どう克服するか利益至上主義
国民合意なき交渉開始にストップを
◆オバマ大統領の「変節」
内橋 話は飛びますが、米国最大の原発企業デューク・エナジーという会社は、再選準備を始めたオバマ大統領に巨額の政治資金を融資の形で提供したと米国の市民団体パブリック・シチズンが伝えています。その直後、なんとオバマ大統領は日本の原発事故にかかわらず「米国は原子力発電政策を既定方針どおり推進する」と表明しましました。
米国ではスリーマイル島原発事故(1979年)以後は1基も原発はできておらず、むしろ住民投票で原発が廃止される方向にあり、発電所は誰でもつくれるし、既存の電力会社にはそれを買うことを義務付ける法律をつくりました。
たとえばカリフォルニア州は太陽光、風力、太陽熱など再生可能な自然エネルギーの基地になっています。それほどの米国なのに再びオバマの原発推進声明です。
私たちはこれを「オバマの変節」といっています。彼は選挙前とは違う。医療改革でもほとんど座折し、彼の医療改革政策を憲法違反と判断する州まで現れました。
富裕層に対する“ブッシュ減税”も2年間延長。延長を強く主張する共和党に対して「中低所得者に限定した減税延長案」で、とオバマ大統領はこだわりましたが、ダメでした。
オバマ氏は変わった、というよりは米国自身が、いまだレーガノミックスの大きな流れの中に浮かんでいるのではないでしょうか。
レーガン時代以降の新自由主義、市場原理主義は変わっていません。過剰なる市場原理主義に反省の時が来ている、というような甘い認識は捨てなくてはならないと私は思います。
米国という国のあり方、構造としての本質は変わっていない。TPPもそうです。MAIとの連続性については経済だけで見ると間違いをおかしやすい。
◆「マネーの欲求」うごめく
薄井 経団連に代表されるような国内の自由貿易推進派は、米国のそうした市場原理主義に共通の利益を得られると期待しているのでしょう。特に、事業展開のいっそうのグローバル化を志向する日本企業の多くはTPP参加によって、モノの貿易だけでなく、金融などのサービス貿易や対外投資での利益拡大をねらっているからです。
内橋 日本型多国籍企業の海外活動から上がる利益が、日本に還流されることなく海外で運用されている。円換算で17兆8000億といわれます。本来なら日本に返ってくる利益のはずですが、多国籍企業はこれを海外にため込んだまま還流させません。日本の税率が高いからだ、というのが理由でした。そこで政権交代後、税金を軽減したのですが、一時は還流を始めたものの、しかし、たった2カ月で流れは止まってしまいました。
米国の場合は製造業がGDPの1割となっても何とか回っているのは、この還流があるからで、後は政府債に依存しています。
こうしたわけで日米ともに海外に投資したキャピタルと権益はきちんと保障しなければならないと考えている。資産凍結などが最も困るわけですね。TPPの24の交渉分野の中では紛争処理規定についての領域が一番わかりやすい。
メキシコに立地した米国の会社が産業廃棄物処理で環境を悪化させたためメキシコ政府が操業停止を命じたところ、会社側は不利益をこうむったと提訴して勝訴。メキシコからばく大な損害賠償金を取ったという例もあり、これはまさにNAFTAの効果です。TPPもそこを狙っています。
それから、米国でのように農業に巨額の補助金を交付することも、WTОでは禁じられていますが、TPPでは認められるのです。自国の農産物保護のための補助金を手厚くするのは勝手ではないかと…。補助金を確保しながら相手国を自在に攻撃できる、それが狙いです。MAIからTPPへ。資本、マネーそのものの欲求に由来しているわけですね。
◆中国はTPPに取り込めるのか?
