【座談会:どうする農協改革2】持続可能な社会実現へ農村から実践 発信を(下)2016年7月21日
地域とともに「解体」に歯止めを
JA三次(広島県)前代表理事組合長村上光雄氏
JA東京中央会・連合会会長須藤正敏氏
東京大学教授鈴木宣弘氏
参議院選挙では北海道や東北、甲信地方などが農政を含む安倍政権の政策に批判を突きつけた。ただし、与党としては議席を増やしたことから今後、アベノミクスの加速化のもと、「解体」につながりかねない本質を持つ政府の「農協改革」圧力もスピードが増すことが懸念される。しかし、厳しい状況だからこそ、的確な分析と現場での着実で揺るぎない実践が求められる。今回はJAトップ層と東大の鈴木宣弘教授に具体的な取り組みを含めて地域社会全体を支える機能を発揮する真のJA改革の課題を話し合ってもらった。
◆国民からの支持めざす
鈴木 では、JAグループ東京としての取り組みをお聞かせください。
須藤 都市部には都市農業振興基本法が新たにできました。そこに書いてあるのは国民の理解、支持をしっかり得るということです。国民がしっかり応援してくれるような農業にするのが、とくに都市農業が進むべき方向だと思います。それをふまえて改革に取り組もうと考えています。
その取り組みのいちばん最初は、ここ数年の農協に対する批判を洗い出し向き合おうということです。たとえば正組合員が減少し准組合員が多くなっているとの批判に対しても、われわれは正組合員の減少はJAの存在意義を直接脅かしていて、この事実から目を背けてはならないと強調しています。
また、東京農業の衰退が叫ばれて久しいけれども耕地の少ない東京だからといってそれに甘んじて農業生産に何ら貢献しないJAであるならば存在意義はありません。農業振興というJAに求められる姿を忘れてはならず、われわれはこういう危機意識を持たなければなりません。ここがスタートだということでしっかりと改革を進めるべきであって、座して死を待つわけにはいかない、ということです。
須藤 具体的には4つほど方向性を打ち出しました。
1つは東京にも農業があるんだということを知らせるために23区内の小中学校の給食に東京産の食材をしっかりと供給していこうということです。東京にも農業があって、今日の食材は練馬のダイコンだよ、江戸川の小松菜だよ、ということを給食のレシピのなかできちんとうたってもらう。
そして、食材を供給している学校には青壮年部や生産部会のみなさんなどで出前授業の食農教育もやろうと考えています。
それから東京産の野菜は量が少ないですから、これをもっと増やすために付加価値をつけていこうと考えています。生産履歴をしっかり記録して情報開示したり、今朝何時に収穫したトウモロコシです、ということもきちんと知らせて販売していくことも考えています。
もうひとつは市民農園です。残念ながら東京の西多摩地区でも後継者が少なく遊休農地化してしまうところもありますが、都民にアンケートをとると多くの人が日曜日ぐらいは土に触れてみたいと思っていることが分かります。実際に23区内では市民農園がものすごく人気が高く順番待ちです。これに対してしっかりJAが前に出て管理が難しくなった農家から農地を貸していただき、たとえばJA職員も一緒になって都民向けの体験農園を運営するといったことにも取り組みます。
広報活動もしっかり行っていきます。マスコミの方々に東京の畑を見てもらったり農家の実態を知ってもらう活動をやっていこうと考えています。 それから、新宿の農協ビルが老朽化したため来年4月に新しいビルができますが、そこをJA東京アグリパークとします。東京産野菜の直売はもちろん、東京産野菜を使ってお店をやりたいというような人と商談をする場所にしたり、あるいはジャガイモ掘りなど農業体験をしたいという幼稚園や小学校に対して東京都内の農園と結びつけるなど東京農業のPRをする場にもしていきたいと考えています。
同時に東京産だけでは十分ではありませんから、地方の農協とも連携してアンテナショップ的な機能も考えていますが、全国のJAからぜひ出品したいという声もいただいています。
この4つを柱に東京では今回の改革に向かっていこうということです。最終的には農協が残っていなければ困る、農協があって当たり前だと言われるような運動に高めていきたいと思います。
◆農業振興 JAが担う
鈴木 まさに農と食と地域が一体的につながっていることをみんなが実感できるような実践的な取り組みをしていこうということですね。
