農政:どうするのか この国のかたち―食料・農業・農村を考える
【インタビュー・立憲民主党代表 枝野幸男衆議院議員】食料・国土守る農業 経済政策とは分離を2018年1月16日
野党第一党の立憲民主党・枝野幸男代表に、国際的緊張の高まりや気候変動のなかでの日本の食料・農業のあり方を聞いた。同代表は、農業の多面的機能と経済政策を切り離し、農業を国の安全保障、国土保全のための産業として位置づけるべきだと指摘した。(聞き手は谷口信和・東京農業大学教授)
(写真)立憲民主党代表 枝野幸男衆議院議員(右)と聞き手の谷口信和・東京農業大学教授
谷口 安全保障や自衛権が改憲論議で問題になっていますが、安全保障には国民の食料の確保の問題も入ります。それに関して、スイスは食料の安全保障を憲法で明記しました。これをどのように見ていますか。
枝野 スイスの取り組みはいいことだと思いますが、重要なのは、そのための財源の裏付けと具体的施策があるかどうかであって、憲法に書いたから食料自給率が上がるというものではありません。具体的な政策、方針を法律に示すことが重要だと考えます。
スイスと日本では憲法の位置づけが違うと思います。ただ現実に、日本の食料自給率は低迷しています。これは食料安全保障、農村・自然環境を守るということが、日本の農業政策のなかで十分に位置づけられていないからだと思います。
谷口 旧西ドイツで連邦と州の共同任務を定めた1969年の法律は農業構造改善と護岸改善について規定しており、海岸の浸食を防ぐことも国境を守ることと同義に捉えられていました。日本では農村・自然環境を守ることが国土を守ることになるのだという視点がまだ十分ではないように思いますが。
◆多面的機能を明確に
枝野 それは重要な視点です。日本の食料自給率は今後もさらに厳しくなるでしょう。農業、農村をどう維持するかについて考えるとき、国土政策と経済政策を切り離して考えるべきです。
農業は食料の安全保障であったり、地域政策、自然環境の保全であったりと、多面的な機能を持っていますが、自公政権では経済政策のみが取り上げられています。国は、国際競争に耐えられる強い農業を目指すといっていますが、それは日本の農業全体のなかで、どれだけの地域で可能なのでしょうか。できるところはそれでもいいでしょうが、それ以外のところの農業はどうするのか。そのような地域の役割をしっかりと位置づける必要があります。
谷口 その場合、農業の機能のどこに的を絞ったらいいのでしょうか。
枝野 農業には食料自給、農村・自然環境の保全など、お金に換算できない部分が多くあります。民主党政権の時代、この部分を支えるために戸別所得補償制度を設けました。それを安定・拡大することが社会全体の下支えとなり、結果的に食料自給率の向上、農村システム・自然環境の維持ができると考えました。
◇ ◇
谷口 当時の民主党政権では農業の6次産業化と戸別所得補償の2つが農業政策の大きな柱でした。6次産業化はある程度結実しましたが、戸別所得補償政策は政権交代とともに少しずつ解消されてきました。もし今日まで継続していたら、いまの農業はかなり違ったものになっていたと思いますが。
枝野 戸別所得補償に対して、当時の野党自民党がなぜ反対するのかが理解できませんでした。しかし今日からみると、その理由の一つは自民党が都市型政党になったということです。消費者側というよりも第2次、第3次産業の政党という意味での都市型政党に変わったのだと思います。
谷口 戸別所得補償政策に賛成しなかった自民党は政権復帰後、その痕跡さえなくしました。
◆地方の声をきちんと
枝野 前政権政策の痕跡を消すというのは政治的には分かりますが、その後の自民党の政策は農業を経済的にしか見ず、多面的機能が大事だという農業者の思いが届きません。今日、地方選出の自民党国会議員も東京で育った2世、3世議員の場合は、農村の実態が分からなくなっているのではないでしょうか。
民主党は、1996年の発足当時は都市を基盤とした政党といわれてきましたが、短期間に多くの支持者が得られるから、都市対応を先行させたのであって、もともとそうした意識は持っていません。
むしろ自民党が切り捨てている地方の声をきちんと受け止める必要があると思っています。そうしないと日本が成り立たず、また都市住民にとっても、たしかに消費者としては安い農産物がほしいかも知れませんが、生活用水を供給する水源や森林、水害を防ぐ水田の保水力などを維持・確保する点で、大きなマイナスの影響があります。こうしたことは理解されつつありますが、まだ十分とは言えません。
谷口 安倍政権は強い農業を確立すると自給率がアップするといっていますが、これをどうみますか。
枝野 農業も輸出で稼ぐというのは分かります。しかしそれだけでいいのか。日本の農業は品質や安全性などの点で、輸出に関しては相対的な優位性はありますが、それは一部です。金銭的には稼げても、カロリーベースで国民の食料を守れるのか。国内で食えるベースがあってこそ、始めて輸出拡大をいうことができるのではないでしょうか。
