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【漁業権問題】亡国・売国の漁業権開放2017年8月29日

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・資源・地域・国土がもたぬ
・東京大学教授鈴木宣弘

 漁業権は、これまで各漁場で生業を営む漁家の集合体としての漁協に優先的に免許されてきたが、今後は、一般企業も同列に扱って、権利を付与し、最終的には、その漁業権を入札で譲渡可能とするのが望ましいとの議論が規制改革推進会議などで本格化しそうである。それは実質的に外国にも開放されることになる。
「小さい頃からアコヤ貝の貝掃除、冬場のノリの摘み取り・乾燥・袋詰め、シラス掬い、ウナギの給餌、カキむきの補助など、毎日、浜を生活の場としてきた」と話す東京大学の鈴木宣弘教授は、漁業権の開放は、日本にとって取り返しのつかない深刻な事態を招きかねないと警鐘を鳴らす。

三重県伊勢志摩市の英虞湾(写真)三重県志摩市の英虞湾

◆強い違和感


 私は、浜で暮らしてきた一人として、漁業権開放論に強い違和感をいだく。
 そこに浜があり、長年にわたり、そこで生計を立てて生きてきた我々にとっては、それは、あまりにも当たり前のことで、「漁業権が漁協に免許されて、その行使権を個々の漁家が付与されている」という認識も正直なかった。もともと、そこで暮らしていたのが先で、権利が後付けである。漁業権の権利の主体はあくまで漁協に属する漁業者集団であり、漁業権を免許される漁協という組織はその管理者と理解される。

 
 そして、漁協に集まって、獲りすぎや海の汚れにつながる過密養殖にならぬように、毎年の計画を話し合い、公平性を保つように調整し、年度途中での折々の情勢変化に対応してファインチューニングし、浜掃除の出合いも平等にこなすといった資源とコミュニティの持続を保つ、きめ細かな共生システムが絶妙なギリギリのバランスの上にできあがっている。


◆本音は特定企業の利益


 それに対して、非効率な家族経営体が公共物の浜を勝手に占有しているのはけしからん、そのせいで日本漁業が衰退した、既得権益化した漁業権を規制緩和し、民間活力を最大限に活用し、平等に誰でも浜にアクセスできるように、漁業権を競売にかけ、資金力のある企業的経営体に参入させろ(独占させろ)、というのである。
 長年その地に土着して目の前の浜で暮らしてきた我々に対して、突然、漁業権の免許が漁協(多数の家族経営漁家の集合体)から企業に変更された(あるいは企業にも付与した)ので、君らの一部は企業が雇ってくれるが、基本的にはみんな浜から出ていけ、という理不尽極まりない要請が許されるとは常識的には考えられない。よくまあ、そんな勝手なことが言えるな、というのが実感である。
 
 
 しかし、実際に、2011年、悲惨な大震災による漁民の窮状につけこんで、火事場泥棒的にこんな特区が実現された。その全国展開がいま進められようとしている。しかも、「規制緩和」や「国家戦略特区」などの真相は、最近、実際に生じている数々の実例を見れば、「特定の企業への便宜供与」だとバレている。
 規制緩和の真意は、地域の均衡ある発展のために長年かけて築いてきた相互扶助的ルールや組織を壊して、ないしは、改変して、地域のビジネスとお金を一部企業に集中させることである。


◆資源がもたぬ


 まず、規制撤廃して個々が勝手に自己利益を追求すれば、結果的に社会全体の利益が最大化されるという論理のコモンズ(共有資源)への適用は論外である。私は環境経済学の担当教授で、毎年、学生に「コモンズの悲劇」(共有牧場や漁場を例に、個々が目先の自己利益の最大化を目指して行動すると資源が枯渇して共倒れする)を講義している。教科書の最も典型的な事例なのに、「コモンズの共同管理をやめるべき」というのは、経済理論の基本もわかっていないことを意味する。

 
 
 資源管理のためには、総量規制だけすればよいというのは、現場を知らない絵空事である。異なる現場ごとに、漁協を中心としたきめ細かなファインチューニングで、絶妙なギリギリのバランスを保って各漁場は調整されている。漁協による共生システムは、その点で優れている。
 区画、定置、共同漁業権は、海を協調して立体的、複層的に利用している。定置の前で魚を獲ったら定置網は成り立たないし、マグロ養殖のそばを漁船が高速で移動したら中のマグロが暴れて大変なことになる。漁業は、企業間の競争、対立ではなく、協調の精神、共同体的な論理で成り立ち、貴重な資源を上手に利用している。その根幹が漁協による漁業権管理である。
 そこに水産特区のように漁協と別の主体にも漁業権が免許されたら、漁場の資源管理は瞬く間に混乱に陥ることは必定である。このことを現場感覚としてよくわかっている企業は漁協の組合員となってマグロ養殖などに参入している。


◆自主管理が有効


 ノーベル経済学賞を受賞したオストロム教授のゲーム論によるコモンズ利用者の自主的な資源管理ルールの有効性の証明を待つまでもないように思う。私はゲーム論が好きでない。現場で当たり前のことを、もっともらしく言い換えているだけだ。
 中央政府が漁場ごとの再生産能力を把握した総量規制の上限値を正確に計算することは、そもそも困難であり、それを明確に割り当てたり、操業者の行動を監視し、違反者を確実に制裁することは困難を極めるし、その行政コストは莫大になり、漁協を中心とした自主管理システムのほうが有効かつ低コストであるのは自明のように思われる。


