農薬:農薬危害防止運動2018
【平成30年度農薬危害防止運動】農作物・生産者・環境の安全を2018年5月31日
・6月1日から8月31日までの3か月間
富士吉田市によると富士山の山肌の残雪に今年、田植えを始める目安とされる農鳥(のうとり)が現れたのは昨年と全く同じ5月11日だという。水稲をはじめ野菜、果樹などの農作業が本格化するこれからの数か月は農作物の収量や品質に大きな影響を及ぼす病害虫・雑草が発生しやすく、農薬を使う機会も増える。農林水産省は厚生労働省や環境省、都道府県等と連携し、関係団体の協力のもと、農薬を使用する機会の多い6月から8月末までの3か月間にわたり「平成30年度農薬危害防止運動」を行う。農薬の安全かつ適正な使用および保管管理の徹底、さらには環境に配慮した農薬使用等を推進するために毎年実施しているもので、農薬使用者のほか、毒物劇物取扱者、農薬販売者等を対象に、農薬の安全かつ適正な使用、適正な販売、農薬による危害の防止対策、事故発生時の応急処置、関係法令等に関する講習会などを開催し、農薬の取扱いに関する正しい知識の普及と啓発に取り組む。
◆農薬の適正使用で食の安全と信頼を
農林水産省の「平成30年度病害虫発生予報第1号」(4月18日付)および「同第2号」(5月16日付)によると、多発が予測され早めに防除措置を講じる必要がある注意報として発表された病害虫は、タマネギのタマネギべと病、イチゴのハダニ類、水稲のイネ縞葉枯病(ヒメトビウンカ)、モモのモモせん孔細菌病、ナシ、モモ、ウメ、ビワ、カンキツ類の果樹カメムシ類などと多様だ。
高温多湿な気候のわが国では、病害虫・雑草が発生しやすく、気候温暖化にともない海外からの侵入病害虫・雑草のリスクも高まっている。水稲のイネ縞葉枯病のように、かつて猛威をふるい、一旦は防除に成功して沈静化したものの、近年再び問題化している病害虫の例も多い。生産現場が取り組むこうした病害虫・雑草の防除対策の中で、農薬は中心的な役割を果たしており、収量と品質の持続的、安定的な確保に大きく貢献している。
農薬は農薬取締法をはじめ、毒物及び劇物取締法、食品衛生法等の関連法規により、使用方法や残留基準等が定められており、適正に使用する限り、農作物の安全性は確保されている。しかし、農薬使用者や周辺環境などに対する被害事例のほか、農作物から基準を超えた農薬成分が検出される事例、農薬登録を受けることなく農薬としての効能をうたっている資材や成分からみて農薬に該当する資材が販売、使用される事例も散見されている。
農薬危害防止運動の目的は、関係法令に基づき遵守すべき事項について周知徹底するとともに、農薬およびその取扱いに関する正しい知識を広く普及させることにより、農薬の適正販売、安全かつ適正な使用及び保管管理並びに使用現場における周辺への配慮などを徹底。農薬の不適切な取り扱いやそれにともなう事故等を未然に防止することにある。
◆JAグループなど関係団体も活発な運動を展開
農薬危害防止運動の実施時期は、地域ごとに異なる農薬の使用実態に合わせて行うこととされており、運動の強化月間を5月から8月末の4か月間、あるいは5月から6月末までと10月から11月末までの二度に分け合計4か月間に設定する県があるなど、地域の農業生産の実態に則して多彩な活動が展開されている。
関係団体による独自の活動も活発に行われている。JA全農は、JAグループにおいて昭和46年から安全防除運動に取り組んでいる。農薬の適正使用と安全な農作物の提供のために、当初から「農作物、生産者、環境」という三つの安全を掲げ運動を展開してきた。昭和46年は農薬取締法が改正された年であり、安全な農作物生産のために農薬使用基準の遵守を生産者に徹底することや農薬散布者の中毒事故をなくすことなどを目的に安全防除運動を開始した。農薬の適正使用の推進に向け、防除日誌の記帳や防除暦の検証などとともに、農薬の残留分析も実施して、実際に農薬を使用して栽培された農作物の安全性を立証してきた。
特に防除暦についてはモデル防除暦の作成を進めている。モデル防除暦では栽培計画に沿って防除が必要な病害虫を明確にした上で、防除が必要となる発生の目安を示し、効果的な薬剤の選定と使用を分かりやすくすることで、スケジュール散布ではなく、適期散布の実践につなげている。さらに近年は、少量多品目の生産者が多い農産物直売所への啓発活動を行うなど安全防除運動の一層の充実に取り組んでいる。
