農政:どうするこの国のかたち
参院選 本当の争点と「新しい判断」 (岡山大学大学院教授 小松 泰信氏)2016年7月1日
1強多弱の政治解消し「農ある世界」の未来創造
7月10日の投開票にむけ、参議選の選挙戦が本番に入った。憲法改正やTPP(環太平洋連携協定)締結など、国の将来を左右する選挙となっているが、いま政府が進めている農業・農協改革もまた、日本の国のあり様に影響する重要な課題である。岡山大学の小松泰信教授に安倍政権の狙いと、今回の参院選の重要性について報告してもらう。
◆重い1人区の投票 農業への影響必至
特定秘密保護法からはじまり、憲法違反の疑いすらある解釈改憲による安全保障関連法の強行成立等々に対する「アベ政治を許さない」という市民や若者の声に応えて、民進、共産、社民、生活の野党四党は、選挙の勝敗を大きく左右する32の「1人区」すべてで候補者を一本化した。この1人区は農村地域の多くをカバーしているため、ここでの投票行動は選挙戦の勝敗の行方を左右するとともに、政権の農政改革や農協改革、TPPの承認の是非を問うことなど、今後の農政に多大な影響を及ぼすことになる。
主要9党に対して日本農業新聞が行ったアンケート調査によれば、TPPの国会承認への賛否について、自民、公明、おおさか維新、にほんの心、新党改革の5党が賛成を、民進、共産、社民、生活の野党4党が反対を表明した(6月22日)。JAグループはTPPに反対の姿勢を堅持するとともに、強いられた農協改革には憤っている。だとすれば、1人区ではTPPに反対する一本化された野党が有利な流れになる、というのが世の中の常識的な見方であろう。
しかし、世間の常識が通じないのがJAの世界のようである。JAの政治組織である全国農政連は現時点で、20超の1人区において推薦候補者を決定した。全員が自民党で野党は誰も推薦されていない。JAの常識は世間の非常識との謗(そし)りを免れない行動である。
◆姑息な手段見極め 見識のある地域も
本紙電子版(5月23日)の「正義派の農政論」において森島賢氏は、TPPの国会批准阻止、安保法案の廃棄、来年4月消費増税反対、原発問題、沖縄問題等々をとらえ、国民の広い支持を得れば、野党の圧勝は十分に可能だろうとし、農村部に多い1人区ではTPP批准阻止の声を、都市部に多い複数区では安保法廃止などの声を響かせて野党を圧勝させ、1強多弱による澱んだ日本の政治を活性化させよう、と檄を飛ばしている。
しかし全国農政連の推薦行動は森島氏をはじめ農業協同組合の存在意義を認め、その地域における諸活動に多くの期待を寄せるものたちの願いを裏切るものである。
もちろん、見識も気骨も備えた地域やJAも存在している。特に東北地方ではその傾向が強く、福島県を除く5県では自民党候補を推薦せず、自主投票を決定している。
讀賣新聞(6月10日)によれば、自主投票となった山形選挙区の自民党候補者(JA全農山形副本部長経験者)は、「TPPに反対、反対といっても解決できない。一番よいのは国会議員になることだ」と訴えている。ついミイラになったミイラ取りの話を思い出してしまった。
このような逆風を感じてか、自民党初の東北限定公約が作成された。原発汚染水対策や指定廃棄物の処理に全力を尽くすことや、コメ、リンゴ、サクランボなどのブランド化と輸出促進などが盛り込まれているとのこと。毎日新聞(6月18日)によれば、姑息な手段と見抜かれたのか、遊説に訪れた小泉進次郞氏が庄内地区5農協の組合長に意見交換を呼びかけたが誰も応じず、「現場を知らない人とは話せない」と素っ気ない対応だったそうだ。あっぱれ!。
◆自給率目標どこへ 増える"食料弱者"
さて、日本農業新聞(6月20日)は、農水省の統計からこの3年半の「安倍農政」を次のように検証している。
「攻めの農業」のかけ声の下、輸出額や法人経営は増えたが農業総産出額や農家の所得は増えていない。また生産基盤の弱体化も止められていない。最も伸びているのが、首相御執心の農林水産物・食品の輸出である。政権交代前の2012年で4497億円だったものが、15年に65.7%増の7451億円となった。この勢いで19年に輸出額1兆円とする新たな目標が明示されている。ただしこれは眉唾もので、食肉や生鮮農産物に限れば15年の輸出額は383億円で、農家所得増には必ずしも結びついていない。他方、表舞台からひっそりと姿を消した感のある食料自給率(供給熱量ベース)は39%のままで増減なく、現状維持が精いっぱい、とのことである。
しかし食料自給率は、食料安全保障上極めて重要な問題を突きつけ続けている。
