特集

JAグループの水田農業対策2011
座談会 地域水田農業ビジョンの実践こそ「強い農業」づくり(後編)

出席者
大林茂松氏・JAグリーン近江常務理事(滋賀県)
馬場利彦氏・JA全中農業対策部長
下村篤氏・JA上伊那営農部長(長野県)

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【座談会】地域水田農業ビジョンの実践こそ「強い農業」づくり  大林茂松氏・馬場利彦氏・下村篤氏(後編)

・改めて地域水田農業ビジョンの見直しと強化を
・転作作物も需要に応じた生産を
・経営支援のための作物選択
・経営安定に不可欠な米の「出口対策」
・JAの米事業、どう改革するかも課題
・「強い農業」とは何か? 問いかけが大事

 23年度から戸別所得補償制度が本格実施を前にJAの営農責任者に集まってもらい、22年度モデル事業を現場から検証し、23年産に向けた課題について話し合ってもらった。(司会:本紙編集部)

◆改めて地域水田農業ビジョンの見直しと強化を


 ――では、23年産米のJAグループの取り組み方針についてその概要を説明していただけますか。
 馬場
 米をめぐる状況について言いますと、消費はますます少子高齢化のなかで減ってきており、どうしても需給ギャップが生じるわけでから、引き続き米の計画生産と米以外の作物をいかに定着させるかが最大の課題だということです。
 そのためにも地域で水田農業ビジョンに基づいて作物振興や担い手づくり、担い手への農地集積の取り組みを徹底して進めることが大事です。
 ここを強調しているのも、戸別所得補償制度とはいいますが戸別の取り組みではこうした問題は解決しない、だから地域で取り組まなければならないということです。そのための地域水田農業ビジョンの策定と実践という運動をわれわれは展開してきたわけですから、これには引き続き徹底して取り組むことが必要だと思います。
 水田農業のビジョンを集落ごとに描きながら、将来の担い手をどうするのか、どんな作物をつくっていくのか、そのために農地をどう使うか、こういったことをそれぞれが実践していくことが大事です。政策や制度が変わろうと、ここは変わらない。
 また、戸別所得補償制度の実施主体は今までどおりということになっており、計画生産のほか制度全体の実施に向けては行政主導のもとではありながらも、地域の関係機関のひとつとしてJAもしっかり役割を果たしていくことが基本だということです。
 制度の点では、戸別所得補償制度と水田・畑作経営所得安定対策が重なっている状況ですね。つまり、計画生産に参加する販売農家のすべてに対してのメリット措置としての交付金とともに、地域で認めた担い手に対する支援もある、ということです。ですから、これら制度をこれまで描いてきた地域の水田農業ビジョンを実現する後押しとして考えることも大切だろうと思います。

JAグループの取り組み方針

 JAグループの取り組み方針

JAグループの取り組み方針

◆転作作物も需要に応じた生産を


 馬場 そのうえで作物別の課題としては次のように整理しています。
 主食用米については22年産よりも生産数量目標が全国的に減ってしまったことから、その対応のひとつとして備蓄米の生産があります。これは初めての取り組みであることから、これから細部を詰めていかなければなりません。
 加工用米は22年産で生産が大幅に増え、需給が緩和状態にあるため、需要に見合った生産を徹底することが課題です。その一方、飼料用米は先ほどから話題になっていますが、全国流通も含めて積極的に取り組む必要があります。
 米粉用米は地域流通を基本に県内需要の確保に取り組み、また、全農は広域流通実需者を中心に販売推進を行うこととしています。
 大豆は国内在庫がかなりあるという状況ですが、国際相場での上昇基調や、国産大豆の需要拡大の必要性もふまえ、状況に応じた生産推進が必要です。そばとなたねも新たに制度の対象になったわけですが、ここは需要を見ながら生産することが大切です。

 農業者戸別所得補償制度

◆経営支援のための作物選択


 ――地域水田農業ビジョンの実践が大切だと強調されましたが、23年度に向けた各JAの取り組みをお聞かせください。
 下村
 23年度からの大きな変更はありませんが、今年度から地域振興作物のなかに野菜や花きの生産を取り入れ推進しているところです。
 重点品目としては野菜ではアスパラガス、白ネギ、ブロッコリー、花きではスプレーマム、などですね。もっとも転作という観点からすれば、やはり米による転作が重点ですね。
 大林 われわれの地域は、先ほども触れたように、転作は麦・大豆が中心でした。しかし、水田の麦作はどうしても量と品質が大きな課題です。天候のいい年にはAランクのこともありましたが、多くはいくらがんばっても品質向上には限界がある。
 そこに今度は数量支払いが導入されるために、助成水準は全体として若干ですが下がることになりそうで、米で得られる所得との差が広がってしまうことになります。
 そこで麦プラス大豆という生産体系が重要になると考えています。これまでも麦・大豆という体系がなかったわけではありませんが、今後は転作部分はこれで100%近く対応していこうと考えています。
 もうひとつは生産者やJAがもっと元気を出すためには野菜を含む特産物が必要だと考えています。これまで集落営農の組織化・法人化に力を入れてきましたが、法人化すれば経営が重要になることから、麦・大豆プラス野菜という営農体系が重要になります。
 しかも集落営農でしかできない野菜づくりですね。たとえば、ジャガイモなど機械利用体系で作れるもの、あるいは高齢農家でできるもの、たとえばナバナ、カボチャなどに取り組んでもらう。その基本は集落単位で考えてもらいますが、法人化した集落では経営を考えて品目を選んでいくということです。