また農薬企業の団体である農薬工業会は、農薬危害防止運動の時期に合わせ、同会の会員と関係団体を対象にした農薬危害防止に関する講演会を毎年開催している。今年は6月11日、都内千代田区の会場で「ドローン(無人航空機)の利用拡大とその安全確保に向けて」と題して行う。農薬の危害防止やドローンによる農薬散布の安全かつ適切な推進、ドローン用の農薬散布装置、無人航空機による農薬散布の際に農薬取締法上留意すべき事項などをテーマに農林水産省や関連企業などによる講演を通じて啓発活動の強化を図る。
農薬卸商の団体である全国農薬協同組合(全農薬)は、技術販売を中心とする「農薬安全使用活動の見える化」に取り組んできた。全農薬では病害虫・雑草防除や農薬の適正使用に精通した農薬安全コンサルタントを養成し、その認定者数は延べ約3600名に達しており、実際に活動しているコンサルタントの数も1300名を越えている。さらにコンサルタントのレベルアップを目的に独自の研修と試験を行い、農薬安全コンサルタントリーダーを育成。昨年10月末で約100名のリーダーが誕生し全国で活躍している。
◆5つの実施項目を軸に運動を展開
6月から3か月間にわたり実施する農薬危害防止運動の実施事項は、具体的に次の5項目に要約される。
1.啓発ポスターの作成及び配布、新聞への記事掲載等による、農薬及びその取扱いに関する正しい知識の普及啓発
2.農薬による事故を防止するための指導
3.農薬の適正使用等についての指導
4.農薬の適正販売についての指導
5.有用生物や水質への影響低減のための関係者の連携
◆ポスターや講習会を通じて正しい知識を幅広く啓発
農水省等による今年の啓発ポスターは図の通りだが、農薬や農薬使用に関する正しい知識の啓発普及については、報道機関に対する記事掲載の依頼や広報誌、ポスター、インターネットなど多様な手段を用いて行われる。また農薬使用者や毒劇物取扱者、農薬販売者などを対象にした講習会の開催に加え、万が一事故が発生した場合に備え、医療機関には農薬による中毒時の症状、および応急処置などについてまとめた資料も配布される。
◆農薬の事故防止を目指して
農薬使用時の不注意などによる事故を未然に防止するためには、農薬使用者、病害虫防除の責任者、防除業者などへの関係法令や過去の事故例とその防止策をまとめた「農薬による事故の主な原因等及びその防止のための注意事項」の周知徹底が行われる。
人に対する事故の原因をみると、農薬用マスク、保護メガネなど防護装備の不備、防除器具の点検不備などがあげられる。通行人や近隣住民への配慮不足、強アルカリ性の農薬と酸性肥料の混用による有毒ガスの発生、農薬散布作業前日の飲酒や睡眠不足、病中病後など体調が万全でない状態で作業を行ったために起こった事故の例もある。農薬散布時には、マスクやメガネなどの防護装備を着用するとともに、現場混用の際は、「農薬混用事例集」等を参考にしたい。土壌くん蒸では、防護マスクのほか、施用後にビニール等で確実に被覆することもポイントになる。
住宅地周辺では、農薬を散布する日時や農薬の種類を事前に告知しておくことはもちろん、農薬が飛散して周辺住民や子供たちに健康被害をおよぼさないように注意しなければならない。その対策は、「住宅地等における農薬使用について」(農林水産省、環境省)に示されている。学校や病院、公園などの植物や街路樹などへの農薬散布でも同様の注意が必要であり、これについては「公園・街路樹等・病害虫・雑草管理マニュアル」(環境省)が参考になる。
地域単位の一斉防除では有人ヘリコプターや無人ヘリコプター、ドローンなどの無人航空機を用いて農薬散布を行うことも多い。無人航空機で農薬散布する場合、航空法に基づき国土交通大臣の許可承認を受ける必要がある。とくに最近注目を集めているドローンは機体が軽く、下降気流(ダウンウォッシュ)が弱いため、風の影響を受けやすく、風向きや風速に十分考慮することが求められる。
農林水産省と厚生労働省は連携して農薬事故や被害の実態調査を行っているが、原因別にみると、その取りまとめで最も件数が多いのは保管管理不良や泥酔等による誤飲誤食となっている。農薬やその希釈液、残渣は、ペットボトル、ガラス瓶などの飲食品の空容器等に移し替えたりせず、施錠された農薬保管庫に保管するなど、管理を徹底しなければならない。