薄井 話題は変わりますが、米国の統計を見ると内橋先生のお話の理解を深めることができます。2000〜10年に米国のモノの貿易の輸出額は7840億ドルから1兆2890億ドルへ1.6倍に増えましたが、大幅な入超で10年の貿易赤字は6470億ドル。
一方、輸送や金融、保険などサービス貿易の輸出額はこの間に2860億ドルから5430億ドルへ1.9倍に増え、10年には1490億ドルの黒字。サービス貿易の輸出額は、モノの輸出額の42%ほどですが、この10年間にほぼ倍増して貿易収支への貢献度は非常に高まっています。
この流れと併行して米国の対外直接投資額が2000【?】10年に1430億ドルから3250億ドルへ2.3倍に激増しました。米国にとっては、ものの貿易赤字が続く中でサービス貿易の輸出増がいっそう重要となってきたわけです。
ところが、米国のサービス産業の輸出先と対外直接投資先は欧州諸国やカナダ、メキシコが中心で、アジア・太平洋地域の占める割合は伸び悩みか、減少の傾向にあるのが実態です。「2014年までに輸出額を倍増」すると宣言したオバマ大統領にとっては、急速に経済発展するアジア・太平洋地域へのサービス産業の輸出増が不可欠で、その実現のカギは、海外投資と紛争処理の仕組みを米国にとって有利な形へ転換させていくこと。ここにこそ米国のTPP戦略の核心があると思います。
ところで米国の輸出志向の強い農業団体などの間では、中国などをTPPへ取り込まなければTPPは米国の輸出を実質的に拡大する貿易協定にはならないとして、オバマ政権にTPP参加国の拡大を強く求める組織や企業が少なくありません。米国は環太平洋戦略の中に中国を取り込もうとしているのでしょうか、それは果して可能なのでしょうか。
内橋 中国は入ってこないと思います。中国経済の大きな特徴点は実物経済と、利が利を生む“虚”の経済の実態が極めてバランス良く伴っていることですね。実の経済で先進国を追いかけなから、そこで稼いだ“上がり”で的確な投資をしており、外貨保有高も世界第一位です。
これに比べ米国経済はマネーつまり虚の経済が極めて強く、偏っています。実の経済も農業もどんどん衰弱している。
ただ私的所有権その他技術の開発では依然、先行していますね。日本もまた米国化し、金融立国論が根強く唱えられています。モノをつくって輸出し、貿易摩擦を起こすよりも対外純債権を活かすべきだというのです。
中国の場合は完全なる市場に任せるというアングロサクソン型の資本主義ではなくて公権力が市場に介入することによってより高い成長を目指すという経済です。
これは資本主義そのものの変質を示唆していると思います。“自由に市場に任せさえすればうまくいく”“政府は小さければよい”という考え方とは違う「もうひとつの資本主義」ですね。米国が警戒するゆえんです。政府介入によって中国の経済成長が維持されるという側面です。
政府の介入で成長を促進している“開発独裁国”などといわれている小さな国がありますが、中国の場合は規模がケタ違いですね。
米国は、そこに脅威を感じているわけです。米国にとっては紛争処理1つにしても中国のルールを変えたい。だから中国のTPP参加は“あらまほしき”ことでしょう。しかし取り込みたいけれども、取り込めないだろうという戦略を立てているのではないのでしようか。
◆「マネー」権益守る米国
薄井 今のお話は、2009年12月に米国通商代表部(USTR)が米国議会に送ったTPP交渉参加の通告文書と繋がってきます。
その中でTPPは「世界で最も急速に経済発展する諸国と米国の利益を増進するととともに、米国の輸出を増大するための手段」とされていますが、豪州やチリなど現在TPP交渉へ参加する8か国への米国の輸出額は対世界全体の7%に過ぎません。米国が狙うのはTPPの次の発展段階。つまり、TPPという環太平洋の橋頭堡を米国主導で築き上げ、次の段階でそのTPPへの参加を日本や韓国に迫る。これによって、ASEAN諸国との地域貿易を拡大する中国にけん制力を強めることも可能になるでしょう。