ただ、一方でJAの信用、共済事業についての批判も多いですがそこはどう対応していきますか。
須藤 JAが信用・共済事業をやることは悪いことだというイメージがありますが、全国のJAが信用、共済事業の収益から地域農業振興に使っているのは一年間に数千億円あると私は思います。 たとえば三鷹地区は三鷹市とJAで2億4000万円の農業振興費を計上していますが、市が6000万円、JAが1億8000万円を負担しています。みなさんから預かったお金を運用して地域農業振興に当てているわけです。
だから信用と共済を分離して弱体化した農協になったときにそういう農業振興の支援ができるのかと思います。農業協同組合の力とは総合力を発揮してはじめて正組合員の満足度も高められるし、周囲の地域のみなさんにも農業に対する認識も広めることができると思います。総合事業を展開することが農協には絶対必要だと思っています。
鈴木 農があって食が提供できて地域のみなさんの暮らしも成り立つ。その地域のみなさんにも信用事業や共済事業を利用してもらうことで、そこに集まってくる資金の一部を農業振興に還元する。結局は自分たちの食をみんなで支えるというサイクルをJAが地域で回しているわけですね。このことを、もっと数値で示せるものは示して国民に実感してもらう工夫が必要ですね。
村上 あまりにも実態とは違う報道があることも問題です。農村には貯金や保険の市場がたくさんあって、今度、農協法を改正すれば民間企業がどんどん参入できるようになるという記事もありました。そもそもわれわれの協同組合は民間組織です。郵貯とは違うのです。
実際、組合員であっても銀行に貯金し保険にも加入し全部を農協と取引しているわけではありません。生産資材の購入にしても農協からしか購入してはならないなんて締め付けをしているようなことはありません。みんな自由に選択してそのなかで農協を利用をしているわけです。農協も民間組織として競争しているのです。
鈴木 その結果としてJAに集まってきている貯金なり共済ということですね。ただ、そのときに1つ言われるのがイコールフッティングの問題です。これは協同組合の税制上の優遇措置についてです。
村上 税制についてはわれわれも検討すればいいことであって、これと信用、共済を分離することとは別問題です。
鈴木 優遇措置は必要ないという選択はできますか。
須藤 それほど納税額は違うわけではありませんから。
鈴木 JA側から自ら税制上の優遇措置を返上する選択が可能であれば、政府の求めるイコールフッティングは実現することになりますから、彼らは、それ以上文句は言えません。こちらは、不当な経営への干渉だとして、頑として跳ね返せばよいだけです。
須藤 農協のいいところはメガバンクと違って、あの支店長、今は北海道ですよ、ということがないことです。逆に嘘はつけない。正直な団体だから多くの利用者が安心して預けてくれるという組織です。信頼があるということです。
そういうなかで准組合員の利用を規制していく根拠は何なのかでしょうか。
◆准組規制は法律違反
鈴木 そもそも准組合員の利用規制は法律に抵触します。農協法12条の「組合員資格」では、准組合員は正組合員とともに「組合員」を構成しており、議決権は付与されていないが事業利用権は付与されています。
さらにICA(国際協同組合同盟)の原則は第1条で組合員への無差別的配慮、第7条で地域社会への寄与を掲げています。つまり、准組合員やそれ以外の地域住民全体への貢献をめざすのが協同組合の真髄なのであって職能組合であるべきという論理とは相容れないということです。
実際に日本の総合農協は、地域のみなさんが農協は安心できるからと預けてくれた資金のある部分を地域農業振興に回しているということですね。それで地域の食も守られる。まさに「共助」です。農協を核にして、地域の農と食と暮らしが循環する。どれだけ多くのお金が農協を通じて地域の農業振興に回り、それによって地域の食が支えられているのか、もっと具体的に示せたらと思います。
村上 そもそも地域農業の振興は今や誰がやるのかという問題があると思います。自治体は広域合併し行政も合理化して農業振興についてはJAにお願いしますというのが実態です。
鈴木 信用・共済事業を切り離せというのならそれでは農業振興ができなくなるわけですから、農協は農業振興を、という話と矛盾することになりますね。農業振興をせよ、というなら、信用・共済事業は切り離せない、ということです。
◆危機感持ち実績積み上げ
