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農業の発展を支えた植物防疫事業
植防50周年 環境と調和した多様な技術開発を

 21世紀の植物防疫事業、とくに病害虫防除については「植物防疫事業の運営改善に関する検討会」(検討会)の「中間とりまとめ」にその方向性が述べられている。その概略は、地域や産地ごとにきめ細かで適用が可能な発生予察手法の提供をはじめ、それにもとづく防除指導は環境と調和したものへ転換が求められており、経済的要防除水準の設定、さらには生物的防除・物理的防除などの多様な防除技術の積極的な活用が必要だというものだ。
 この「中間とりまとめ」の内容を中心に21世紀の植物防疫事業を考えてみた。

多様な防除技術を体系化し地域農業をコーディネート

◆変革を求める時代の流れ

日本植物防疫協会の
ビル全景

 植物防疫事業は、昭和25年の発足以来、各都道府県に設置された病害虫防除所を核として、全国斉一的な情報の収集と交換による発生予察と、それにもとづいた防除指導を行い、高温・多湿な気象条件のなかで多様な作物を年間を通じて栽培している日本の農業生産の安定と生産性向上などに大きな役割を果たしてきている。
 しかし最近は、時代の流れにあった植物防疫事業への検討が進められている。その要因は、1つは省庁再編をはじめとする行政改革、国の財政構造改革や都道府県の機構改革、地方分権推進計画など行政面からのものである。

 2つ目は、食料・農業・農村基本法によって、農業の自然循環機能の発揮が期待され、防除面でも環境に対する負荷の低減に積極的に取組むことが要求されていることだ。
 そして、生産サイドからは、花きや野菜などで新たな作物の栽培が増加し、さまざまな作型がとられるようになっており、同じ野菜であっても施設と露地では発生条件が異なるので、画一的な防除関係情報では利用しにくいという意見が多くなっている。
 また、水稲の場合でも生産者の高齢化などによって作業の省力化・効率化が求められ、育苗箱施用が増加しており、従来の水田期主体の防除だけでは対応しきれなくなってきている。環境問題との関わりでいえば、減農薬栽培なども増えており、防除体系そのものが多様化してきている。

◆総合的、体系的な防除法の確立を

 こうした状況を踏まえて平成8年8月に「検討会」が設置され、同年12月に「中間とりまとめ」が出された。
 「中間とりまとめ」は、今後の植物防疫事業の改善方向としてまず「環境と調和した病害虫防除指導への転換」をあげ、「病害虫防除所の業務についてもこの考え方に即して防除指導に重点化する」と述べている。

 具体的には「病害虫の防除に当たっては、従来のように病害虫被害を完全になくすのではなく、病害虫の発生を一定水準以下に抑制しておくとの考え方を基本として」、「病害虫防除が必要な病害虫の発生レベル(要防除水準)を、被害が発生すると見込まれる水準(被害許容水準)ではなく、原則として病害虫の被害額が防除コストを上回るとみられる水準(経済的被害許容水準)とする」とともに、「化学農薬のみならず、天敵等の生物的防除、太陽熱消毒等の物理的防除等の多様な技術を積極的に導入するとともに、これら技術を総合的に組合わせた体系的な防除方法(総合的病害虫管理:IPM=Integrated Pest Management)として確立することにより、より一層の環境負荷を低減する」としている。

◆地域レベルで多様な防除技術の開発

 そして、こうした防除方法は農作物の種類、地域の気象条件などに大きく左右されるので、「導入に当たっては産地等の地域レベルで確立することが必要である」ので都道府県での病害虫防除基準等の作成に当たっては、病害虫の防除適期、使用農薬等の記載だけではなく、
・病害虫の被害額が防除コストを上回るとみられる病害虫発生レベル
・多様な防除技術を体系化した総合的な病害虫防除体系 などを導入したものに見直すことが必要だとしている。

 そのうえで「地域レベルでの病害虫の発生状況の把握や防除指導を行い得るよう、市町村、JA等に対する病害虫発生状況調査技術や防除技術の指導の強化を図るとともに、地域での総合的推進体制の確立を指導」し、「地域レベルでの多様な防除技術の開発・確立・体系化を促進する」が、前述の総合的病害虫管理による「防除が行われた農産物は、外観等に悪影響が出る場合があることについて、消費者や市場関係者の理解を十分得ることが重要であることに留意することが必要である」としている。

◆IT活用で発生予察を効率化

 発生予察については「現在、稲の一部の病害に導入されている病害虫発生予察シミュレーションモデルの他の病害虫への活用、自動調査機器・害虫誘引性フェロモン等の開発・導入を一層推進し」それを「他の病害虫予察事業に活用することにより効率化を着実に推進する」「近年めざましい進歩を遂げているパソコン通信等を活用し、発生予察情報の伝達はもちろん、病害虫の防除指導に必要な農薬登録情報、気象情報、予察調査結果等の植物防疫全般にわたる総合的情報を提供する植物防疫情報総合ネットワークの普及・定着を一層推進する」としている。

◆着実に現実的な課題を乗り越えて

 「中間取りまとめ」は、各県の防除所が従来のように農業生産の安定をはかるだけではなく、新たに環境への負荷が少ない防除方法を選択することを求めているが、この二つを同時にしかも短期間に実現することは、現実的に考えてきわめて難しいといえる。そのために日植防は植物防疫全国協議会の協力を求め、当面実行すべき具体的な課題を検討してきている。それらを踏まえて「中間とりまとめ」で示された目標を着実に達成していくための具体的事項について、現在、農水省で整理・検討を行っているところだ。

