問われるべきは、この国の「幸せ」の目標
「歴史」と「現実」を知らない「開国論」
◆「消費者も反対」打ち出す
岡阿彌 消費者の理解を得ていく取組みとしてはどうですか。
加藤 世論調査ではTPP賛成が52%ということですが、失礼を承知して言えば、どこまで理解しての賛成か怪しいと思っています。先ほどからいわれている通りメディアの情報が片寄っているからです。
これに対しては、オーソドックスなやり方であろうとも、正確な情報を発信して、それを共有化する努力がまず第一の取組みです。第二には反対の意思表示を各地で展開していくことです。
ところで民主党の農政に意見具申する会として「食と農の再生会議」というのが一昨年できました。私はその副会長を仰せつかっていますが、そこで今春、消費者を主体とする集会を開催する計画を今、すすめています。これまでのところTPP反対の集会は生産者主体のものが大半です。ですから、消費者も反対である、そういうコンセプトの企画を立てたいと思っています。
これに関連して言えば、最近“農業・農村を甘やかすな”といったような、都市と農村の対立をあおるような構図がやたら目につきます。その論調が農業問題だといっているのは、実は国民的課題であるところの食料問題なのです。農業(農村)問題に切り縮めずに、こういう食料問題という国民的課題の枠組みにしてこそ、農村と都市が分断されずに相互理解が促進する。問題をそういう水準に引き上げる努力の必要をとても強く感じています。
一力 TPPは様々な問題を含んでおり、例えばカナダは交渉参加に際し、乳製品の関税は残したいと主張して門前払いを食ってしまったとか、アメリカも乳製品にこだわりがあるなどの問題があります。
それらについて、我々としても一つ一つを俎上に上げ、詰めた議論をして問題点を明確にしていく必要があり、TPPをめぐっては多角的な紙面展開を強めたいと考えております。
牛肉輸入でも現在日本は、月齢20カ月以下に輸入を制限していますが、その条件緩和を求められている問題があり、農業団体の方々も理論武装をしていく必要があります。
村上 私の先ほどの発言に1つ補足させて下さい。
日本はこれまで貿易で勝って来て、国内を犠牲に、最終的には円高を招いたわけです。今回の問題も関税ではなく、むしろどの辺で円高を押さえ込んでいくかが先決です。
日本の政策としてはその辺を突っ込んでやるべきですよ。実は農産物輸出も1ドル360円の時はシイタケやミカンなどをどんどん海外へ出していましたが、円高になってできなくなった。そこを考えるべきです。
それと、マスコミはなかなか取り上げないが、EUやアメリカは輸出補助金を出している。不足払いで年によって変動があるが、アメリカの場合は2000億〜3000億ドルと大変な金額を垂れ流しています。
とにかくアメリカはアンフェアです。TPP交渉を始めるなら輸出補助金を打ち切るところから始めないと理屈が合いません。
◆医療や商工会とも連携を
鈴木 WTОの貿易交渉では2013年までに輸出補助金を撤廃するとしていますが、それはウソです。アメリカは、米などの3品目だけで多い年は実質1兆円ほどの補助金を使っており、これは続けられます。
FTAはもっと問題です。実質的に規制できないだろうということで輸出補助金についてはおとがめなしというのがFTAの考え方です。一方で、TPPのように関税のほうだけはゼロということになると、輸出側と輸入側の不平等の度合いが最も大きくなるということです。
アメリカは主要乳製品と砂糖をオーストラリアに対しては関税撤廃できないのに、それを伏せておいて、TPPに参加表明し、その後、例外にしてくれと主張しています。日本も参加して議論をしたら例外品目が取れるのではないかという考え方もありますが、私は甘いと思います。
自分のことは棚に上げて日本には例外なしを強要するのを阻止できるでしょうか。そんな例外交渉ができるくらいなら、今までも苦労していないと思います。
岡阿彌 通貨政策もアメリカは自分でやれるけど日本は相対的にドルとの比較をしているというシステムも不公平ですね。
村上 結局、アメリカは円高で日本の富を全部持っていく形です。
冨士 アメリカにすれば工業製品の関税をゼロにしても、また円高に誘導すればそれをチャラにできるわけですよ。
岡阿彌 話を取組みに戻します。全中としては情報センターというか正確な情報を共有化する仕組みを生協と一緒に設立するような考えはありますか。
冨士 生協はもちろん医師会、看護士協会、商工会などとも連携してデータを集積し、発信していく仕組みを設けることを12月の理事会で、6か月間の取組みの柱として決めました。