 

◆経営安定に不可欠な米の「出口対策」

転作で集落に活力を  大林氏



大林茂松氏・JAグリーン近江常務理事 ――お話いただいたように地域で主食用以外の作物振興に力を入れることは大切ですが、一方、主食用米については計画生産とともに、政策としてはいわゆる「出口対策」がなければ価格と経営は安定しないとJAグループは強く主張してきたと思います。
 馬場部長から改めて米の出口対策についての考えを整理していただけますか。
 馬場
 先ほども指摘しましたが、結局、22年産の失敗は21年産の民間在庫が過剰になっていたことが米価の下落につながったということです。
 その後、集荷円滑化対策基金による飼料用米への処理と、政府備蓄米の17年産との差し替えによる買い入れが行われた効果で、23年産米の需給に影響するような民間在庫はなくなりつつあると思います。
 そこで来年度は過剰作付けがどれだけ減るのかと、作柄が問題になる。過剰作付けはゼロにはならないにしてもそれなりに減ると見ています。関係者の努力もありますが、これだけ米価が下がっていると加入が促進され生産調整に協力していくという動きは強まると思います。
 しかし、豊作になった場合、何も対策をしなければまた価格は問題になると思います。さらに下がる。その分は補てんするから、ということで生産者が喜ぶかといえばそうではありません。だから出口対策をどう考えるのかが求められます。
 ここはわれわれとしては政府に何度も突きつけていくしかない。あるいは自ら、地域ごとに財源を拠出した対策を考えることも提起していくしかないと思っていますが、これも政府の後押しがなければできるものではありません。
 価格が下がるということはモノがあり余っているから下がるのであって、この余っている米を処理する出口対策があったうえで、それでも下がれば補てんする、という仕組みであればいいかもしれません。しかし、現在の仕組みは、出口対策がないことが何より問題で、だから、今よりももっと下がるということになる。そこが大きな問題だということです。
 大林 われわれJAの米の販売高は12億円から15億円ほど減るのではないかと思っています。品質低下もありますから。しかし、計算すると変動部分の交付金で農家はある程度、所得はカバーされると思います。
 下村 私も先ほどJAの米の扱い額では米価下落で7億円も下がったという話をしましたが、モデル対策での固定部分の合計は5億円で、そこにほぼ同額の変動部分が交付されることになると、農家の所得としてはカバーはできるんだろうと思います。ただJAの米事業にとっては厳しい。
 大林 私はこのまま行くと米事業部門が赤字になるのではないかと思っています。今までずっと黒字できましたが、部門別損益でみると赤字になる可能性がある。非常に心配しています。
 手数料でも6000万円ほど低下すると予測しています。さらに昨年、出来秋を迎えてあまりに米が悪かったものだから、JAとして生産者支援のための補てんをしたんですね。合計で約3000万円ほどです。年末にかけての資金繰りが心配だという集落営農や法人もありましたから。概算金が少なく肥料代も払えないということがあったからです。融資援助もしました。
 こういうなかでこれからの課題としては、JAは集荷コストを何割という水準で削減していくことをしないと根幹である米事業で赤字続きということになりかねません。
 ちょうど来年度から新3か年計画をスタートさせますが、その計画のなかにも盛り込もうと思っています。事業自体を立て直ししていかなければならないということです。

 