中国は米国の戦略を承知しているでしょうが、そうした中で日本がTPPに入れば日本と中国との貿易や外交関係はどうなるのでしょうか。
内橋 菅総理はそうした戦略上のことは考えていないのじゃないでしょうか。TPPの原型はシンガポールとニュージーランド(NZ)のFTAですが、それが崩れつつあり、米国は質的にまったく違う協定を組み立てようとしています。
米国は環太平洋を生命線だと考えていますから、中国がそこへ食指を伸ばしてくることにいらだっています。これをどう多国間協定として退けていくか、排除、抑制していくかがグローバル・ポリシーとなっており、その中にマネーの権益擁護があり、利が利を生む循環を軍事的にも守っていこうとしています。
これまでは米国自身がよその国の気に食わない政権の資産を凍結したりして来ましたが、今度は自分がそれをやられないように紛争処理のルールを米国的なルールに同化させようとしているわけです。
薄井 NZと米国は軍事面を含め非常に緊密な関係にありますが、P9の交渉の主導権がNZから米国に移っていく条件は両国の関係からも整っていたと思います。
ところが、そのNZでは「農地を海外投資家へ売り渡すな」といったスローガンを掲げる労働組合や市民団体が反TPP運動を強めています。豪州の市民団体も、外国企業の内国民待遇によって国民生活に直結するさまざまな法制度の変更が余儀なくされる、つまり法律を制定する議会の権限がグローバル企業に奪われ、国家の姿が変えられてしまうという危機感を訴えているのです。
米国の労働組合なども基本的に同様の主張を展開しており、今や反TPP運動は国境を越えた広がりと連携を見せています。この関連で米国内の3つの事情に注目しています。
◆米国内は議論不統一
薄井 1つは、オバマ大統領誕生に役割を果たした市民団体がTPPに反発しているという実態です。選挙戦を通じてオバマ候補は、ブッシュ政権の自由貿易一辺倒の通商政策が企業の海外移転を促進して失業者を増やしたとし、特にNAFTAを厳しく批判して改善を訴えていました。その中でオバマ候補は「政府を提訴できる権利を外国企業へ与えるようなFTAが存在しているが、自分は外国企業へそうした権利を与えない」と明言しています(2008年)。こうした主張を支持した労働組合や環境保護団体などが米国での反TPP運動の中心です。それに、「500万人の失業者をもたらしたNAFTAのような自由貿易協定では雇用を守れない」といった世論の高まりが反TPP運動を後押ししているのも注目されます。
2つ目はTPPに関する米国内議論の不統一という実態。米国商工会議所をはじめ貿易推進派の多くの企業は特に投資やサービス貿易、政府調達、知的財産権などの分野で米国企業に有利なTPPの早期実現を強く要求している一方で、酪農団体や牛肉団体、繊維やアパレル、鉄鋼など安価な輸入品の増大を警戒する業界は反対あるいは消極的対応を示しています。
3つ目は来年11月の大統領選挙に向けたオバマ陣営の戦略です。 労働組合などの支持母体の主張もTPPへ取り入れると同時に、貿易推進派の支持も取り付けられるようなTPPを実現し、自らの誕生地ハワイでのAPEC首脳会議の場でTPP交渉の終結、勝利宣言を行って次期大統領選挙戦への大きな弾みにしていきたい。非常に困難な国内の利害調整にオバマ陣営は挑戦しようとしているのです。
先ほど先生は「オバマの変節」を指摘されましたが、反TPP運動を展開する米国の市民団体などは最近、オバマ大統領のTPP対応に不信感を強めています。米国政府のTPP交渉団が交渉の場で配布した国内貿易推進派の要求書のコピーが最近外部へリークされたこともこの不信感に繋がっています。つまり「NAFTAから始まった貿易推進派の利益優先という流れ、すなわち『ブッシュ・シニア=クリントン=ブッシュ・ジュニア』の流れをオバマ大統領も変えられず、市民団体や労働組合の要求を実現できないのではないか」という不信感です。