 現実には、フェロモントラップや発生予察シミュレーションなどの新しい技術を活用し、より地域に密着しきめ細かな対応をしているところは多い。また、インターネットの活用についても取り組んでいる防除所は増えている。しかし、防除所と生産者を結ぶ役割を担う病害虫防除員の多くはJAの職員であり、その活動範囲の広域化などにより、技術的に対応できない人も少なくないという指摘もある。また、インターネットについても、農村部でのパソコンの普及率が低いこと、とくに生産者が高齢化しFAXも容易に使わないという現実があり、今後には大きな可能性があるにしても、当面は多様な情報伝達手段をとらざるをえないなど、乗り越えなければいけない現実的な課題は多い。

 しかし、日本の農業にとって病害虫や雑草の防除は欠くことのできないものだ。農作物も栽培方法も多様化し、画一的な防除体系では対応しきれなくなってきているのが現実ではないだろうか。それを解決するには、生産者が自分に必要な情報は何かを伝え、それを受けて防除所や防除員が地域の農業をコーディネートしていけるような力を今以上につけていくことではないだろうか。

植物防疫の半世紀
安全防除を事業の柱に JA全農肥料農薬部長 松永公平
植物防疫事業50周年に想う クミアイ化学工業(株) 取締役社長 望月信彦
植物防疫事業の発展を 日産化学工業(株)専務取締役  高橋荘二
 
環境にやさしい農薬開発を
(社)日本植物防疫協会理事長 管原敏夫氏に聞く

(社)日本植物防疫協会
理事長 管原敏夫氏

 ――今年は植物防疫法ができて50年という節目にあたります。植物防疫の半世紀を振り返るとともに今後の展望をお聞かせ下さい。

 「病害虫と雑草の防除なくして農業生産はできません。振り返れば、戦後の食糧難時代に防除対策は生産力の向上に重要な役割を果たしました」
 「戦後は、化学合成農薬の開発普及が進み、それが高度成長の時代には省力化に大きく貢献しました」

 ――しかし昭和40年代に入ると、農薬にはマイナス面も出てきました。

 「そこで、人に対する安全性、安全な食べ物を作ることに努力し、また農作業の快適性の面にも力を入れて、今のように良質で安全な農業生産ができるような状況になっています」
 「新しい基本法が目ざす環境と調和した農業に向け環境に負荷の少ない化学農薬が数多く出ていますし、生物農薬とかフェロモンも開発されています。これは農政の方向に合致してきていると思います」
 「それから、有効な薬剤を適期に処理すれば少ない資材費で最大の効果を出せますから、そのために病害虫の発生を予想する発生予察を重視しなければなりません。その技術の進歩も農業生産上、非常に有効な役割を果たしています」

 ――消費者は、まだ農薬を使った食べ物は安全性に欠けるんじゃないかという見方をしています。

 「ぜひ誤解を解いていただきたいと思います。農薬は農水省の登録をしないと販売できません。一生涯、食べ続けても安全だと評価されたものが利用されています。だから、無農薬や減農薬の農産物と、農薬を使った作物の間に、安全性では、いかなる差別もする必要がありません」

 ――生産者のほうも定められた農薬の使用法を正しく守る必要があります。

 「その上で、農薬を使っても安全性に変わりはないんだという自信を持っていただきたいと思います」
 「防除には、農薬を使う以外に抵抗性の品種を使うとか、入念な栽培法とかがありますが、とにかく新鮮、良質な農産物を、みなさんが納得できる価格で、安定供給していくために防除は不可欠です」

 ――環境と調和した病害虫防除と、食料自給率の向上という農政の課題の関係はいかがですか。

 「それは両立させていかなければなりません。防除には@期待した効果を得るA農作業が快適で安全であるB安全な食べ物を作るC環境や昆虫など生態系に影響を与えない、環境に負荷をかけないという四つの条件があり、これを充たす技術開発が求められます。それと自給率向上の目標は合致すると思います」

 ――有機農業についてどう思いますか。

 「有機農業だけで国民の食料を安定的に供給することは不可能です。それに値段も割高になります」
 「今後の見通しとしては、日本の夏は高温多湿で病害虫の種類も非常に多く、また雑草もはびこるから化学農薬を使わない防除は不可能です。環境負荷の少ない農薬の開発が進んでいますから、その有効利用がやはり大きな課題です。生物農薬やフェロモンは有効範囲が狭いですが、これの開発も、もちろん大いに進めなくてはなりません」

 ――生産資材費の低減についてはいかがですか。

 「農薬の開発はカネがかかる方向に進んでいます。安全性を確かめる費用や、環境への影響試験とかが難しくなる一方です。開発費を安くすることはできない状況です」
 「単価は高くても使用量が少なければよいのですから、コスト低減は生産から流通、農家と、すべての段階で最終的に農産物価格に対して防除費用がどうなっているのかということで判断しなくてはならないでしょう。私はトータルで防除費を下げていくことが課題ではないかと思います」


【日植防】
 社団法人日本植物防疫協会は、植物防疫に関する事業の進歩発展を図り、農業生産の安定に寄与することを目的とした公益法人。
 試験研究と調査研究が事業の柱。3年前から分析業務と、植物防疫情報総合ネットワーク(JPPネット)を運用。
 大別して病害虫の発生予察、防除、植物検疫の関連機能と、電子メールや気象情報などの一般機能を提供。昭和32年に研究所を東京都小平市に開設。38年に豊島区駒込1−43−11の現在地に植防ビルを建設。平成元年には研究所を茨城県牛久市に移転。



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