◆農薬使用者を対象に農薬の適正使用を徹底
農薬による危害を防止し農作物の安全を確保するために、農薬使用者には守らなければならない基準が定められている。適用作物や使用量、希釈倍率、使用時期及び使用回数等の農薬使用基準、適用病害虫の範囲、使用方法、使用上の注意等の遵守である。
農薬危害防止運動の実施事項には、「農業生産工程管理(GAP)の共通基盤に関するガイドライン」を参考にした取り組みについても盛り込まれている。安全な農産物の生産のために、生産地が取り組んでいる生産工程管理の点検項目の中の農薬適正使用について、改めて注意喚起と積極的な指導が求められている。
実際の農薬散布作業では、農薬の飛散防止も重要だ。防除しようと思った作物以外の作物に農薬が飛散した場合、その作物に農薬登録がなければ非登録農薬の使用となってしまうからだ。散布前には防除器具に残っている可能性のある前回使った農薬をきれいに洗浄することも欠かせない作業となる。
また河川から農薬登録保留基準案を上回る濃度の農薬成分が検出される事例がある。水稲除草剤の使用で、十分な止水期間をとらずに水田内の水を流してしまったことが要因のひとつと推察されている。注意事項に記載された止水期間を遵守し、水漏れの原因となる畦畔の管理もしっかり行う必要がある。
販売や使用が禁止されている農薬については、農林水産省のホームページ等での情報を確認した上で、対象となる農薬が自宅の倉庫等で発見した場合、使用したり、譲渡したりせずに、関係法令を遵守して適正に処理しなければならない。
同様に農薬登録番号がないにもかかわらず、農薬としての効能効果をうたっている資材や病害虫の防除効果がある資材は、無登録農薬の疑いがあり、農薬取締法に違反する可能性があるため、使用してはならない。
◆農薬流通で適正販売を徹底
農薬を販売するには、都道府県知事への届出が、毒劇物に分類される農薬の販売には都道府県知事等への届出と登録が義務付けられている。農薬登録番号等の表示がなく、病害虫の防除効果をうたっている資材は無登録農薬の疑いがあり、その資材を販売することは農薬取締法に違反する可能性がある。農薬販売者にも農薬使用者と同様に、こうした資材を販売しないように指導が徹底されている。
インターネットを利用した通信販売やオークションなどによる農薬販売においても、届出は必ず必要になり、小分けした農薬を販売してはならない。
毒劇物に分類される農薬の販売においては、譲渡人の身元並びに使用目的や使用量が適切かどうかを十分に確認する必要があるとともに、一般消費者への販売を自粛しなければならない。
◆環境に配慮し有用生物や水質への影響を低減
農薬使用においては環境への配慮も欠かすことができない。蜜蜂の被害防止対策もその一つである。蜜蜂の被害は水稲のカメムシ防除時期に多く発生し、巣箱周辺の死虫からはカメムシ防除に使用可能な農薬成分が検出されているが、周辺に水稲が栽培されていない地域でも被害事例が報告されている。被害を軽減させるには、農薬使用者と養蜂家との間で農薬散布の情報共有や巣箱の設置場所の工夫、場合によっては巣箱を退避させるなどの対応に加え、粒剤など飛散しにくい剤型を選ぶなどの対策が求められる。
水産動植物の被害や水質汚濁への配慮も重要になる。特定の農薬を地域で集中して使用すると、その農薬に感受性の高い生物種に大きな影響を与える可能性があるため、できるだけ多様な農薬を組み合わせて使用する必要がある。因果関係は必ずしも明らかではないが、圃場周辺の井戸水から高濃度の土壌くん蒸剤が検出された事例もあるため、農業現場における土壌くん蒸剤の使用状況等を把握することも大切だ。
またゴルフ場の農薬散布では、「ゴルフ場で使用される農薬による水質汚濁の防止及び水産動植物被害の防止に関わる指導指針の制定について」(環境省)を参考に、排出水に含まれる残留実態を把握しつつ、十分に留意することが必要となる。
農薬をよく知り、上手に、適正に使用することは農作物の安全確保、また消費者から食の信頼を得るための基本である。尚、農薬の使用に当たっては、必ず農薬ラベルの表示内容を確認するとともに、独立行政法人農林水産消費安全技術センター(FAMIC)のホームページから閲覧できる農薬登録情報提供システムで最新の情報を確認していただきたい。
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