農政:TPPを考える
安全・高品質の農産物で活路 TPPをバネに インタビュー 自民党農林水産戦略調査会長 西川 公也 氏(1)2016年2月3日
TPPは2月4日に署名式を迎える。国内ではTPP協定の国会審議の一方、農業分野ではTPP対策の検討が引き続き行われる。自民党TPP対策委員長と農相を経験した西川公也自民党農林水産戦略調査会長は、交渉に関わるとともに、今は、TPP関連対策の議論を主導する立場にある。本紙は今回、わが国の交渉参加の経過、交渉結果の評価と今後の日本農業がめざすべき方向やJAグループへの期待などを聞いた。
◆共同声明で認めたセンシティビティ
――改めて政府・与党としてTPP交渉参加に判断に至った経過からお聞かせください。
今からほぼ3年前の平成25年2月22日、安倍総理がオバマ大統領とアメリカで共同声明を発表しました。
それは、聖域なき関税撤廃というわけにはいきません。日本には農林水産物というセンシティビティがある。アメリカにも自動車と工業製品というセンシティビティがある。お互いにこれは認め合いましょうという内容でした。
そのとき、お互いに相手のセンシティビティを認め合うと言いながらも、アメリカ国内の理解は必ずしも一致していなかったと思います。実は、アメリカの言うことは聞けよという、ある程度アメリカに配慮する表現にするのが本音だったんじゃないかと思います。
しかし、総理が2月24日に帰国し、翌25日、私は総理から電話をいただきました。ちょうど自民党本部7階のエレベーターを降りたところで電話をもらい、「総理、何でしょうか」と聞くと「TPPだ」ということでした。だから、急いで701会議室に入って話を聞きました。
総理の話は、TPPについて党の意見を集約してくれということでした。3月17日が自民党大会でしたから時間がありません。それからすぐにTPP対策委員会設置というわけにもいきませんから、いろいろ党内調整を経て27日に私が委員長を引き受けて自民党TPP対策委員会がスタートを切ることになったわけです。
その前に、党の意見をどうまとめるのかということになりまして、党大会に間に合わせるには遅くても3月15日だと判断しました。その前に何と何を詰めればいいのかということを整理しました。当時、問題になっていたのは国民皆保険が崩されるのではないか、郵貯のお金がアメリカに吸い上げられないのか、それからISD条項による投資家対国家の訴訟問題などでした。さらにラチェット条項(編集部注)が入ってしまうがそれでもいいのかといったこと、そして農林水産業を守りきれるのかという大きな問題がありました。そこで金融や農業など5班に分けて議論をしてもらいました。
非常に精力的に議論をして党の決議もつくりました。これは重要5品目を守るという趣旨です。私は日豪EPA交渉の際の決議文をつくった経験がありますから、あれにならって議員会館の私の事務所で夜中につくったんです。当時の農林水産省幹部などと誰にも目立たない場所で、ということでした。日豪EPAでは豚肉は入っていませんでしたからそれを加えたわけです。
◆国益の視点で交渉農産物を守り抜く
私はTPP対策委員長を引き受けるときに、受けたほうがいいのかどうかと迷いました。ただ、農産物に聖域を認めるということになれば、政策的支援も引っ張り出せるということを考えました。経済全体、国益の最大化ということを考えても農業の傷む部分をいかに少なくするかということがまずあります。しかし、他の産業は伸ばさなければなりません。そう考えると他の人がおやりなるよりは私がやったほうがいいのか、ということで総理からの依頼を受けたということです。
課題は自ら書き出して委員会組織も一人でつくり、班の主査になってもらう人たちにも自分で電話をかけました。非関税障壁の問題については官僚のみなさんの力も借りましたが、基本的な課題については自分で整理しました。こういう状況で交渉に入っていったということです。
――日本の交渉正式参加から2年3か月後の昨年10月に大筋合意にいたりました。合意内容への評価を伺う前にTPPとは12か国が何をめざすものなのかお聞かせください。
TPPには基本原則が4つありますね。自由、民主主義と基本的人権を尊重し、法の支配が確立されているということを共通の認識として貿易と投資を拡大をしようということです。
世界の潮流として私は経済連携は避けて通れないと思っています。日本が経済連携しなくてもほかの国がやります。いちばん典型的な例がEUですね。その後、中国が主導したアジアインフラ投資銀行(AIIB)ができてきた。やはり誰も経済連携を進めていこうということです。