多面的機能と経済性は両立しないと思います。こうした視点を前提に、農業政策は経済政策と食料政策を分ける必要があります。世界で競争できる農業は経済産業省で、そしてそれとは全く別の発想で食料・農業・農村政策を考えるということです。
◇ ◇
谷口 グローバル化のなかで、トランプ政権やEUにおけるイギリスのブレグジットなどの動きが出ています。国民経済、あるいは国民国家としてまとまることはどういう意味があるのかを改めて考え直す必要があると思いますが。
◆国産品のよさ認識を
枝野 グローバル化や国際的な経済連携の必要性は認めますが、それへの一辺倒は限界です。主権国家単位で完結することも大切です。一番強いアメリカでのトランプ大統領の登場はいい例です。問題は自由貿易を前提に、どこまで主権を主張できるかにあります。
日本の農業の強みは、農産物の安全性、先進国におけるカロリー過多のなかでもヘルシーだということ、そして生産の安定性、高い加工・流通技術などです。中国では安全性で日本の食品企業は高いブランド力があります。しかし、それを日本人が知らないので、広がらないという実態があるのではないでしょうか。
その意味で、農業政策の明確な位置づけが必要です。食の量と質の確保はビジネスとは違います。特に農水省は、安全な食料を供給することをミッション(使命)として取り組む必要があると思います。
◇ ◇
谷口 中国の大気汚染が深刻で、PM2.5の日本への影響も大きな問題となっています。さらに地球温暖化、気候変動は食料への影響を含めて大きな問題ではないでしょうか。
枝野 これまである地域で生産できたものが生産できなくなるのも深刻ですが、世界全体の食料供給に深刻な影響が出たら、それこそ取り返しがつかなくなることを認識すべきです。
谷口 その点で、経済効率を優先して1種類のものを大量に生産するということを反省する時期に入っています。バラエティに富んでいることでむしろ安定が得られるものです。人も社会も植物もそうだと思います。
枝野 大きな意味で地球が壊れているのではないでしょうか。100年、200年先のことではなく、すぐそこまできているのです。もっと多くの実例を示してアピールしなければならないと思います。
谷口 そのための世論を喚起するにはどうすべきでしょうか。具体的な働きかけを始めないと間に合わないのでは。
枝野 その通りですが、実際の解決策はグローバルでないと効果が期待できないので、何をしていいか分からないのが実態ではないでしょうか。各地で、農作物が最近作れなくなったり、これまでにない被害がでたりする影響が身の周りで起きていますが、それは第1次産業の人が特に感じているはずです。こうした事例を関連づけてつなげると、世論として広がると思います。農水省や環境省はこうしたデータをもっと発信していただきたい。
◆原発廃止へ工程示す
谷口 気候変動はエネルギー問題にもつながります。原発問題は避けて通れないと思います。
枝野 福島県で、いま農地がどうなっているかを考えると、農業と原発は両立しません。原発は一度事故が起こるとコントロールできず、処理できない核燃料も溜まっています。
しかし、地域の経済や生活上の問題もあって、急に止めるわけにもいきません。要は段取りの問題です。いつまでに廃止するという期限を切るよりも、やらなければならないこと、やるべきことをリストアップして、実施の工程表を示すことです。その方がリアリティがあります。リストアップと工程表の作成を今年中に示したいと考えています。
谷口 原発問題は理念と現実の狭間で難しい問題がありますが、それを正面から受け止めて考えなければならないと思います。抵抗があるのでしょうか。
枝野 なんとかしなければというムードはあるのですが、残念ながらメインイシュー(中心課題)になるかどうか。ただやるべきだとの声は高まっています。政治の側の持って行き方次第だと思います。
◇ ◇
谷口 この2年くらい、最初に結論ありきの規制改革推進会議の嵐が吹き荒れています。今の政権の政策の決め方は全体的にそうなっているようです。どうしたらいいのでしょうか。
◆政策チェック厳しく
枝野 一つひとつの問題について、おかしいと思ったらそのつど声を上げることです。規制改革推進会議の言うことは何でも「善」と受け止められてきたきらいがあります。本当に経済効率100%が正しいのか、根本から問い直さなければなりません。
谷口 そのところを、野党第一党の立憲民主党に期待します。本日はありがとうございました。
インタビューを終えて
全くメモがない状態での回答をよどみなく続けられる弁舌力に感服した。辣腕弁護士の経歴が光っている。▼なるほどと思ったのは、東京育ちで農村の実態を知らない地方選出の2世、3世議員が自民党に増えた結果、自民党が都市型政党に変わったという指摘だ。▼そう考えると、農業や農協、地方を切り捨てるかのような規制改革推進会議の議論に自民党が流される傾向が強まっていることが理解しやすい。▼経済政策とは切り離された食料・農業・農村政策を考えるべきだという氏の主張が、経済政策と地域政策を両輪とする農業政策という考え方とどのように違うのかを突っ込んで聞きたくなった。(谷口信和)
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