そのため市民団体や労働組合はTPP交渉の全面的な情報公開を強く要求し始め、今やそれは各国の運動の共通した要求になっています。かつてMAI構想をОECD諸国に諦めさせた当時のNGOの運動と比較して、先生は今回の反TPP運動をどう評価されますか。
◆オバマの変節と日本農業
内橋 MAIの時は世界1000を超えるNGОが立ち上がり、なかでもスーザン・ジョージさんを中心とするフランスのATTACというNGОが最も強い闘いを展開し、結局、協定をつぶしました。
日本から声を上げたのは「日本フォーラム2001」というNGОだけでしたが、NZのジェーン・ケルシーさん(オークランド大学教授)に来てもらってシンポジウムなどを開きました。ケルシーさんは今回も反TPP運動の中心になって大きな役割を果たしています。
NZという国は以前から米国が規制緩和を徹底する際に先頭を切って、その実験場となるなど、まるで“ミニアメリカ”ともいえます。
当時の政権党は社会民主主義を掲げていましたが、雇用労働の破壊をやり、労働組合の組織率は数%に下がっていました。企業に就職する際には個々の労働者と大きな企業組織が対等で契約しなければならないという雇用契約法まで生まれ、労働者は隣りで働いている人の賃金がいくらかも分からないという状況まで労働の分断が進んでいました。
その後、政権は変わりましたが、規制緩和は進んでいます。ケルシーさんはそうした政策に反対する運動の先頭を切って来た女性研究者です。
NZは郵政民営化を行い、国鉄を豪資本に売り渡し、航空規制も緩和しましたが、それらはことごとく失敗しました。同国の政権の経済政策は米国の後追いの傾向が強い、そういう位置づけでNZを見ることも大切です。
薄井 TPPの日本農業への影響等を議論する場合、先生が指摘する「オバマ政権の変節」という問題に注意していかねばなりません。先生はこの「変節」が今後のTPP問題にどのような影響を及ぼしていくとお考えですか。
内橋 彼の正体はといえば、社会的な公正とか正義を追求する市民運動家の姿勢がありましたが、政権を担ってみると、そこにはブッシュ時代の勢力が残っていて、現実の経済としてはウォール街に代表されるマネーの力が思っていた以上に強かった、といったところでしょうか。
今やマネーが産軍コングロマリットの実権を握っているわけです。最先端軍事技術の開発研究者を含むあらゆる軍事がマネーの支配下に組み入れられています。だから初心を貫けないようなメカニズムの中に取り込まれてしまったと思う。変質というよりは同化といったほうがよいのかも知れません。
やはりアメリカ資本主義は巨大であり、それがマネーと連動しています。その中で彼の意思がどこまで通せるかが大きな問題です。
現に彼が掲げたグリーンニューディールは原発推進ということで実質的に変質しています。それから医療改革は社会正義を実現する大きなよすがでしたが、これも後退を迫られて、ずたずたです。ブッシュ減税を延長したことによって医療改革をなすべき財源が消えてしまいました。日本のような国民皆保険と違って民間保険会社の利用ですが、それでもひとたび健康を害すれば医者にかかれる国を目指しながら、これも崩れ去りました。
日本の民主党政権ほどではないにしても大きな仕組みの中に取り込まれていきながら、NAFTAの失敗が顕著に出始めています。特に雇用機会の喪失です。これは日本の場合も、海外に出た日本型多国籍企業が現地で450万〜500万人くらいの直接雇用をしているのと同じ構造ですよ。
豊かな日本へ確信ある運動を
軍事戦略と一体の実態広く知らせて…
◆TPPの反社会性を訴え広範な国民運動展開を
薄井 米国の市民運動のリーダーの間では、TPPは米国企業のさらなる海外移転で失業者を増やす、NAFTAと同じようになってしまうのではないかという疑念が強まって来ています。
こうした中で、TPP交渉の全面的な情報公開が米国や豪州などでの反TPP運動の共通した要求になっていますが、このような市民運動の今後の役割について先生はどうお考えですか。
