協同社会のなかで農業の再建を
JA新ふくしまの菅野専務は地震と原発事故発生からこれまでのJAの対応を話した。報告で強調したのは今こそJA綱領の実践が大事だという点。
「地域の農業を振興する」、「協同の理念を学びともに生きがいを追求する」などJA綱領が掲げた目標こそ、今、我々がめざすべきことと話し、復興に向け「歴史のページをつくる」との認識のもと、主体性、自主的な力を養ってJAの事業としても新しい展開に挑戦していることを話した。
参加者を交えたディスカッションでは、農業再生のためには「国民が豊かになる経済に転換していくことこそが重要。内需を拡大していくなかで農業所得を上げていく。そのためこの国のあり方を変える取り組みが求められている」、「国民が支えている農業こそ強い農業」などの指摘があった。
梶井会長は、TPP参加と農業改革は両立するといった主張は、「新自由主義農政に戻ったことを示す。そこからの脱却が問われているが、それには協同社会のなかでいかに農業再生を図るかが示されたのでないか」と話した。
【報告1】
韓国農政は自由化の失敗事例
石田 信隆 氏
農林中金総合研究所理事研究員
TPP推進派は「韓国はFTA先進国」「韓国農政は日本の農業構造改革のお手本」と主張する。しかしこれは韓国の実態を知らない、まったくの誤り。むしろ韓国の農政は失敗事例であり、「安易な農業構造改革論では貿易自由化に対応できない」ことを示す実例だと石田氏は強調した。
◆輸出型農業への転換
韓国農業は日本農業と似ていて、水田中心。経済発展に伴ってGDPに占める農業の割合はどんどん下がり、08年で2.2%。農家人口はこの40年で4分の1になった。農家と都市住民との所得格差も広がる一方だ。
日本と違うのは専業農家率が高いことで今でも6割程度あるが、これはサムスンやヒュンダイなど華々しく世界に輸出する大企業がある一方で、精密機械、部品など産業を下支えする基盤が乏しく、兼業機会が少ないからだ。
農村の高齢化率は日本より高い。子どもには先祖伝来の農業を継いでもらうより都会に出て成功してほしいと願うので、結果的に高齢者だけが農村に残る。
韓国はGATTウルグアイラウンドを契機に農業の国際化を掲げ、92年から7年間で42兆ウォンという大掛かりな農業振興投資で輸出型農業への転換を図ったが、最大ターゲットだった日本市場への輸出が伸びず失敗した。
その結果、輸出のための設備投資で農家の借金は膨らみ、所得に対する借金の割合は00年で87.6%にもなった。
さらに04年から120兆ウォン、08年から20兆ウォンなどFTA対策費を講じているが、これで本当に競争力が強化できるのか、直接支払いや短期の被害補てんで、将来的な関税撤廃に対して生き残れるのか、という疑問を感じる。
◆日本農業の将来像は震災復興と重なる
東日本大震災とTPPをめぐる議論の中では、「震災復興のためにもTPPを」など、実態をよく踏まえない絵に描いたモチのような議論が多い。
例えば、山下一仁氏は「震災は農業を効率的に新生させるチャンス。農業再生特区を被災地に導入する」などと主張しているが、これらは東北の現場の状況やこれまでの地域の人々の努力をまったく考えていないまったく酷い話だ。
日本農業の将来像は、震災復興のあり方と重なる。単に株式会社に任せて大規模化すればよいというのではなく、日本の自然条件にあった持続可能な形で、地域コミュニティを活かし、歴史や文化を次代に引き継ぐような施策が必要だ。
【報告2】
農業の復権に向けたJAグループの提言
馬場 利彦 氏
JA全中・農政部担当部長
◆国民合意で再生めざすべき
JAグループは5月12日に「東日本大震災の教訓をふまえた農業復権に向けたJAグループの提言」を決めた。馬場部長はそれに基づき報告した(JAグループの提言の概要は3面に掲載)。
JAグループの提言では震災後に、「安心した暮らしが大切」とする価値観が国民の間に広まっている環境変化を強調している。
馬場部長は、そのほか原発事故で飼料原料や小麦など輸入農産物も日本への寄港が忌避されている実態も指摘し、「効率性だけで考えてきたことに反省を促されているのが今。改めて国内生産、農業振興が極めて大事になっている」と強調し、JAグループの提言について「国民合意での農業再生をめざした提言」と位置づけた。
