリーマンショックになってしまいましたが、今度は物の分野でも、すべてを取っ払ったらどうなるか。富めるところは富むでしょうが、飢餓人口がさらに増えるのは明らかです。国の形としてどうあるべきかを基本的にきちんと考え直さないといけません。
これまでも日本の貿易政策は農産物を犠牲にして工業製品を輸出し、またコストを下げるため国内の労働者をいじめて輸出をやってきました。それで国民の所得が増えたかというとそうではありません。農業切り捨てを何回もやってきましたが、農業は元気にならず、労働者の生活も悪くなるばかりです。
TPP参加国はみな輸出を増やすといっていますが、そんな各国の要求を満たすような約束ができるのかという疑問もあります。
やはり各国ともに残すべきものは残すという輸出オンリーでない形の生活パターンを考えていく必要があると思います。
岡阿彌 一力さん地域経済に触れてご意見をお願いします。
一力 宮城県でも先日、大規模なTPP阻止の集会が開かれ、JA宮城中央会を中心に生協、漁協、林業関係者も主催に加わっての活動となりましたが、県下では今年1月末までに70万人の反対署名を集める活動が進んでいます。
この問題の浮上には唐突で性急な印象があるのは否めません。今年6月までに交渉参加の是非を決め、その間に国内対策を実施するといいますが、ウルグアイラウンドの時も様々な国内対策を講じながら、農業の衰退に歯止めがかかっていないのが現実です。
◆農業だけの問題ではない
そんな難しい対策を半年間でどうするのか、みんなが危機感を持つのは当然です。それに対策には外国人労働者の受け入れ、つまり移民政策や、郵政の見直しまで入っているのです。
私はTPP問題の浮上には背景が三つあると思います。一つは世界貿易機関(WTО)のドーハラウンドが完全に機能不全に陥ったことです。そこで2国間あるいは地域間の連携が浮上してきました。
もう一つは、その機能不全のなか、韓国が2国間の協定でアメリカやEUとの自由化協議を先行させていることです。それで経済的に成長し、グローバル企業がどんどん出て来ました。日本は尻に火がついた形で“このままでは日本のものづくりが大変だ”という危機感が広がりました。
さらにはアメリカの影響です。民主党は外交の軸足をアジアに移そうとして来ましたが、尖閣諸島の問題やロシア大統領の北方領土視察などがあって再びアメリカ重視へと戻って来たという変化があります。
中間選挙で大敗を喫した民主党のオバマ大統領は経済振興策としてTPPを柱に掲げましたが、このアメリカの動きを日本はもろにかぶってしまいました。
以上から農業だけが大変だという議論から、もっと問題意識を広げていく必要があります。地方からもそういう意見を伝えていきたいと思います。
岡阿彌 鈴木先生からは日本とアジアの分断につながる問題であり、日本の長期戦略は正しいのかというご指摘がありました。
冨士専務は、ほとんどが輸入品に代わってしまう、品質格差も埋まって農業は壊滅的状況になってしまうとのお話でした。
加藤会長からは自覚的消費者の運動でがんばってきたが、TPPはそれらを一挙に破壊するというご指摘をいただきました。
村上会長は日本農業は裸になってしまったので、もう一回ここで国のあり方の根本を問わなきゃいけないとのお話でした。
一力さんからは農業だけの問題でなく、外交と財界の焦りも強く、もっと広い視野で見ていく必要があるとのご指摘をいただきました。
◆多様な情報の伝達を
そうしたお話から、TPPは国の独立をも揺るがしかねない問題だと考えましたが、政府は6月までに非関税障壁や、農業の競争力強化について対策を整理し、財界の応援をバックに、これを推進しようとしています。マスコミを加えた推進力は大きいのですが、これを止めるための私たちの取組みではどんなことが重要と考えますか。
10月末の日経新聞の世論調査ではTPPに「参加すべき」が52%、「すべきではない」が17%です。国民の中には戸惑いもあるような気がしますが、そんな状況も見て、どんな取組みが必要と考えられますか。
冨士 一方的な情報しか流されていないので、正しい多様な情報をいろんなレベルできちんと伝達していくことが大事です。
「韓国に負けるな」なんていわれますが、韓国の貿易依存度は55%、日本は約17%で8割以上を内需に依存しています。そういう中で関税を撤廃したら幸せになり、経済も成長するといわれても信用できません。やはり内需を拡大することが経済を活性化させ、国民の暮らしを豊かにします。
またTPPは国民生活のあらゆる分野、あらゆる業界に関わる問題ですから、そこを一般に訴えて問題を共有し、何を目標に進めば幸せになれるのかを議論できる場をつくっていくことが大事です。
岡阿彌 TPP交渉の作業部会は24あり、ほぼ全分野に及びます。その辺の分析はされているのですか。
鈴木 人の移動や規制緩和にしても完全に取っ払うことを前提にしているのか、どこまでやるのか、はっきりしていないところが多いのですが、これまでのFTAよりも踏み込んだことをやろうとしていることは間違いないでしょう。
岡阿彌 日本経団連は「シームレスにする」といいます。それは国境の継ぎ目をなくすことなのかどうか、それをやるには、あらゆる法の改正が必要です。
鈴木 そんなことはできるわけがありません。以前の経団連なら長期的な視点で日本のあり方を考えていましたが、今は企業の経営者として自分が儲かるかどうかしか考えていないとしか見えません。
テレビも新聞もTPP推進の論調が大勢で、そのスポンサーは大手企業です。スポンサーがメディアの論調を規定している面があります。我々もそこを踏まえ、どうやってメディアがバランスのとれた情報を伝えてくれる流れをつくれるかを考えなければいけません。
(写真)都市住民と農家の交流が広がる
(後半に続く)