JAの活動:新世紀JA研究会 課題別セミナー
「広域化」か「深掘り」か【古江 晋也・(株)農林中金総合研究所主任研究員】2018年3月27日
信組・信金等の経営戦略~深掘り戦略のビジネスモデル~
ゼロ金利政策が続き、JAの信用事業の先行きは予断を許さない状況にあります。各JAは、人件費を中心に事業管理費の削減で、何とか収支バランスを維持しています。だが30年度は農林中金からの奨励金が削減される可能性が高く、より厳しい対応を求められます。JAグループはセーフティネットの一層の整備と同時に、体力のあるうちに、しっかりした管理体制を確立する必要があります。この観点から、JA信用事業の課題について、農林中金総研の古江晋也主任研究員が報告します。
人口減少や、高止まる中小企業の廃業率などの社会環境の変化、出口の見えない日銀の金融緩和策(2016年にはマイナス金利政策が導入される)を受け、金融機関の経営戦略は見直しを迫られている。こうした中、近年の地域金融機関は、成長が見込まれる大都市圏や県庁所在地などに経営資源を積極的に投下したり、合併や経営統合を選択したりすることで経営基盤の拡大と業務コストの削減を図る「広域化戦略」の動きがある。一方で、このような経営行動とは一線を画し、限られた営業区域で生き残りを図る「深掘り戦略」を採用する地域金融機関も少なくない。
◆融資業務に力点の「深掘り」
(図表)協同組織金融機関の深堀り戦略
深掘り戦略とは、優良顧客のみと取引を行うのではなく、地域に密着することで存在感を高める経営である。そして深掘り戦略を実施している協同組織金融機関は融資業務に力点を置いている。これは「融資を行うことが地域金融機関の使命」というスタンスを反映したものである。地域によっては融資が伸び悩んでいる金融機関もあるが、「融資業務に力を入れたい」という思いは強い。
一方、投資信託の窓口販売などの預かり資産業務については、「融資に力点を置いているため、預かり資産業務を行わない」という方針を掲げる金融機関もあり、「業務の選択と集中」が図られていると言える。また、品ぞろえの一環として投資信託の販売を行う場合でも、販売スタンスは「自然体」であることも多い。
深掘り戦略を実施する協同組織金融機関は、主たる営業地域の状況(都市部か、地方部か)、経営規模、組織文化、これまで歩んできた歴史など、実に様々であり、その取り組みを一概に論じることは難しいが、共通した取り組みも少なくない。
図表は、その取り組みを「徹底した取引先訪問活動」「営業店舗マネジメント」「融資業務」「取引先支援」「顧客目線の業務」「積極的な地域貢献」の6つの観点からまとめたものである。これらの項目は、一見すれば「当たり前」のように思われるかもしれない。しかし、例えば「融資実行後の訪問」「お願いセールスの禁止」「積極的な小口融資」「顧客目線の業務」などは、多忙な現場の中でおろそかにされていることが少なくない。そして深掘り戦略を展開している金融機関はこれらの活動に真摯に取り組んできたからこそ、「地域になくてはならない金融機関」として地域社会に認められているのである。
また、6つの項目は、それぞれが緊密につながっており、同時並行で進めることで競争優位を確立することになる。例えば、こまめに営業担当者が営業活動を行い、融資案件を見つけても与信審査に時間がかかっていては、実行に結びつく可能性は低くなる。「地域とともに歩む」を経営理念に掲げながら、地域イベントへの参加に消極的であれば、地域の人々やコミュニティと信頼関係を構築することは難しい。また、少額融資を積極的に行うことは、貸出金残高を伸長させるだけでなく、地域の多重債務問題を未然に防ぐことにもつながる。
◆広域化だけが「解」ではない
図表を見て、読者の中には「このような取り組みは手間がかかる」「非効率である」と考える人がいるかもしれない。しかし近年、利ざやの縮小をボリュームでカバーする動きに厳しい目が向けられていることも事実であり、「地元回帰」や「原点回帰」を唱える地域金融機関も増加している。そして注目されることは、深掘りによって生き残りを図る金融機関の中には、業界平均を上回る経営指標を達成し、「取引先から感謝された回数」という非財務指標も高まっていることが少なくないことである。
日銀のマイナス金利政策を受け、多くの金融機関は業務純益を右肩下がりで減少させている。昨今では、「来るべき将来」を見越して顧客基盤を強化し、業務の効率化を図る一環として経営統合を選択するケースも見受けられるようになっている。しかし、合併や経営統合だけが今日直面している地域金融機関の経営課題を解決する「解」ではない。もちろん、深掘り戦略を展開する金融機関の中には営業地域を拡張している金融機関もある。しかし、その範囲は広域化戦略とは比較にならない規模であり、顧客を徹底して訪問できる範囲内である。
「地域を熟知している」ということが自らの競争優位であることを認識し、取引先や地域と密着していく深掘り戦略もまた、厳しい金融機関競争の中で生き残りをめざすビジネスモデルであることを忘れてはならない。
※このページ「紙上セミナー」は新世紀JA研究会の責任で編集しています。
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