◆地域ごとに将来像を
再生に向けた提言内容の柱は、日本の農業像について「規模拡大や価格競争力のみを追求するのではなく」、地域の実態に応じて資源を最大限に活用する持続的な農業であり、消費者・国民の信頼関係のうえに農業・農村価値観を共有すること、としている。
そのうえで具体的な水田農業のビジョンとして「20?30ha」を単位として1集落1経営体の実現をめざす。集落ビジョンづくりのためにJAは集落ごとに担当者を設置する。
このビジョンについては、担い手が農業で十分な所得が確保できることをめざし、農地の面的集積などをはかっていくという方向だが、具体的な規模や担い手の経営形態などについては「地域ごとに描いていくもの」だと馬場部長は強調した。
1集落1経営体の実現にともなったJAの経済事業改革も提起している。販売チャネルの多様化など担い手と消費者を結びつけるコーディネート機能が一層重要になるほか。低コスト化も求められることになる。
提言のもうひとつの柱は「地域のライフライン」としてJAが地域づくりに貢献すること。高齢者福祉活動などで地域住民の暮らしを支えることも重視したのが特徴だ。
馬場部長は、大震災発生という環境のもと「国民の安全・安心に応えられる食料・農業政策を国家戦略としていかに作り上げるか、国がその現場をどう支えるかが問われている」と強調した。
【報告3】
『TPP対応農政』と日本農業再生の決め手
小池 恒男 氏
滋賀大学名誉教授
◆価格下落→輸出産業化=TPP対応農政
小池恒男滋賀大学名誉教授は、22年産の米価の下落について、民主党政権は「基本的には、価格は市場に任せ、過剰下での価格下落を放置するという対応である。さらにいえば、肝心の過剰作付け対策には手をつけず、逆に、過去の需要実績に基づいて生産数量を割り当てて、過剰作付けを煽っている」。「需給調整と生産数量目標割り当てはアクセルとブレーキで、行政矛盾を引き起こしているといえる」と指摘した。
そのうえで、これを「国産米を輸入米と競わせ、輸出に活路を見出せという『TPP対応農政』とみるならば辻褄があってくる」し、「TPP→農業構造改革(担い手を絞り込んでの直接支払い)→農業の輸出産業化、株式会社の農業参入の促進」という「攻めの農政」論の台頭であり、昨年12月に筒井農水副大臣が訪中し、米の輸出に意欲を表明した事実やその後の鹿野農水大臣の発言などから、「民主党農政の『価格下落→輸出産業化』という『TPP対応農政』のシナリオどおりにことが運ばれている」と分析した。
◆国政に振り回されることのない地域農業支援策を
そのうえで「改めてあるべきわが国の農業・農政の基本課題、地域農業の取り組むべき基本課題を再認識し、国政に振り回されることなく地域農業支援の取り組みを展開していかなければならない」として、以下の7つの基本戦略を提示した。
【基本戦略1】「産地形成、産地の維持・強化」→生産部会、出荷組合の活性化という農協陣営の担い手育成の王道
【基本戦略2】「土地利用型農業の足腰を強くする担い手育成に資する構造政策」
【基本戦略3】「直売所の設置・拡充をはじめとする地産地消の取組み」→めざすは農を基軸とした地域の協同組合の旗の下に進める新たな協同の創造→国民合意の農政確立への道
【基本戦略4】「国の補助事業の積極的導入や直接支払い対策に対する積極的な対応」
【基本戦略5】「麦・大豆作の量・質の大幅改善」
【基本戦略6】「飼料用稲の生産・流通の抜本的改善並びに畜産振興策の先行」
【基本戦略7】「多様な担い手に対する多様な支援策の具体化」→担い手を絞り込んでの直接支払いか多様な担い手の育成・支援かの二者択一論に陥っていないか?→全方位で担い手支援のあり方について検討を進めなければならない。近視眼的、単眼的担い手論に振り回されすぎている。
これらの基本戦略を実践することで▽生産コストをカバーする価格保障▽農業の多様な価値に配慮した所得補償▽関税などの国境措置の維持・強化などを内容とする「日本農業再生・活性化の基本的な枠組みづくり」つまり基本的な政策要求を行っていくべきとした。
(菅野氏の緊急特別報告「原発事故による農産物汚染と農協の対応」)
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