農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
わが家の自給、地域の自給、そして国の自給へ ~JAは地域社会の守護神~2【星 寛治(高畠町)】2018年10月3日
◆戦後も苛酷な食糧難が続く
1945年(昭20)ぼう大な人命と財産を破壊した太平洋戦争が終った。私が小4の夏である。人々は、焼野原の瓦礫に佇み、愚かな戦争の不条理を悲しみ、しかしそれでもたくましく生きようとした。彼方には緑なす山脈と、足元には踏みしめる大地があった。
庭先の一隅も、いのちの糧を求めて耕し、作物を育てた。復員した兵士も、野良着に替えて、開墾の唐鍬を振るい、食料増産に励んだ。農地解放で自作農になった農家は、家族や地域住民、そして国民の生命線を支える誇りと喜びを体感した。
けれど、未だ大都市では、多くの戦災孤児が浮浪児となって、駅の構内で眠り、靴磨きをやって命をつないでいた。栄養失調と不衛生で衰弱し、亡くなる子も後を絶たなかったという。おにぎり一個で救える生命を見過した国や自治体の、施策の不全を思わずにおれない。一方農村では、山野草や木の実を採れば、さすがに餓死する子はなかったが、小6や中学生になっても、弁当を持てない級友が何人もいた。お昼の時間になると、そっと外に出ていく子が哀れだった。
◆増産を促す価格保障
戦中、戦後と続く食料不足を打開すべく、国は食管制度に基く主食の価格保障を行った。また生産面では、耐冷、多収の稲の育種や、普及所や農協の推進体制、民間の指導者の貢献も相まって、農家の増産意欲は大いに高まった。そして、50年代後半に、悲願であった米の100%国内自給を達成した。
1960年、池田内閣が国民所得倍増計画を打ち出し、高度経済成長の幕を開いた。翌61年、農業基本法が制定され、構造改善事業を梃子に農業農村の近代化がうなりを上げて推進された。いわば農村革命の展開である。選択的拡大の分野として、畜産、果樹と共に稲作も主産地形成の柱となった。米は、生産費所得補償方式を追い風に、史上最高の豊作をかちとった。但し、かつての自給向上の目当てとは違い、農家は所得向上のために力を注いだわけである。その結果、古米在庫が大きくふくらんだ。政府は、食管会計の赤字を減らすべく、苦肉の策の減反(生産調整)に踏み切った。農民にとって、まさに青天の霹靂(へきれき)である。その年、農高出の就農者が半減した。
一方で、近代化の影の部分が顕在化し、健康と環境へのダメージが深刻の度を加えていた。「沈黙の春」が列島を被ったのである。身近にいのちの危機を体感した若者たちが、近代化を超えるもう一つの道を模索し始めた。一樂照雄氏に啓発された高畠の若い農民が、38名集って、73年、有機農業研究会を立ち上げ、手探りの実践に踏み込んだ。その草創期の苦境を、当時の高畠町農協(遠藤保組合長)は、事務局を内部に置き、物心両面で支えてくれた。遡れば、ゆうきの里の源流は、農協人の洞察力と情熱にあった。
有機農研は、運動の柱に安全、土づくり、自給、環境、自立を据えた。とりわけ自給実現のモデルになったのは、秋田県にかほ農協の取り組みである。出稼ぎと兼業化で放置されていた裏の畑を甦えらせ、自前の食卓をつくるその営みに共鳴した。いわば、百姓の基本に立帰る筋道である。
◆背筋の寒い国内自給38%の現状
ところで国のレベルでは、先に策定した食料、農業、農村基本計画の目標値45%に近づくどころか、2年続けて38%に低迷している。この状況に、関係機関の危機感はほとんど感じられない。足らなければ輸入すれば良いという認識なのだろうか。気象異変と大災害、局地的な紛争がひん発する世界の現状にあって、市場原理一辺倒の「攻めの農政」では、食料の安全保障は確保できないのではないか。食料主権を憲法に刻み、生命の糧を守るという西欧諸国とは、あまりに落差が大きい。
また、身近かな地域社会でも、高齢化と担い手不足で、耕作放棄地が増え、中山間地から虫食い状に原野化が進んでいる。なのに国は、永く地域社会の守護神だった農協を岩盤ときめつけ、農協法を改定して解体しようとしている。また農地法を変えて、自作農主義を捨て、大規模経営体に農地の集積を図る。家族農業や自給農家は、施策の埒外に追いやられた。しかし、こうした政策は、国連の定める「国際協同組合年」「国際家族農業年」「国際土壌年」と続く人類が歩むべき筋道と、真逆の方途だといえよう。ユネスコが、協同組合を無形世界遺産に登録した意義を、この国の指導者にかみしめてもらいたい。
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