村上 ただし、JA改革や農業振興についてはJAによってまだまだ温度差があることも事実だと思います。今回は時間を区切られているということもありますから全JAが危機感を持って取り組む必要があり全国にいい事例があるからそれをふまえて改革を進めていくべきだと思います。
鈴木 改善すべきは改善するという、本当の改革は当然やらなければならないですね。
村上 われわれとしてはこの3年の間にどんどん既成事実を積み上げていくことが大事だと思います。地域活動をしている既成事実を積み重ねていく取り組みを加速していくべきだと思います。 そうすれば政府も今やっていることをやめなさいとは言えないと思います。仮にそれを規制をしてくるようであればそれこそ利用していただいている地域住民のみなさんからも署名してもらって強力な反対運動をしていけばいい。とにかく危機感を持ってスピードアップしていくことが大事だと思います。
鈴木 JAが地域全体を支えることの重要性の一方で、地域のなかで規模拡大した一部の農家がJAに不満を持つような面もあります。品質向上に努力した農家の努力の結果が反映されにくい側面もあるため、「個」の創意工夫の追求と「組織」への結集で生まれる価格形成力の発揮との両立は難しいとの指摘もありますが、どう対処していけばいいでしょうか。
村上 それぞれJAで考えるべきだと思いますが、私の地域ではJAが集落法人に出資しており販売も購買もJAを利用していますし、JAも品質のいい農産物については少しでも高く買うようにしています。
生産資材についてもロットがまとまれば安くするような仕組みもつくっています。
大型農家も集落法人もJAの組合員なのだから何がJAには必要なのか、JAは何をすればいいのかということについて本当に話し合って聞いてみることだと思います。
JAもとくに販売システムについては高品質のものは少しでも高く買っていくことが必要です。販売品を個別に分けて扱うことも今はコンピュータを利用すればできますから。共同販売についてもいろいろと工夫して農家の期待に応えていくことが大事です。
鈴木 「個」の努力の結果が「組織」で評価されない事態を改善する手法は、今は十分にあるということですね。それをさらに徹底して広げていけば、農協への批判は飛躍的に改善できますね。一方で農協が販売する生産資材が高いという指摘についてはどう思われますか。
◆生産資材は適正価格で
村上 そもそもメーカーが農協に販売する価格が高いことが原因で問題はそこだと思います。
鈴木 生産資材メーカーは資材価格を高くつり上げようとし、一方、量販店や加工業者は農産物を買い叩こうとします。それを何とか適正な価格にしようと努力しているのが農協です。農協を解体してしまったら農産物はさらに買い叩かれ、生産資材価格は高くつり上げられる。それが農協解体の目的のひとつだと思いますが、やはり農業所得向上などというきれい事とはまったく逆なのが政府の「農協改革」だということが分かります。
では、改めて私たちが進むべき方向はどうあるべきかをお聞かせ下さい。
村上 一百姓として地域で暮らしながら思うことは、やはり持続可能な社会です。このことをわれわれはしっかり訴えていかなければならないと思います。
持続可能な社会とは持続可能な農業であり、持続可能な農村であり、そのためには農協がなければならないと思います。社会全体にこれを訴えていくことが必要なことだと思っています。
須藤 私も持続可能は極めて大事だと思います。日本は四季がはっきりしており水にも恵まれています。こんないい国で農業を粗末にするなんてことはとんでもない誤りだと思っています。
それから経済発展がすべての善ではないということも考えたいです。やはり持続可能性です。このままどんどん経済成長を求めていけば地球崩壊にいってしまうと思います。そういうことを考えると日本はもっと農業をしっかりと大切にして農業は儲からないかもしれないが、共同でいろいろな作業をしたりして守っているのが日本です。 地べたに足をつけている人間が声を大にしていかないと日本どころか地球も崩壊してしまう。そういうことを考える時期に来ていると思います。
鈴木 ありがとうございました。
(写真)JA東京中央会・連合会会長 須藤正敏氏、東京大学教授 鈴木宣弘氏
【座談会:どうする農協改革2】持続可能な社会実現へ農村から実践 発信を(上)(下)
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