内橋 MAIの時も直前まで秘密交渉でしたが、やはり、あの時の経験に学ぶべきです。当時も日本では余り関心がなく、反対運動に立ち上がったのはNGOひとつだけ。それでもMAIがつぶれたのは欧州を中心とするNGОなどの激しい闘いでした。日本はいわば“ただ乗り”同然だった。
今回は市民グループによる県民フォーラムなどという大きな集まりが各地に広がっています。最初から反対を叫ぶのでなく、県民みんなで考えようという集まりで、その中には小規模事業者なども入って来ています。これはとてもいい方向です。
今度は日本政府が先頭を切ってTPPの反市民性、反社会性をきちんと認識し、マネーの利益追求一辺倒という本質を訴えて国際的なバックアップをかちとるーそういう方向が一番望ましいと思います。
しかし、日本ではTPPを農業とか協同組合の問題に矮小化するという傾向が強く、そうした経団連的な企みを崩さなければなりません。
また経済の問題に矮小化しないことも非常に重要で、環太平洋戦略には軍事同盟の側面があることも強調しなくてはなりません。
かつては安保闘争であれだけ盛り上がったのですから、今の若い人たちに力があるかどうかは別として新しい国民運動の展開の仕方を考えていくべきでしょう。
薄井 それは以前から先生がいわれている自覚的消費者、自覚的市民というところにつながっていくということですね。
内橋 そうですね。本当の意味での社会転換を望みたいですね。TPP問題でも新しい視座を築く転機にしなければと思います。菅総理のいう形で参加してしまうと米国の植民地になってしまいますよ。
薄井 米国は日本がどの段階でTPPへ参加するのを求めているのか。個人的にはこの問題に関心があります。つまり米国は、米国が圧倒的なリーダーシップを発揮できるP9の今のTPP交渉を通じて今年11月までに米国に有利なTPP協定を作り上げ、そこへ日本を引き込む、協定の修正を許さないというシナリオを描いていると思います。
ですから、TPPの強力な推進団体である米国商工会議所のドナヒュー理事長は昨年の11月にプレスリリースを公表し、日本が交渉の途中から参加して議論を長引かせ、11月のAPEC首脳会議までに交渉が決着しないことに警戒感を表明しています。
一方、菅総理がTPP参加検討の方針を打ち出して以来、国内では農業団体だけでなく様々な組織等がこの問題に関心を強め、「TPPは国の形を変えてしまう」との認識も広まってきました。国内の議論を踏まえ、先生はTPPの何が最も問題だとお考えですか。
◆共生セクターの危機
内橋 日本が持つ国際的な存在感を度外視して環太平洋のいかなる多国間協定もないというのが米国の認識だと思います。
ただ、どこで入れるかは戦略上の問題で、目的は当初から日本に絞られていました。だから軍事で理解したほうが早いと思います。日米安保協定は米国に有利で、日本が提供する技術も人も軍事力も米国は自由にできます。
また日本は金融的にもとても便利な利益になる存在です。マネーでも、技術でも、ものでも日本の存在そのものが米国にとっては利益です。
国の形を変えてしまうという点で最も危険な問題点は、生きる、働く、暮らすという人間の存在にとって最も重要な「働く」ということが変わってしまうことです。
つまり働く権利と、それによって正当な報酬を受ける権利が突き崩されていく。
グローバルスタンダードということで、それらは90年代の最初の失われた10年のうちにほとんど踏みつぶされたわけですが、21世紀に入っての次の失われた10年でまたやられ、今は3度目の失われた10年のとば口にたっており、このままではTPPで完全に骨抜きにされそうです。
そうなれば、かつての植民地経営と同じような手法で人が人として扱われなくなります。
農業では採算の合う1つか2つの作物に特化したプランテーション経営となってまう。その半端な農業を指して“農業もやりようによっては生き残れるんですよ”と。そこでは社会の多様性とか歴史とか、伝統とかを強い力で押しつぶしてしまうマネーの原理一辺倒になってしまうでしょう。共生セクターが踏みつぶされてしまいます。
