4月5日に設立総会を開いた「農業協同組合研究会」(会長:梶井功前東京農工大学学長)は総会終了後、「新基本計画と農協活動の課題」をテーマに記念シンポジウムを開催した。 会場の東大・弥生講堂には同会会員をはじめ、JA、生協関係者、研究者、学生など参加者は250名を超え、食料自給率向上の課題や、担い手・農地確保など基本計画が示した内容をめぐって議論したほか、農協運動の再構築の必要性を指摘する意見など同研究会の今後の活動課題についても話し合われた。 |
大きな課題となる農協運動の再構築
◆基本計画のめざすものとその現実性が議論の焦点
シンポジウムでは、食料・農業・農村政策審議会会長の八木宏典東大大学院教授が、新基本計画のめざすものを報告。田代洋一横浜国立大大学院教授が問題点を指摘、また、JAみやぎ登米の阿部長壽組合長が生産現場での受け止め方を報告した。
八木会長は、今回の基本計画の検討は、食の多様化や農業構造改革の遅れ、国際化の進展など前回の計画策定時との情勢変化をふまえて議論されたと議論の経過を話し、食料自給率目標の達成に向け、担い手、農地制度や経営安定対策、資源保全政策などの施策を「ひとつのパッケージとして機能させる」ことをめざしていると説明。自給率向上は、政府、生産者、消費者それぞれが取り組むべき役割がある国民課題だと位置付けている、と指摘した。
田代教授は計画が描く構造改革の現実性の問題を指摘。最近の農業経営規模拡大のテンポと照らし合わせて計画どおりに改革が進むかどうかに疑問を投げかけた。また、特定の担い手に限定して政策支援する基本的な考え方は、「協同の原理、農協組織の原則」に相反するものだと強調。自給率の向上や転作などを担うのは多様な担い手であるとして、組合員とともに農産物販売などに取り組む農協活動が求められていると指摘した。
阿部組合長は基本計画の基本的な視点が食料自給率の向上にあることをふまえれば、国境措置のあり方や農地、担い手の確保策から議論すべきだったが、自給率議論を後回しにし農政改革を先行して検討したことに対して「順序が逆では。しっかりした国境措置がなければ自給率は上げられない」と強調した。また、農協活動の基本は、家族農業を守ることにあると指摘、集落営農も家族農業を守る観点で組織化することが重要で、今後の集落ビジョンづくりをJA運動の基軸としていく考えを示した。
◆過去の農政の総括求める声も
報告の後、参加者を交えた意見交換が行われた。参加者から強調されたのは、新基本計画策定にあたって過去の政策の検証、反省が十分だったかという点。「自給率が向上できなかったのは国民に責任があるような書き方ではないか」、「農地の減少に政策の反省がない。生産基盤の弱体化と自給率との関係を明確にすべき」などの声があった。
担い手や集落営農も焦点になった。
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司会 梶井功 前東京農工大学学長 |
「担い手の議論では株式会社や法人化が先行したイメージがあるが、現場では集落営農の組織化と担い手の関係が重要な課題となる。この取り組みが新しい家族経営、新しい農協になる可能性もある」、「問題は担い手を認定して一本釣りする発想。理屈で担い手はつくれない。話し合いと運動のなかからこそ担い手は生まれてくるもの」と農協運動との関連で考えるべきとする意見も出た。
また、食料自給率向上に向けては「農業関係者だけではなく、国民的な課題としなければ解決しない」として「JAが中心になって運動を仕掛けるべきだ」との声も多かった。
会場からの意見を受けてJAみやぎ登米の阿部組合長は「農協運動論の再構築が最大の課題。JAグループは組織改革にだけ明け暮れ運動論が風化している。運動なくして経済事業改革を叫んでも成功しない。農家のための運動が必要という原点を確認すべきだ」と強調した。
司会の梶井会長は、食料問題は消費者にとってこそ重要な問題であることを指摘、この研究会としてもどう広く危機意識を持ってもらうかも活動の課題になると指摘した。
報告1 「基本計画のめざすもの」
地域の創意工夫でたくさんの担い手づくりを
八木宏典 食料・農業・農村政策審議会会長
東京大学大学院教授
◆直視すべき構造改革の立ち遅れ