その中には、例えば沖縄からサトウキビがなくなって無人化した場合、国防上の問題として駐留経費はどうなのか、それから日本が食料の9割を輸入した場合、国際価格や途上国の飢餓にどう影響するかなども含めて、いろんな問題の委託研究をするという取組みなども含まれています。
◆第三の道へどう進むか
鈴木 敢えて申し上げたいことが1つあります。
今は農業界が先頭に立ってがんばっていますが、それが目立つと、反対は農業界のエゴだというような感じで推進派の攻撃材料になり、残念ながら世論形成の逆効果になる面もあります。
だから単独で動くことをできるだけ避けていただいて(笑い)、今のお話のように他団体と一緒に動いたほうが良いと思います。影の力になっていただいたほうが全中などの組織の力はさらに評価されます(笑い)。
岡阿彌 では次のテーマに移ります。民主党政権は生活第一で登場。小泉路線を否定し、それを改めることを掲げましたが、今はそれを忘れてしまった状況です。
一方、TPPは経団連もいっているようにアメリカとアジアを結びつけ、その中で日本はアメリカにくっついて生き延びるような路線です。これは日本がめちゃくちゃになってしまうという路線です。そうなると第三の道を考えていかざるを得ないことになります。
今、国民が解決を迫られている問題は▽経済の東京一極集中と地方の低下▽農業の衰退▽社会的格差の拡大▽若者の失業▽子どもをめぐる環境と少子化▽社会保障の維持▽国と地方の財政の破綻▽沖縄米軍基地問題など様々です。
そこで日本は何でこうなったのか、これからは何を中心において第三の道への歩みを進めたらよいのかについてお考えをいただきたいと思います。
村上 人口が減少し、土地も余り始めました。工場用地も住宅用地も要らなくなって来たのです。これを念頭に置いて、ゆったりした空間で、ゆったりと生活することを考えていくことが大事になっています。
その中で、農のある生活、農的な都市国家というか、田園ライフに向けて、みんなでライフイメージを変えるべき時が来ています。
TPP問題を契機に国のかたち、生活スタイルを考え直さないと内需も伸びないだろうし、国全体のバランスある発展も見込めません。
日本は瑞穂の国、美しい環境がある、都市と農村の交流の中で都市住民が農と触れ合うことで豊かな生活ができます。JAグループはそうしたライフスタイルを提唱すべきです。その中で地産地消が進み、消費者と生産者が結びついていきます。
日本は古代から辺境に「防人」(さきもり)を配備しましたが、今の東京一極集中は辺鄙なところに人が住めなくなったからです。尖閣諸島に人が住んでいたら、中国も何だかんだとはいわなかったでしょう。
(写真)
中国の経済成長はどこまで続く?=盛況だった上海万博会場風景
◆強調すべき農業の価値
サトウキビの話が先ほど出ましたが、国境線では農業を営んでいる現実があるという形をつくらないといけません。防衛ラインに人が住めるようにする政策が必要です。
国境の壱岐・対馬では韓国資本の土地買収が進んでいますが、その対策としても農業を位置づける必要があります。
岡阿彌 農業を位置づけないと人が住めませんからね。そこへTPPなんかをやっちゃうとコトは逆方向へいってしまいます。
村上 ますます東京一極集中が進み、地方はさらにさびれます。そういう指摘を自信をもって打ち出すべきです。沖縄でサトウキビが作れなくなれば自衛隊がすべての面倒を見なくちゃいけないことになります。
離島でも北海道でも国境線では「農業をしていますよ」という姿を見せないといけません。長いスパンで考えるべきです。
一力 昨年から戸別所得補償制度が始まり、その評価が難しい中で米価が大暴落して一等米比率も落ち、農政が大きく揺らいでいる時にTPPが来て大混乱に拍車をかけています。
問題はコメの過剰がまだまだ残っているということ。これを何とかしなくてはいけないのに、いきなり国際的なTPPまでいっちゃったんですからね。
農地の流動化や大規模化は40年間やっていますが、遅々として進みません。それだったら、プラス思考で農業そのものの良さや重要さをどんどん強調していくほうが良い、そういう時代なんだと思います。各地で力を入れているのが「食」と「観光」です。
それについて私は、農業と他産業のネットワークを強化しながら、農業を通じて地域づくりと連携していく必要があると考えます。それが第一点です。
それから、食料を他国に依存してよいのかについてですが、中国や東アジアの人口爆発で日本は安定した食料輸入ができなくなるという議論があります。
しかし私は人口増加よりもアジア各国の農業力の衰えを問題にしたい。中国などが経済成長を続ければ、農業者は工業などの他産業に移動するからです。
