農政:TPPを考える
安全・高品質の農産物で活路 TPPをバネに インタビュー 自民党農林水産戦略調査会長 西川 公也 氏(2)2016年2月3日
自民党TPP対策委員長と農相を経験した西川公也自民党農林水産戦略調査会長へのインタビュー。合意内容を正確に理解してほしいと話し、農家所得が増える対策に全力で取り組むと強調した。また、JAグループも販売努力がいっそう重要になると話した。(同インタビュー記事の前半については文末にリンクを掲載しています)
--牛肉・豚肉の交渉結果は厳しいとの受け止めがありますが。
牛肉については38.5%の関税を協定発効時に27.5%に削減し、16年目に9%まで削減します。これはどうなのかという声もあります。協定発効までにおそらく2年数か月ありますから、それまでに競争力をしっかり持つ。それから世界の食料事情を考えると、2000年に61億人だった世界人口が2050年に93億人と1.5倍になるということをいつも言っています。1.5倍生産できる農地はありませんし、1.5倍生産できる肥料や作物の種はありません。こういうことを考えると食料安全保障ということが現実味を帯びてくるのはこれからだと思います。そういう意味で2050年を見据えてやっていくことが大事だと思います。
日豪EPA交渉で私は豪州の牛肉団体にこう言われました。「冷凍肉も冷蔵肉も関税をどーんと半分にしてくれ」、こっちは、それはダメ、日本は冷凍と冷蔵は全然違うという話をしていましたが、そのとき、豪州はわれわれは中国に売っていますから、そのうち日本に回す牛肉がなくなるかもしれません、と言った。それはそれで結構だ、こっちはこっちで努力するからと私は言いましたが、やはり世界的な見方からすれば、あと20年も経てば私は牛肉不足が起きると思います。そういう意味からもしっかり対応していきたいと思います。
豚肉は524円/kgの分岐点価格を維持しました。これより高い豚肉には従価税4.3%をかけていますが、発効時にこれを2.2%に下げます。4.3%というのは22円53銭です。一方、分岐点価格以下の安い豚肉には従量税をかけており、最大482円/kgを発効時に125円/kgに引き下げます。
現在でも安い豚肉と高い豚肉を組み合わせて課税額ベースでもっとも安い輸入価格524円/kgになるように輸入していると思いますが、その実態はTPP協定発効後も変わらないと思います。そして発効から10年後には従価税は撤廃し、最終的には従量税50円/kgが残るわけです。先ほども言ったように今、高い豚肉にかけている従価税分岐点価格の4.3%は22円53銭ですから、この倍の関税が残れば私は国内の養豚はやり抜けるとみています。
関税の問題よりも、収入減少影響緩和対策をしっかりやっておくことのほうが安心につながると思います。だから今度、マルキン対策も思い切って法制化することにしたということです。ただ、これは発動されないほうがいいわけです。
◆「守り抜いた5品目」日本の"作戦勝ち"
それから、砂糖・甘味資源については加糖調製品の輸入が増えます。そこで加糖調製品を新たに糖価調製法に基づく調整金の対象に追加することにしました。これが100億円弱になると思いますが、これをどう使うか、私は生産性の向上に使いたいと思っています。糖価調製法に加糖調製品を加えたことは画期的な砂糖対策になったと思っています。
乳製品は加工原料乳の生産者補給金には、今まで生クリームなどの液状乳製品は対象ではありませんでしたが、28年から追加することにしました。問題はTPP枠の脱脂粉乳とバターの生乳換算7万tの輸入ですが、これは今でも不足分を追加輸入している量の範囲内ですから、現状の輸入にくらべて影響が出るような数字ではないわけです。
ニュージーランドは最後まで滅茶苦茶な数字を要求していました。アメリカの自動車関税を下げてこい、下げてきたらまた相談に乗ってもいいというようなことをやっていました。そんなニュージーランドの話にアメリカが乗るわけがない。私どもの作戦勝ちです。
重要5品目はこういうことで守り抜いたと思っています。
◆減少試算の生産額「対策」でプラスも
生産額の減少を1300億円から2100億円と政府は試算していますが、農業を成長させて輸出を増やし生産費を下げればプラスに転じることができると思います。
今、国が全国ベースとしてこの影響試算の数字を出しましたが、各県が数字を出せるように農水省に指示を出しました。
関税が減る分の半分の影響が出るはずです。経済成長もしていますから関税で下がってもそうもろに影響は出ないとみています。
――この試算はマルキンの法制化や、加工原料乳の生産者補給金の対象を拡大するといったTPP対策の強化を盛り込んだものとして試算されているのでしょうか。