ただ、交渉を今になって振り返るとよくまとまったと思います。途中、これは妥結を断念するのではないかと思ったことが何度もありました。最終局面になったらよく見えましたが、何度もこれは断念する可能性もあるぞと思いましたから、よくここまでこぎ着けたと思っています。
――日本としては経済連携にどう臨むべきでしょうか。
経済連携といっても、その怖いところは、安いものを作れる国は高いものしか作れない国に必ず売り込みにかかるということです。品質が同じであれば安いものの輸入がその国で拡大していく。 そうすると日本の農林水産業は人件費が高いですし、設備費も高い。土地の制限もあります。一方で東南アジア諸国は日本より人件費が安い、アメリカ、豪州、カナダは土地が広いということです。結局、日本は安全で味で負けないものを作らなければ、安いものを作る国が必ず日本に輸出攻勢をかけてきます。さて、それを守れるか、ということがいちばん問題になります。
安全性は日本は優れている、味も大丈夫だということになると、では、生産費を下げられるかという問題が必ずついて回りますね。
◆生産性高め輸出を中国、欧米視野に
今度のTPP関連対策でも不安の解消が第一だけれどもその次は生産性を上げていく。さらに市場を拡大して6次産業化とともに諸外国に輸出していく。これがひとつのの大きなやり方だと思うんですね。
香港は人口700万人、シンガポールは550万人程度ですが、そこに日本の農産物がみんなで集中して輸出していったら足下を見られます。だから人口3億2000万人を超えたといわれるアメリカを視野に売っていかなければ農産物の貿易拡大は私は難しいと思います。
それから貿易の拡大で重要なもう一点は、TPPに加盟していませんが中国の人口13億人の問題です。
今、中国は日本の47都道府県のうち、37道府県の農産物については福島原発事故の影響はないとしていますが、その安全に対する証明書の様式を決めていない。私はそれを何度もお願いして、たとえば唐家旋中日友好協会の会長などに対しても話しています。それで一回話が動き出して、農水省の局長とも協議はしましたが、やはりそれ以上進まない。だから私はわれわれ政治家も動くから全農などにも動いてもらって何としても37道府県の農産物は中国に輸出できるようにしなければならないと、今日も指示をしたところです。
さらに残された10都県についても安全証明様式の協議さえ済めば、もう原発事故の影響はないということは分かっているわけですから輸出に向けて進めることができる。私は今、この問題にも全力を挙げて取り組むべきだと思っています。事務次官レベルの定期協議も今は止まっていますが、これも何とか軌道に乗せたい。それによって13億人の市場に入っていく。
一方、中国は日本への輸出余力があるかといえば、私はないと思います。中国の豚肉輸入は10年間で2.3倍になっています。消費量が多いのは豚肉、鶏肉、牛肉の順ですが経済成長で日本に輸出するよりも自国民の食生活を向上させたいということです。もう日本としては、買うよりも売る日中関係としての農業、食産業になると私は思います。そういう意味で中国の問題にも取り組みたいし、アメリカへの輸出にも力を入れたい。そしてやがてはEUへの輸出をどうするかという課題もあるということです。
◆輸出促進の対策に原料原産地表示も
――輸出促進対策はTPP対策に限らず日本農業の成長のための全体の対策として位置づけていくということですか。
そうです。それからTPP合意のなかでは、食品の安全基準については厳しくやろうということになっていまして法案としても出てきます。
そのなかに原料原産地表示の問題も出てきますね。原産地を表示すれば原材料が日本産だということが分かる。しかし、なかなか難しいと思うのは、現実に日本の企業には豪州で牛肉を生産しているところもあります。ベトナムで米を作っている企業もありますね。日本の豚カツもかなりは米国産、メキシコ産ということですから、そういう食産業への影響も出ます。そこを考えながらですが、できる限り原産地表示はやりたいと思っています。
◆関税品目の19%守る参加国の中で突出
――TPP合意内容のうち、農林水産物の関税撤廃率は81.0%ということです。ただ、重要5品目でも29.7%は関税が撤廃されるということになりました。この合意内容についての評価をお聞かせください。