◆地域がもたぬ


 M県知事は「企業側が『海は国民のもので漁協のものではない。漁協がお金を出して買ったものではないはずだ』と思うのは当然です。」(2011年6月21日付の朝日新聞のオピニオン欄)と述べているが、耳を疑う発言である。

英虞湾周辺の漁業権の分布

(図)英虞湾周辺の漁業権の分布

 その地に長く暮らしてきた多数の家族経営漁家の集合体が漁協であるから、漁協が本来の姿であるかぎりは、漁協と営利企業は同列ではない。漁業権は多数の漁家の集合体に付与されている。まず、そこに暮らしてきた漁民の生活と地域コミュニティが優先されるのは当然である。企業が参入したいのであれば、地域のルールに従って、漁協の組合員になるべきであり、それは可能なのである。
 
 
 それなのに、これからは、突如、漁業権の免許が漁協から企業に変更された(あるいは企業にも付与した)ので、君らの一部は企業が雇ってあげるが、基本的にはみんな浜から出ていけ、という理不尽極まりない事態を全国展開しろという議論になっている。
 かつ、漁業権がいくつかの組織に割り当てられたとしても、割り当てられた漁業権を入札による譲渡可能にするのがベストだというが、そうなれば、資金力のある企業が地域の漁業権を根こそぎ買い占めるかもしれない。むしろ、それが狙いなのである。
 つまり、浜は既存の漁家のものでなく、みんなのものだから、平等にアクセスできるようにしろ、と言って、結局、そう主張した企業が買い占めて、自分のものにして既得権益化する(=浜のプライベートビーチ化)という詐欺的ストーリーが見えている。
 
 
 の三重県志摩市の英虞湾の湾内の区画漁業権と外海側の共同漁業権の実態を見てもらいたい。筆者の家の漁業権もここにあるが、海と隣接した集落で、非常に多くの中小漁家が生業を営んでいる。これらが根こそぎ買い取られたらどうなるか。ここで暮らしてきた人たちの生活と地域コミュニティは間違いなく崩壊する。地方創生どころではないことは一目瞭然である。その地で長年生業を営んできた多くの家族経営漁家を追い出し、地域コミュニティを崩壊させる権利が誰にあるのか。


◆国土がもたぬ


 さらには、漁業自体は赤字でも漁業権を取得することで日本の沿岸部を制御下に置くことを国家戦略とする国の意思が働けば、表向きは日本人が代表者になっていても、実質は外国の資本が図のような英虞湾の内海や外海沿岸を含め、全国の沿岸部の水産資源と海を、経済的な短期の採算ベースには乗らなくとも、買い占めていくことも起こり得る。海岸線のリゾートホテル・マンションなどの所有でも同様の事態が進みつつある。

 こうした事態の進行は、日本が実質的に日本でなくなり、植民地化することを意味する。日本が脳天気だと思うのは、農林水産業は国土・国境を守っているという感覚が世界では当たり前なのに、我が国では、そういう認識が欠如していることである。
 例えば、尖閣諸島のような領土問題が広がる可能性もある。そもそも、尖閣諸島には、鰹節などをつくる水産加工場があって、200人以上の住民がいた。まさに、漁業の衰退が、尖閣諸島の領有権を海外に主張されることにつながった。
 
 
 そうした事態を回避するために、ヨーロッパ各国は国境線の山間部にたくさんの農家が持続できるように所得のほぼ100%を税金で賄って支えている。彼らにとって農業振興は最大の安全保障政策である。日本にとっての国境線は海である。沿岸線の海を守るには自国の家族経営漁業の持続に戦略的支援を欧州のように強化するのが本来なのに、企業参入が重要として、結果的には日本の主権が脅かされていく危機に気付いてないのであろうか。日本国民にとって国家存亡の危機である。したがって、むしろ、漁業所得補填の補助金を安全保障予算として抜本的に増額すべき、というのが欧米の政策からの示唆ではないか。
 
 
 漁業権などを国際入札の対象にするという方向性は、TPP(環太平洋連携協定)でも打ち出されていた。TPPはトランプ政権による米国の離脱で発効が不透明になっているが、日本は批准を終え、「TPPゾンビ」を追求している。TPP型の協定では開放の例外にするリスト(ネガティブ・リスト)に列挙していない限り、基本的に投資やサービスを外国に開放することになっている。「漁業への投資・サービス」は例外リストに入っているが、漁業そのものは例外になっていないとする解釈もあり、解釈は微妙であるが、基本的な方向性は様々な資格・権利の海外も含めた開放であるといえる。つまり、国内的な漁業権の開放の議論は国際的な自由化交渉とも呼応している。



◆資源と地域と国境を守る



 以上のように、日本の水産資源・環境、地域社会、そして、日本国民の主権が実質的に奪われていくという極めて深刻な事態を招きかねない漁業権開放の議論は、国内的にも、ここで終止符を打つべきであり、そのような内容を含む国際協定の推進も停止すべきだと考える。

 そして、こうした議論が出てくる背景として、漁業権を託されている漁協が、資源を守り、地域を守り、国土を守る漁業経営者の民主的集合体としての本来的役割をしっかりと果しているのかが問われていることについて、しっかりと説明して国民の理解を得る必要があろう。

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