【米生産・流通最前線2017】30年産問題ーどんなコメ「需要」に応えるのか?2017年8月7日
米穀新聞社記者熊野孝文
30年産からの米政策の見直しに向けた産地の対応の基本は「需要に応じた生産」である。しかし、問題はまさにその需要をどう捉え産地として戦略を打ち立てるかであろう。そのひとつが都道府県段階での良食味米の開発によるブランド化の推進で29年産、30年産から本格デビューする銘柄も多い。消費者の認知度も高く人気ブランドとして定着したものもある。一方、消費量として増えているのが外食・中食向けなど業務用米である。産地はどう対応すべきか、米流通業界から見た現状を指摘してもらう。
◆「ゆめぴりか」なぜ高いのか?
全国から5800点ものコメのサンプルが寄せられる食味コンテスト。このコンテストで数々の受賞歴があるコメの生産者から「どうして『ゆめぴりか』は『魚沼コシヒカリ』より高いんですか」という問い合わせがあった。
問い合わせの内容はそれだけではないのだが、この問いだけに答えるのも容易ではない。単純な話、ゆめぴりかを高くても買う人がいるからということなのだが、ではなぜ高く買う人がいるのか? と言う問いに答えるのは難しい。
コメに限らず商品の価格と言うのは様々な要因が組み合わさって決まるものであり、仮に考えられる様々な要因をデータ化してその予想価格を出せたとしても実際の価格がそうなるとは限らない。
商品の価格は市場が決めるものであり、その市場はまさに生き物で、既にあるデータで決まるものではない。生産調整が廃止され文字通りコメも商品になると、どう市場に向き合うかが生産者にとっても最も重要な課題になる。
◆美味さデータ分かりやすく
ゆめぴりかの実勢価格(市場で取引されるスポット価格)は8月1日現在、60kg玄米当たり1万8400円から1万8600円、それに対して魚沼コシヒカリは1万6500円から1万6800円程度で、すでに2000円近い値開きが生じている。この銘柄間格差は今後本格的なコメの取引市場が誕生した際、極めて重要な要素になるが、そのことについてはそうした市場が誕生した際に触れたい。
ゆめぴりかがデビューした当初、ホクレンはこの新品種を全く新しい切り口で紹介した。それはいわゆる食味分析値ではなく、人間が舌で感じる"甘味"を計測出来る機器を用いてその数値をグラフ化して示したのである。グラフには全国各地で生産される銘柄米の値も出ており、その中で一番上に記されていたのがゆめぴりかであった。
コメの価値を決める大きな要素として、その物性、品質・食味があるが、食味は人間の脳が感じるものであり、人種、育った環境によっても評価する要素が違うので一つの数値で表現できるものではないが、甘さと言うもっともわかり易い形で示したことは画期的であった。コメの美味しさは良く分からないという人でも、ヒット商品になっている冷凍の「ゆめぴりか焼きおにぎり」を食べたらその違いを確認できるだろう。
甘味成分ではなく炊飯米の旨味成分「アスパラギン酸」に着目したのが「つや姫」で、この成分を分析するため慶應義塾大学先端科学研究所と共同してつや姫にはこの成分がコシヒカリより多く含まれていることをつきとめた。
それだけではなく、つや姫は粘りの要素の元になる酵素活性化が高いと山形県農業研究センターの専門研究員が東京農大で開催されたセミナーで紹介した。つや姫は有機米でも人気で、大地を守る会ではこれが売れ筋になっており「有機つや姫は炊飯時の香りからして違う」(仕入れ責任者)と絶賛している。
こうした旨さについての科学的なエビデンスを示すことは重要だが、それだけで高く売れるわけではない。ゆめぴりか、つや姫に共通する要素は消費者の認知度が極めて高いということ。大消費地では概ね9割方の消費者がその名前を知っている。
関東の産地の中には県が鳴り物入りでデビューさせたにもかかわらず、地元でも知っている人が2割にも満たないという新品種もある。
◆1kg1500円でも差別化要素を明確化
では、最近デビューした良食味を謳う新品種の評価はどうなのか?