今回の原発事故ですが、これはエネルギーの原発傾斜体制というものを国民の合意がないままに進めてきた帰結です。TPPの進め方と同じですね。こういう日本のあり方を大きく変える社会転換のきっかけにしなければ、真に豊かな日本社会はないでしょう。
社会転換の展望を開こう
◆世界に「不参加」発信を
薄井 菅総理は3月末に「大震災と原発事故への緊急対応を優先する」との考えを示し、TPP交渉参加の判断時期は「総合的に検討する」ことを5月17日の閣議で決定しました。いわばTPP参加の判断を「先送り」にしたわけですが、明確に「TPPには参加しない」とのメッセージを直ちに発信していくべきだと考えます。
この関連で紹介したいのが、2011年2月10日、ニュージーランドの労働組合や市民団体、全国作家協会、教会組織等の24団体と800名以上の個人が共同してジョン・キー首相へ送った公開書簡の中身です。この公開書簡は、TPPの3つの危険性を明確に指摘しています。
第1は、TPPは貿易のいっそうの自由化を追求するだけで、気候変動や食料主権など国民生活や地域社会へ影響する中長期的な課題の解決を志向しないという危険性。第2は、TPPによる議会の立法権の制限という民主主義の根幹を揺るがす危険性。そして第3は、秘密交渉の中で一部の多国籍企業等の利益が国民の利益より優先される危険性です。こうしたTPPの危険性を指摘した上で、ニュージーランドの市民団体等は、「国民に公表できないようなTPP交渉なら、止めるべきだ」と、TPPの秘密交渉を厳しく批判しているのです。
しかしわが国においては、未曾有の国難の事態にあっても、この国の形を変えてしまいかねないようなTPPの参加を「先送り」にするというような判断がなされています。このような判断が許されるような状況なのか、極めて疑問だと考えています。
4月5日の全国紙は、カーク米国通商代表が「いまはTPP参加を(日本に)促す時ではない。日本の準備が再び整えば歓迎する」と配慮を示した旨を報道していますが、実はこの発言の中でカーク代表は「日本政府はTPPへ参加する以上、すべての問題を交渉テーブルへ乗せる必要があるということを理解している」と、明確に発言しております。そもそも菅政権がTPPに関する情報開示を積極的に進めていないために、米国政府のこうした本音の部分を隠すような報道が平気でなされるのでしょう。
TPPは現在も将来においても、優先課題ではないと確信しておりますが、内橋先生は、菅政権の「TPP参加判断の先送り」をどのように受け止められますか。
◆「新冷戦構造」のもとで…
内橋 参加しないということも大事ですがTPP構想そのものをつぶす必要もありますね。私たちも新しい視点で問題を分析しようと考えています。
TPPに対する人々の警戒感を深めていただくには環太平洋軍事戦略と一体であるという側面を捉えることも大事です。その本質は日米安保条約の21世紀版といえます。複雑な新冷戦構造のもとで企てられている米国にとっての安全保障です。この実態を広く知らせていくための努力が大変重要になってくると思います。
薄井 今まで申し上げてきたようなTPPの本質的な問題、危険性を踏まえるなら、大震災からの早急な復興こそ国家としての最優先課題であるのは明らかだと思いますが。
内橋 地震学者の石橋克彦・神戸大名誉教授は、歴史的に見ると大きな災害に襲われたときは必ず政治的な動乱に重なっていたと指摘されています。TPP騒動も動乱の1つではないでしょうか。日本が軍事同盟のさらなる締め付けの中に追い込まれていいのか、そういう視点からの訴えかけも必要ではないでしょうか。
薄井 菅総理は「平成の開国」を繰り返し言ってきましたが、TPP参加が真の「平成の開国」なのでしょうか。国内ではTPPに関する様々な情報が広がってきましたが、国民がTPPの本質を知れば知るほど、菅総理の「平成の開国論」への疑念が強まっていくと思っています。