重要5品目は586タリフラインあります。そのうち一度も輸入したことがないものが234あります。一度も輸入したことがないのにそのタリフラインを守るということになったとき、自由化率の問題が出てきます。
他の国は100%近く自由化しているわけで、日本もある程度開放しなればならない。そのときに本当に586全部を守ってしまったら、北海道の雑豆は守らなくていいのかという話が出ますね。それから南洋から来る合板に対してもある程度は関税を残しておかなければならない。カナダから輸入される針葉樹の問題もあるし、水産物もすぐには全部は譲れない。
そういうことを総合的に判断した結果、443残ったわけです。だから重要品目で今まで一度も輸入したことがない品目が234あり、そのなかでもいくつかは守っていますが、雑豆や合板、一部の水産物を守るために、その一部は関税撤廃したということです。
結果として農林水産物の総タリフライン数2328のうち443守ったということは81%開放し19%守ったということです。他の国の自由化率をみれば、日本がいかに突出して守り抜いたかということはぜひ理解してほしいところです。
◆米の枠は民間貿易輸入増には備蓄で
――それではおもな品目の合意内容についての評価を順にお聞かせください。
合意内容でとくに理解しておいてもらいたいのは米です。77万tのミニマムアクセス米があるのになぜまた輸入するのかという話があります。
最終的には13年目以降には米国枠と豪州枠で7万8400t輸入されるということになっています。アメリカの主張はあくまで主食用で輸入してくれということです。豪州については日豪EPA交渉で米はダメだと私も断って、当時のロブ貿易相もあきらめたんです。それがなぜTPP交渉では最後に米国枠の12%分(米国枠7万t×0.12=豪州枠8400t)が付いてきたのかなと思いますが、そこはアメリカとの勢力関係があったんでしょう。ただし、これはSBS、売買同時契約ですから買う人がいなければ売る人は売れないということです。だから、日本としてはSBS方式ですからそうは輸入されないと見ています。
アメリカはこれからSBSでも日本に輸出したいと言ってくるでしょうが、買う方の判断ですから売るほうがいくら言っても買う側が買わなければどうしようもありません。万が一、それでも輸入が増えてしまうことになれば、日本はその分の国産米を全量備蓄用として買い上げるということは閣議でも決定しています。だから米の生産については影響がないということです。
◆納得できる米価格生産調整が決め手
もっとも大事なことは米の価格だと思います。ただ、どんなに補助金を出しても米の価格は維持できません。
米の価格が上がることについて納税者がどう言うかという問題はありますが、今の米の価格は労働賃金からしても日本の国のなかでは安すぎます。農家一人あたりの時給は300数10円だと思います。日本の最低賃金は780円ですし、建設業は1000数百円ですね。それからすればもう少し賃金を上げていいと思います。外国との競争力はなくなりますが、そこは納税者も理解してくれると思います。
その米価を決める要因は何かといえば、生産調整に尽きます。米価は民間在庫量が多いか少ないかで決まるからです。今は民間在庫量は207万tですが、一昨年米価が暴落したときには230万tでした。これをわれわれは180万tにもっていこうとしています。そのためには飼料用米しかありませんが、将来はトウモロコシも小麦も視野に入れて政策的支援をしていったほうがいいと思います。
米の民間在庫量を180万tに持っていったら農家が評価する米価になると思います。今は47万t程度しか飼料用米を作っていませんが、110万tまで拡大しようということは基本計画で約束していますから、そこまでがんばろうということであれば米の民間在庫量は減っていく。そういうことから米には大きな影響がないということです。
(注)ラチェット条項=緩和された規制を再度、厳しくすることはできないなど、一方向にのみ働くルール。
「安全・高品質の農産物で活路 TPPをバネに
インタビュー 自民党農林水産戦略調査会長 西川 公也 氏(2)」に続く。
(写真)衆議院議員会館で
(にしかわ・こうや)昭和17年生まれ。栃木県出身。40年東京農工大農学部卒、42年同大大学院修了後、栃木県庁職員。54年栃木県議会議員。平成8年衆議院議員当選。当選6回。25年2月自民党TPP対策委員長。26年9月第2次安倍改造内閣で農相に就任。27年5月自民党農林水産戦略調査会長。
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