また所得が増えれば主食の消費量が減ります。贅沢になって、ほかのものを食べる力がつくからです。
農業力の低下と上級材としてのマーケットの変化、そっちのほうが人口増加よりも大きいと思います。そこを踏まえながら食料安全保障の議論をしていくべきです。
TPP、その本質を見抜き「くらし」の視点で対抗を
目指すべきは「協同」を核にした地域の未来
◆未来を照らす地域に着目
自分たちの食べる物は自分たちで作りたいという当たり前のことを声高に自信をもっていえるような社会を目指したいと思います。地域の活性化についての取り組み事例は多く、成功事例もたくさんありますから、それを分析して参考にしたらどうでしよう。宮城県大崎市鬼首地区の「鳴子の米プロジェクト」という事例を1つ紹介します。
この地区は温泉地の衰退で農業も衰退するという悪循環に陥っていましたが、農業が元気になれば温泉地も――という逆転の発想で農業者、行政、NPОなどが地域づくり運動に立ち上がりました。
きっかけは数年前、原則として4ha以上の農業者を対象とした品目横断的経営安定対策が始まったことです。4町歩以上は約600軒のうち5軒しかなかったため、零細農家からはもう米づくりはやめにしようという声が続出しました。
その危機感から3軒の農家が30aを使って新しい仕組みで寒冷地に適した品種の東北181号という米を2006年から作り始めました。低アミロースの冷えてもおいしい品種です。
NPОと連携し、ボランティアを増やして消費者に訴えて田植え、草取り、稲刈りと盛んにツアーを組んで自由に入れる形の水田にしました。そうしてできた米の値段は60kg2万4000円と高いのですが、それでも予約制で全部売り切れます。町づくりの運動を応援したいという消費者が全国から来るのです。生産者の手取りは1万8000円。あとは普及活動費です。
こうして今は参加農家38軒、面積15ha、収量約1000俵で、面積と収量は5年で50倍になりました。
お客には農作業だけでなくご飯の炊き方と食べ方の教室なども開いてサービスしています。作業を終わったお客は温泉に入って食事なども楽しみますが、このため温泉と観光のほうも息を吹き返しました。
こうした仕掛けをつくれば人は来ます。鬼首の成功例はどこか新しい未来を予感させます。暗い話、厳しい話はもう聞きたくありません。地域と結びついて支え合う農業でがんばっているという話をもっと紹介したいと思っています。
岡阿彌 村上さんがおっしゃる田園ライフの例が1つ紹介されましたね。では加藤さん、お願いします。
加藤 一般的にいわれていることですが、1970年代半ばを境目に福祉国家が行き詰まり、一気に新自由主義、市場原理主義に突き進んだ流れの中で飢餓、貧困、格差、あるいは環境を含めて見るも無残な爪あとを各地にさらけ出しています。
その中で国連が2012年を国際協同組合年に決定したことはうれしいことでした。その決定の理由を私流にいえば、新自由主義の爪あとを制御し、問題を解決していく時に協同組合の役割、あるいはその可能性は大きいと評価したためだと考えます。ですから国際協同組合年を大いに盛り上げ、協同組合の意義と可能性を世に問い、そういう意味で重要な節目の年にしていきたいと思います。
一方、1980年のICAモスクワ大会で採択されたレイドロー博士のレポートは、食料問題への貢献が協同組合が貢献すべき最大の分野であるという趣旨のことを書いています。
◆国際協同組合年 盛上げを
しかし日本の場合、タテ割り法制の下でJA、生協、漁協といったふうに協同組合は分断されています。昨年末にJAの信用・共済事業の分離という議論が出されました。生協では2年前の法改正により、本体の共同購入事業と共済事業を分離しなければいけなかった経過があります。このように協同組合法制がタテ割りなために、協同組合が本質的な部分を個別にゆがめられている流れがこのところ加速しているように思います。
そういう問題を含めて思うのは、ここで使命感を持った協同組合がTPP問題を契機に食料問題で、しっかりした協同組合セクターを国内で立ち上げるとともに、協同組合間協同を新しい段階に導く努力が必要なように思います。そのためにも、このような分離・分断に象徴される協同組合に対する攻撃を跳ね除けていくための体制を構築する取組みが、どうしても必要ではないかと考えています。
冨士 お話に出てきた通り民主党政権はぶれにぶれています。いったい何だったのかという感じです。