あらゆる自然界の危険を「想定外」などと片付けることのない、「安全と安心を最優先して国民を守る」世界第一位の国家へ日本を再建していく。このためのビジョンを構築し、それを実現して新しい日本の姿を世界に開示していくことこそ、真の「平成の開国」になるのではないでしょうか。
最後に反TPPの運動を進めていく上での助言、提言をお願いします。
◆巨大複合災害から立ち直るためにも
内橋 巨大複合災害から立ち直るには大きな社会転換をやり遂げなければなりません。
多国籍型巨大企業(グローバルズ)が海外移転でアジアへのシフトを加速させる時代に入って、地場産業や中小企業、農業(ローカルズ)はどう生きていくのか。このままでは「高度失業化社会」は避けられないでしょう。
かねて主張してきたところですが、やはり「FEC自給圏」の形成をめざす。農と食(F)、自然な再生可能エネルギー(E)、そして介護・福祉・人間ケア…その3つの領域で自給圏を創り上げていく。巨大複合災害からの復興もまたFEC自給圏の形成を掲げましょう、と。そういう意味での大きな社会転換を望みたいものと思います。
(写真)復興を待つ南相馬市の海岸(打ちあげられた漁船や壊れた家屋)
《ことば》
●多国間投資協定(MAI)
1990年代半ばに米国のクリントン大統領(民主党)が“21世紀における世界経済の憲法”とまで称して多国間で結ぼうとした資本やマネーに関する協定。
市民やNGОが気づいた時にはすでに、通商交渉に関して議会に承認なく、大統領の一存で全てを決めることのできる「ファストトラック」という手続きが開始される直前までことは進んでいた。しかし世界中のNGОなどが一大反対運動を盛り上げ、結局クリントン大統領は1997年にMAI構想の撤回に追い込まれた。
(社)農協協会・新世紀JA研究会・農業協同組合組合研究会主催の新春講演会で内橋克人氏はMAIの狙いはマネーにとって障壁なき「バリアフリー社会」を世界につくることだとし、3つの重要点を挙げた。第1に、例えば日本の自治体が不況対策として地場の中小企業に制度融資などを行った場合、MAIはこれを協定違反とみなす。つまり国内企業への公的支援や優遇策を外資に対する差別であるとみなすのだ。第2は、投資に対する絶対的自由の保障で、国土の切り売りを認めなさいと求めた。第3は、外国人投資家に相手国政府を直接提訴できる損害賠償請求権を与えることという内容だ。
●レーガノミクス
1980年代に米国のロナルド・レーガン大統領がとった新自由主義に基づく経済政策体系。
「強いアメリカ」を目指して軍事費を拡大し、また“小さな政府”実現のための福祉解体を進めた。そして高所得者や法人に手厚く減税。その結果、貧富の格差が広がった。銀行と証券の垣根も取り払った。
新自由主義に基づく諸政策の実行は英国保守党のマーガレット・サッチャー首相が最初で規制緩和や民営化を進めた。その後をレーガン政権、日本の中曽根康弘・小泉純一郎首相が追った。
●新自由主義
現代の新自由主義は経済理論や経済的イデオロギーが主柱となっている。
企業の自由が最大限に保証されるときに始めて1人々々の人間の能力が最大限に発揮されるなどという一種の信念に基づいて、そのためにすべての資源、生産要素を私有化し、すべてのものを市場を通じて取引するような制度をつくるという考え方(宇沢弘文東京大学名誉教授の説から)。
●市場原理主義
新自由主義の考え方を極限にまで推し進めて、もうけるためには、法を犯さない限り何をやってもよく、パスクアメリカーナ(アメリカによるアメリカのための平和)を守るためには武力行使も辞さないという考え方だ(同前)。
●スーザン・ジョージ
政治経済学者、社会運動家。ATTAC(アタック)というNGОの副代表。米国出身、フランス在住。新自由主義的な経済のグローバル化に対する鋭い批判などで知られる。
●ジェーン・ケルシー
ニュージーランドのオークランド大学教授。法学博士。以前から規制緩和反対の運動を続け、現在は反TPPの運動を広げている。
(前編はこちらから)