例えば、2014年度の国民1人・1日当たり総供給熱量は2415kcal、その39%は942kcalである。ところが、基礎代謝、すなわち生きていくために必要な最小のエネルギー代謝量は、一般成人女性で約1200kcal、男性で約1500kcal。ちなみに、4歳前後の男子の基礎代謝が920kcalである。悲しいかな、わが国の食料自給率では基礎代謝すらまかなえておらず、政府の責任は極めて重いといわざるを得ない。
さらに、フードバンク、フードドライブ、子ども食堂などのボランティア的な取り組みが全国各地で起こっている。このことは貧しい食生活を強いられている〝食料弱者〟が増加していることを反映したものである。
基礎代謝すらまかなえない食料自給率と、増加する食料弱者。この状況を少しでもキャッチできるアンテナがあれば、一億総活躍社会などとは軽々に言えないはず。この問題に目をむけず、強い農業、農業の成長産業化、輸出拡大というかけ声をかけても、誰の腑にも落ちない。まさに噴飯物の目眩まし戦略である。
◆舞台裏で準備進む 農業・農協大改革
ところが残念なことに、農業問題や農協問題は選挙の争点としての表舞台には上がってきていない。しかし、舞台裏では選挙後の農業・農協大改革に向けた準備が着々と進められている。そのことを教えてくれているのが、異例ずくめの官邸主導による農水省事務次官人事である。全中の一般社団法人化による骨抜き弱体化や、協同組合の理念を踏みにじる農協法改定、それによって国内外資本の垂涎の的である農業・農村・農協市場の開放への道筋を付けたことが評価され、念願の椅子を手に入れたようだ。恐らくその期待に応えるべく、今まで以上の辣腕を振るうことは必至である。
◆本当の争点は何か 政治姿勢や手法に
このようなポストでつって、官僚を意のままに動かそうとする官邸主導の政治手法に愛想尽かしてバッジをはずしたのが、脇雅史氏(前自民参院幹事長)である。氏は、日本経済新聞(6月12日)で「言論空間としては死んでいる。力の前では弱い。選挙で公認しないぞ、と言われたくない。閣僚や役員にしないと言われるのが嫌だということなんだろう。スケールが小さい話だ。それだと権力者の言いなりになる」と、予想通りの党内安倍一強体制を批判している。
この強さがどこから来ているのか。この疑問に対して、「今回の事件(米軍属による女性暴行殺害事件)を受けて安倍晋三首相と話をしたが、日本政府から気概を感じない。沖縄は米施政権下にあったが、今は国が丸ごと米国の施政権下にあるのではないかという寂しさや悲しさを感じる」との、翁長沖縄県知事の言葉がヒントをくれている(東京新聞6月18日)。
米国の後ろ盾に寄りかかり、官僚人事に介入し、真の当事者を排除し、官邸におもねるド素人たちの放談審議で答申させ、公約が果たせぬ時は詫びることもなく、「新しい判断」という言い逃れをするような、国民を愚弄する不誠実な現政権は支持しがたき存在である。
憲法改正、アベノミクス、TPP、原発復興、沖縄基地、格差社会など多くの争点があげられてはいるが、本質的争点は、このような政治姿勢や手法の是非を問うところにこそある。
日本農業新聞が農業者を中心としたモニター1200人を対象に6月上旬に実施し、733人から回答を得た参院選に関する意識調査結果では、支持する政党は、自民党が43.1%、支持する政党はないが30.0%、民進党が13.4%である。選挙区、比例区での投票予定政党に関する問でも同じ傾向である。
ところが、TPPに対する説明に関しては73.5%が「説明が不十分で納得できない」としている。安倍内閣の農業政策を評価するが25.3%、評価しないが65.8%。そして安倍内閣の支持率37.8%、不支持率が59.1%。これらから現政権を支持する理由は見当たらない。
◆政党と政策ねじれ 真の受け皿が必要
にもかかわらず、投票すれども評価せず。まさに受け皿政党の欠如による、ねじれ現象である。しかし、受け皿政党の欠如を嘆くだけで、従来通りの投票行動をしても負のスパイラルから逃れることはできない。
TPPや農政を評価せず、内閣不支持であるならば、駄目なものは駄目という毅然とした姿勢で臨むべきである。
このような姿勢が、農業者や農協関係者に対する世の信頼を集めるとともに、与党、野党を問わず、真の受け皿作りの契機となるはずである。
農業、農協関係者の決して言い逃れの言葉ではない、熟慮にもとづいた「新しい判断」、その一票こそが、「農ある世界」の未来を創ることを信じて。
(写真)農業者の65.8%が評価しない安倍内閣の農業政策
(関連記事)
・【緊急対談:どうする農協改革(上)】危機感持ち真の改革を (16.06.17)
・【緊急対談:どうする農協改革(下)】危機感持ち真の改革を (16.06.17)
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