評価を得るまでの出回り量がまだないが、首都圏の量販店等で販売されている価格は、青森の「青天の霹靂」は最も安いところで5kg1980円、最も高いところは2780円と大きな開きがある。新潟の「新之助」は試験販売段階だが2kgで最も安いところが980円、高いところは1380円、岩手の「銀のしずく」は販売店が限られており2kg1080円の売価。29年産からこれ以外の新品種も市場にお目見えするが、産地側の建値は強気で、現在の魚沼コシヒカリ並みの価格を唱えている。
産地側が販売価格をいくらにするかは全く自由で60kg2万円でも3万円でも構わない。しかし、その価格で売れるかどうかは全く別問題である。
店頭で売られているコメの価格だけで言えば、1kg1500円で販売している「龍の瞳」という品種もある。この品種を契約栽培して買取り、自ら販売している㈱龍の瞳の代表者は自ら量販店の店頭に立ち「世界一美味しいコメですよ」と声を張り上げて消費者にアピールしている。
他の銘柄米との食味の違いを直ぐに分かってもらうように龍の瞳の玄米のパックご飯まで委託製造して試食提供している。そうした甲斐があってか、海外向け商談ではカリフォルニアの高級食品スーパーから「価格は高ければ高いほど良い」と言われ、その通りの価格で輸出、ハワイやニューヨークの店舗にまで並ぶようになった。
代表者は「龍の瞳は味が濃いので外国人向き」と言うだけあって、香港の高級ホテルからは先方から名指しでの商談が舞い込んできたほか、シンガポールでおにぎり店をチェーン展開し始めたところや中国向けの商談も始まっている。それだけ他の日本産銘柄米との違いを評価されたわけだが、アメリカ向けの輸出量は1回で300㎏程度とロットは小さい。
コメに限らず商品の需要構造は形にすると△形で表せられ、価格が高くなるほど需要量は減少する。冒頭に記した良食味米作りの篤農家も目指すところは三角形の頂点だが、コンテストで最優秀賞を受賞しても、それが目指す価格に反映しているとは言えない。
どうすれば頂点に辿り着けるのか?
参考になるのはまったく無名であった山口県の酒蔵、旭酒造の「獺祭」の販売戦略である。桜井会長が強調しているのは
(1)良い酒は原価をかけないと良いものは出来ない
(2)自ら情報発信する
(3)売る力のある販売店に商品を持込む
の3点。
コメも自身が生産しているコメを評価してもらい、その良さを消費者に伝えられるだけの能力があるところと取引するのがベスト。反対に最も需要のある層はどうなっているか?
◆需要先の声を聞く中食業界の危機感
7月31日農水省講堂で開催された食料・農業・農村政策審議会食糧部会。年度替わりで多くの委員が交代したなか、臨時委員として初めて出席した大手コンビニベンダーの会長が発言した。自社一社で7万1000tものコメを使うというベンダーは「我々中食業界が必要とするコメを作ってもらえない。ミスマッチが起きている。我々コメを使う側の意見を汲み取ってもらいたい」と述べた。
こうした意見が出るのは初めてではない。この企業も会員社の中食業界団体が構成員になっている国産米使用推進協議会は、五年前に発足し、農水省や全農に買い手の立場から様々な要請や意見書を提出して来たが、そうした要望がコメ政策や生産に反映されているとは全く思っていない。
むしろ逆で、飼料用米が増産されるにしたがって、これら中食業界の使用量が多い、いわゆるB銘柄は2年連続して値上がりしており(表参照)、29年産も値上がりする可能性が高いことから「経営が困難になる」と危機感を強めている。
中食業界の主張は、コメの消費量は毎年8万tずつ減少しているが、中食業界のコメの使用量は毎年2万tずつ増えており、年間165万tも使用するまでになっている。なぜこれほどまでに大きなコメの需要先の意見が政策に反映されないのかというもの。
特に飼料用米政策については、この政策によっていわゆるBランク米の供給量が減ってタイト化し価格が上昇しているという点だけではなく、飼料用米が主食用とのコンタミを起こし、それが社会問題化することも恐れている。
まさにこうした大きな需要があるところが市場の構成員であり、そうした需要先の要求に応えられるよう意見に耳を傾ける事こそが重要になっている。
(関連記事)
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