まだ、それは考えずにやっているはずですから、プラス効果はこれから出てくるはずです。
◆決着内容に理解をTPP対策に全力
――TPP対策の全体像はどうなっているのかについてお聞かせください。
それは3本柱で行きたいと思っています。
ひとつは農林水産物の輸出対策です。そのときには食品産業や加工品それらを含めて、どういう輸出に持っていくか、農家が好影響を受けるためにはそうやったほうがいい。私はできれば野菜工場や冷蔵施設、こんなものも含めて農産物だけではなくて周辺産業にもバリューチェーンをつくるための輸出拡大に協力してもらいたいと思っています。
2番目は農業後継者等の人材育成をやらなければいけないということです。ここは農協にもがんばってもらいたいです。党が行政に言うだけではなくて農協本来の仕事である人材育成に努力してほしいと思います。
3番目は結局、生産費を下げていくことが競争力を増しますから、農業資材を安くする方法があるかどうかを含めて考えていきたい。
とにかく私の狙いは農家所得が増えるのであれば何でもやります、ということです。
――この秋に向けての議論の方針がこの3つの柱だということですか。
そうです。
――JAグループに対してはどんなことを期待しますか。
TPPについてはわれわれも不安解消に向けて正しい情報を流します。決着の状況をぜひ正しく理解してほしいと思います。
最初は関税が全部撤廃され対策は何もやらないという前提での試算では農林水産物の生産額は約3兆円減少するということでしたが、それがまだ一人歩きしています。しかし、今回の合意内容をもとに個別品目で試算すればそんな影響はありませんし、これからの努力で需要拡大をやり生産費を下げられれば、生産減少額の1300億円から2100億円という試算は軽く乗り超えていくと思います。
それで農業所得がこんなに低くなって8.5兆円になってしまった。周辺産業は8.7兆円です。周辺産業になぜ農業は出ていかなかったか。だからやはり農業は周辺産業に出ていくということだと思います。
農協がむしろ周辺産業に出資したほうがいい。周辺産業に出資させろと言わせないで農協が出資する。儲かればいいわけですから。その代わり儲けたら農家に還元する。私はそれに尽きると思います。
それから農業の一番弱点だったのは売る努力をしていないということです。巨大な日本の農協が売る努力の競争をしてほしい。日本の自動車産業がなぜ世界に冠たる産業になったかといえば作るものもよかったけれども、結局、売る努力をものすごくやったわけです。日本のこの優秀な農産物が売れないわけがない。
そして米の問題も決して日本の米は高くない。シンガポールでいちばん高い米は60kg9万6000円ですから。通常でも3万5000円ぐらいです。昨年7月にTPP閣僚会合が開かれたハワイでも高かったですし、ヨーロッパでは日本の米はだいたい60kg6万円です。
◆JAは売る努力も利益は農家還元で
だからなぜわれわれは売る努力に目をつけなかったかということです。私は常に反省しています。競争して売りましょう。正しい評価をもらうことです。それから国内では最低賃金とくらべて低すぎることも理解してもらわなければなりません。
農協には配当を出してもらわなければなりません。利用高配当を増やしてほしい。今回の農協法改正で第8条を変えて農協をいじめたなどという人がいましたが、農協法8条は「組合はその行う事業によってその組合員および会員のために最大限の奉仕をすることを目的とし、営利を目的としてその事業を行ってはならない」となっていたわけですね。私はこれが農協は儲けてはいけないという思想に全部つながってしまったと思います。だから、どんどん稼いで組合員に還元してくれということにした。それが農協法改正の大宗なんです。われわれ農林分野をやっていて農協いじめをするという発想があるはずがない。いかに農協に儲けてもらうか、しかし、儲けたら必ず農家に還元をしてもらう、これ以外に農政は語ることはありません。
――ありがとうございました。
(写真)衆議院議員会館で
(にしかわ・こうや)昭和17年生まれ。栃木県出身。40年東京農工大農学部卒、42年同大大学院修了後、栃木県庁職員。54年栃木県議会議員。平成8年衆議院議員当選。当選6回。25年2月自民党TPP対策委員長。26年9月第2次安倍改造内閣で農相に就任。27年5月自民党農林水産戦略調査会長。
「安全・高品質の農産物で活路 TPPをバネに
インタビュー 自民党農林水産戦略調査会長 西川 公也 氏(1)」はこちらから。
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