農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
食料安全保障の確立へ 「農」を軸に新基幹産業(1)【内橋克人・経済評論家】2018年10月25日
歴史は証言する、といってもそれは何も遠い過去のことではない。10年ほどさかのぼるだけで、世界人口の急増と気候変動、途上国の経済発展によって食料をめぐる安全保障環境は厳しさを増していることが分かる。むしろ持続可能な未来に向けて乗り越えるべき同時代の歴史を、私たちは今、歩んでいるという自覚こそ求められているのではないか。その歴史を振り返り、どんな一歩を踏み出すべきか--。内橋克人氏に「この国のかたち」を提言してもらった。
◆「作らせない」政治戦略
過度なる他国依存の「食生活」に警鐘を鳴らす人びとに向けて「危機感を煽るだけ」と糾弾する。危機感を煽ることで「誰がトクするのか」と問いかけ、「それはノーキョウさんだ」と嘲(あざけ)る。「カロリーベースの自給率」ほど「無意味な数字」はない、といい、年間2000万トンもの食品廃棄物はいったいどう計算されているのか、と疑問符を投げる。
民間シンクタンクに席をおき、農業専門家としてメディアに登場し、「経済大国日本に食糧危機など起こるはずはない」との持論を披瀝する。いまなお少なからぬ財界人が同じ立場に立っている。だが、ことさらな「食の安全保障」否定論者とは別次元の、さらに過激な「日本農業不要」論も長きにわたって生きつづけた。
かつて竹村健一氏は(日本の)農家はもう「働かないで遊んでくれていたほうが、みんなの負担が軽くなり、豊かな生活ができる」と書いた(『日本農業 大改造論』=祥伝社 1987年)。
日本農業を守るための巨額財政支出を取りやめれば、国民の税負担は軽くなる。ゆえに「農家の人たちは、もうこれ以上働かないでください。お米はもう作ってもらわなくても結構です。(その代わり)10兆円差し上げましょう」と唱えたものだ。
竹村説に対しては、すぐさま田代洋一氏(現横浜国大・大妻女子大名誉教授)が「日本に農業はいらないか」と糾(ただ)し、精緻かつ論理的・現実的な批判を展開した(『日本に農業はいらないか』=大月書店 1987年)。
日本農業不要論の根底に流れる思惑(おもわく)は「作らせない・買わせる」の政治戦略である。自国で「作れるのに作らせない。米国はじめ海外から買わせる」の意だ。
当時も今も「コメは安い国から買えばよい」と唱導する知識人は絶えることがない。戦中、戦後の食料難時代を脱し、ようやく高度経済成長路線に舵を切りはじめた時代、有力企業の蝟集する日本経団連(2002年に日経連を統合して新発足)はじめ各種経済団体、そして財界人の多くが「日本農業不要論」に傾斜していた。
「コメも麦も大豆もトウモロコシも...安い国から買えばよいのだ」という"経済合理主義"は、やがて米国主導のグローバライゼーションの波に呑まれ、新自由主義、規制緩和一辺倒論が国を被うに至る。数多(あまた)の「皮肉」が生まれた。一例をあげよう。
◆「コメは豪州から買えばよい」論の破綻
「オーストラリアと2国間で自由貿易協定を結び、廉価なコメを輸入すれば消費者の利益になる。日本の農家もオーストラリアの大規模農業に見倣うべし」
経団連首脳も口を揃えた。竹村氏の「10兆円差し上げるから、もうお米は作ってもらわなくて結構」説も、そうした「時代の空気」を映し取ったものだ。
むろん、農地(耕作地)規模の大きさでケタ違いのオーストラリアは、当時、世界でも突出した強大な穀物輸出国であった。
だが、その「オーストラリアから買えばよい」説の結末はどうなったのか。
21世紀初頭、たとえば2001年、160万トン(もみ換算)もの米穀産出を誇っていた同国は、その後、わずか5、6年の間に年間10トン程度の零細規模にまで衰弱している。日本の財界人たちが最先端農業と囃(はや)した同国の農業は、その後、予想もしない2つの災厄に見舞われたからだ。
まず賛美の的だった同国の壮大な「灌漑農法」。予想外の深刻な「塩害」に襲われた。耕地の地下水脈を流れる伏流水が高濃度の塩水となって突如、地上に噴き出し、耕作地を襲い、やがて作物の栽培を根絶やしにした。
さらに2006~2007年、世界を見舞った大干ばつが追い打ちをかけた。
同国の小麦産出高も例年の6割超の減産となり、世界的な穀物価格高騰の引き金となっていく。こうして世界有数の穀物輸出国であったオーストラリアは、アッという間にその地位を失った。穀物の輸出余力は無に等しくなった。
仮に、往時のわが国経済界の主張や竹村説に同調し、僅かな代償と引き替えに、日本の農家が穀物生産を放棄していたならば・・・。答えは明白だろう。
これにつづくその後の時代も、長い歴史を通じて示すべき実例に事欠かない。世界的な「穀物輸出規制」は頻発している。
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