◆JAの米事業、どう改革するかも課題

米事業、コスト減が課題  下村氏



下村篤氏・JA上伊那営農部長 馬場 変動部分の交付も全国一律ですから、中山間地域などコストが高い地域や22年産で品質が大きく低下したところなどは、もちろんこれでは不十分だという思いはあるかもしれません。
 ただし、この交付金は計画生産に参加した人にしか払われないということからすれば、参加者に対するメリット措置だとはいえます。しかし、出口対策がないから、需給が緩和すればまた米価は下がるという仕組みでしかない。そこは担い手対策も含めてきちんと安定させる仕組みをつくっていかないと安心できないと思います。
 そのためにも新基本計画をしっかりと実践することが大事で、制度、法律、そして予算をしっかりと整備することが大事だということを強調しておきたいですね。
 一方で、集落営農も含めて各地域で自らの取り組みとして担い手をつくっていくわけですが、先ほども話題に出たように資金繰り対応や低コスト化の追求といったことに対して、担い手からはJAに高度なニーズがだんだん求められるようになるわけです。そこにJAはどう応えるかがJAの次の課題になってきているということだと思います。つまり、資金対策、コスト低減、そして販売力、です。野菜や畜産でやっているような取り組みを米でもどう作り上げていくかが課題です。
 下村 集荷コストだけではなく保管コストもいかに下げるかが課題です。
 大林 それから、われわれのJAでも米の取り扱い手数料を定率から定額に変更することを認めてもらうことも必要だと思っています。しかし定額であってもそれなりに低くしなければなりません。
 ――集荷・保管も含めたこれまでのJAの米穀事業を見直すことが求められているわけですね。
 下村
 カントリーなどの施設も老朽化しています。更新しようという話が2、3年前にはありましたが、今は補助金も減額されてしまいましたから。
 昨年もこの座談会で事業仕分けで土地改良事業費が削減されただけでなく、農業施設への補助金も削減されたことを指摘して、こうした面での支援がないと地域の水田農業は継続できないということを強調しましたが、その点は今年もまったく同じですね。
 そういうなかでも売れる米づくりを進めていかなければなりません。それは高い米として売るというよりも、品質が一定で一定価格帯に位置すればいいということです。
 大林 施設の老朽化という問題もありますが、生産者にとっては利用料という問題も大きいので、米価が下がってくると米の価格に対する利用料の比率が上がってくるので、下げてくれという話になります。
 そういう意向に応えるために、これまではたとえば「環境こだわり米」などJAの販売戦略に基づいて生産された米や、集落営農組織でロットをまとめた米については利用料の割引をしてきました。ところがこれも限界があって、これ以上やると利用事業そのものが続かなくなる。
 かといって、たとえば集落単位で自己完結するとすれば、今度はJAとしての販売に影響が出ます。そのへんが非常にジレンマです。やはり米の価格が一定程度でないと、何かにつけて影響が出るということです。
 下村 農家にとっても低米価は満足感がないと思いますね。価格が下がればその分は補てんするといっても、何か自分たちは米づくりではなく税金で食べているような気になる。そういうイメージ、気持ちの整理がつかないというか……。
 大林 昨年も懸念したことですが、農家が米づくりするうえで品質や収量に鈍感になるのではないかということもあります。

 

◆「強い農業」とは何か? 問いかけが大事

「開国(TPP)」では解決しない  馬場氏

 


馬場利彦氏・JA全中農業対策部長 ――JAの米事業も大きな課題を抱えているということですが、最後に課題の整理とともに、TPP問題をはじめ政策に今、何が求められているのかをそれぞれお聞かせください。
 馬場
 今、それこそ話題はTPP一色で、しかもこれを契機に農業の再生や強い農業づくりをテーマに政府の「食と農林漁業の再生実現会議」で議論が行われています。
 しかし、本当に強い農業とは何か、と問わなければならないと思います。
 強い農業とは国際価格並みだから強いということでは決してなくて、消費者の理解を得ながら、がんばっている農業者がきちんと地域のなかに息づいている、というのが強い農業ではないかと思います。
 とくに今は再生実現会議でも水田農業が話題になっているわけです。後継者が全然いないとか、耕作放棄地が増えているといったことが強調されていますが、これは全部、水田農業の話です。
 そこで5年後、10年後の水田農業の姿をどう描くのかということですが、実はそれこそわれわれが地域水田農業ビジョンで取り組んでいることそのものです。ここをきちんとアピールすることが大事で「開国」で解決するような問題ではありません。
 昨年のこの座談会では「水田農業は一人ではできない」ことが強調されましたが、まさに地域で先を考えながら、みんなで何ができるかをきちんと積み上げることだと思います。
 これを制度上もしっかり安定させてもらうということがなければ、先を見通すことができません。これを契機にこのことを改めて見直したいと考えています。
 下村 このところ毎日、緊急農政集会だ、学習会だという話があります。TPPをめぐって消費者や市民グループが勉強会をやるから出席してくれという依頼です。本来ならこんな仕事はないはずなんですが(笑)。ただ、このTPPは農業以外にも分野があって全部で24ということですね。この点についての情報ももっと早くわれわれも提供していくべきだし、そのことも農業を消費者に理解してもらうことになると思います。
 大林 私たちのところも同じで、いろいろな勉強会を開いています。ここはまず内側の理解も必要だと思います。生産者のなかにももう一つ理解できていない人もいますから。外も大事ですが、中からの理解が大事だと痛感しています。
 そのうえで本当の中身、問題点というのを生産者自ら理解をして、それを消費者のみなさんに訴えていくことが大事だと思います。早急に対応しなければならない問題もありますが、一人ひとり理解してもらう地道な取り組みが大事だと思います。
 ――ありがとうございました。

前編はこちらから

(2011.03.18)