昨年3月に決めた食料・農業・農村基本計画では、世界の飢餓人口が増えて、食料はカネを出しても手に入らなくなるかもしれないという危機意識と、農地は減少していく、砂漠化していく、水不足だと述べ、そういう中で、食料輸入国である先進国日本も食料増産に努力しなければならない、最大限の農地を利活用していく姿勢が大事だと、高らかにうたったわけじゃないですか。
それがTPP問題では、国際競争力の強化とか構造改革、また規模拡大とか規模加算をいいます。
(写真)協同組合の可能性を評価して国連は2012年を「国際協同組合年」に決定した=国連総会の会場
◆本物の価値を伝える
いったいどこに向かうのか。アメリカ農業とオーストラリア農業に対する競争力をつけるつもりなのか、目標が不明です。
自給率50%は目標たり得ないといいますが、しかし日本は地球に貢献することを求められているのですから、50%は目標たり得ます。マクロ的にとらえて目標としておかなくてはいけないのです。
一力さんがおっしゃったように農業と連携した地域づくり、農業が核になった地域経済社会の構築は当然考えられ、その方向性を持った対策なりイメージなりを打ち出していくことが大事です。
買い物難民とか、いろんなことで人々は分断され、孤立化していますが、人はみな結びつきたがって、食料問題でもきちんと結びつこうとしています。地域でも結びつきで共同体などを維持していこうとしています。
そういうことが人が暮らしていくトータルのコストとか医療やアクセスの問題などを解決していく――。そこに着目した協同体や協同組合が地域経済をつくっていく具体策を提示していくことが大事です。
岡阿彌 使命感を持った協同組合が食料問題でしっかり連携していくイメージについてはどうですか。
冨士 協同組合の仲間がまずどういうふうに連携して、そういうものをつくり上げていくか真剣に模索しなくてはいけません。いいモデルをつくり上げていくことです。
議論のまとめ
大同団結で流れを変えよう
岡阿彌 すぐに手が届くわけではないけど方向としては、そこを目指そうというわけですね。では鈴木先生、まとめも含めてご意見をお願いします。
鈴木 本当の意味で強い農業とは何なのかと考えたときに、規模拡大してコストダウンすることだけが強い農業とはいえません。それを追求して同じ土俵で戦って勝てるわけはないからです。
強い農業とは、条件が悪くても本物を生産し、あるいは農業が生み出す価値をしっかり伝え、それを消費者と地域住民が理解して、そこにつながりができるという、その絆に支えられた農業だと思います。
一力社長が紹介された宮城県のプロジェクトなんかもそれを実践しているわけです。自発的な地域プロジェクトのようなものが広がるかどうかが重要です。
しかし日本では一般的に農のある生活に対する価値観について十分に成熟した意識がありません。価値観が貧困なのです。ヨーロッパとの違いを考えてみると、一つには経済が安定成長期に入ってからの年月がまだ短いということがあります。
それよりも、やはり消費者に対する働きかけの不足ですね。農業関係者が本物の価値を伝える努力をどれだけしてきたかということです。
例えばスイスでは生産者、農協、関係機関、生協の連携が強く、小手先のマーケティングでない形で本物の価値を伝えてきました。
おいしさというのは、環境や生きものや景色に対して優しい生産の中で生まれ、人にも優しい安全安心な物が持つ価値であり、それが本物なのだという価値観が自然に体にしみついているのです。
日本でも農業の多面的機能を訴えてきたのに、なぜか農業保護の言い訳みたいにしか思われていないのは説明の仕方に問題があったのではないかと考えます。もう少し具体的にわかりやすく実感できるように伝えることができなかったものかと思います。
もう1つ、生協と農協のネットワークが非常に重要です。スイスではミグロという生協が食品流通の7割を握るまでになっているので、スーパーが安売りしようとしても、「いや、本物にはこの値段が必要だ」と主張すればそれが通用するのです。
日本でも生協と農協がうまく連携すれば、やれないはずはないと思います。今回の米価下落にしても、本物にはこの価値をつけたいと思ってもいろんな段階で耐え切れなくなって下がってしまいました。やはり踏みとどまる力が持てるようにもっと大同団結を期待したいものです。
それから“TPPだ!大変だ!”という議論が先行すると農家のみなさんが不安になって後ろ向きに考えてしまうこともありますから、これをなんとか止めないといけません。 今日の議論のように前向きの話を展開し、いい方向に持っていかないと我々の敗北となります。若い人たちが農業をやめてしまうなどという動きにしてしまったら推進派の思うツボです。議論をプラスの方向に持っていくことが非常に重要です。
(前編はこちらから)