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八木宏典 食料・農業・農村政策審議会会長 東京大学大学院教授 |
基本計画が挙げた「情勢の変化」の中には、食の多様化と簡便化の進行があり、これによって食品産業の原材料は半分が輸入農産物となった。これをどう国産に切り替えていくか、これが食料自給率にかかわる問題意識の一つだ。
農業の構造改革の立ち後れについては、基幹的農業従事者220万人のうち約半分が65歳以上(平成16年)という問題がある。27年見通しは約150万人のうち90万人が65歳以上となる。
これを少子高齢化現象の一つとする認識もあるが、一方では、35歳以下の同従事者が非常に少なく、16年で11万人、27年見通しでは10万人という事実がある。これを直視したい。
水田集落約8万のうち主業農家が1戸も存在しない集落が半分もある。コメの場合、農業産出額に占める主業農家のシェアは37%に過ぎず、準主業農家と副業的農家のウエイトが高い。
農家経済の動向を見ると副業的農家の家計費は、すべてを農外所得でまかなっているが(14年まで)、主業農家は当然ながら9割ほどを農業所得でまかなっている。このため価格変動の影響を大きく受けている。
一方、従事者の高齢化などによる近年の耕作放棄地の面積増加は、転用による農地の減少より大きいという構造問題がある。
グローバル化の進展では、WTO問題に加え、EPA(経済連携協定)交渉の非常に早い進展がある。我が国の立場をアジア社会の中で考えさせられるような事態が迫っている。
前回の基本計画審議では基本法の柱に沿って最初から食料自給率の議論に入ったが、今回は、中間論点整理までは、こうした情勢変化を議論した経過がある。
◆工程管理で実効性確保
さて食料自給率だが、総供給熱量が減る中で国産熱量も減った。減り方が最も大きかったのはコメで、今も下げ止まりのブレーキがかからない。しかも若い世代ほど消費量が少ない。最近は生産者世帯の消費量減少率が大きくなった。
一方では小麦、大豆、砂糖、鶏卵などが国産熱量の増加に貢献している。こうした実態を踏まえて27年に向け45%目標を立てた。
前回の基本計画に沿って「食生活指針」を策定したが、国民の日々の食事に影響力を持たなかった。そこで今回は小売店などで「フードガイド」を示し、若い人たちに食生活の大切さを理解してもらうような実効性のある取り組みを進めることなどを盛り込んだ。
例えば50万haで稲発酵粗飼料を作れば自給率が1ポイント上がるという研究もある。とにかく積極性が必要だ。前回は、いつ、だれが、どのように取り組むかなどの具体的な詰めが十分でなかった。その反省もあって、今回は工程管理の仕組みを考え、実効性を挙げることにした。
27年に向けた構造展望では、法人経営1万、集落営農経営2〜4万という数字を明確にした。
営農に係る施策は、農業経営、農地政策、地域資源保全対策、農業生産環境対策の4つが、1つのパッケージとなって機能することを期待している。
地域資源保全対策は、農地や農業用水などの保全管理を支援し、農業生産基盤の整備と維持管理をはかっていくという趣旨だ。
農業生産環境対策は、農業生産の中で環境負荷を大幅に低減する取り組みを支援するものだ。
農業経営については、持続的な事業体としての経営に着目して経営安定対策を実施する。
農地政策では、農地を所有する権利には、農地を農地として利用する義務があるという考え方に立ち、耕作放棄地の解消に力を入れていく。私的財産権の侵害という問題があるが、一歩踏み込んだ対策が必要だと思う。農地の有効利用を基本とし、その上で農地の利用集積には従来に増した取り組みが求められる。
一方、品目横断的政策には、諸外国との生産条件格差是正対策という、いわゆるゲタの部分と、収入の変動による影響の緩和対策というナラシの部分がある。 ゲタの部分で、過去の面積に基づく支払いは、WTOでは、緑の政策だが、生産量と品質に基づく支払いは、生産を刺激する役割を果たすとして黄色の政策と見られるかも知れない。
しかし、日本は農業補助金削減の国際的な優等生だから、国際ルールの枠内で、食料自給率を上げるためには黄色の政策も使って増産政策をとる必要があると思う。
認定農業者制度については、経営改善計画の達成度合いが非常に低いが、とにかく地域の創意工夫の中で、たくさんの担い手をつくっていくことが求められる。
報告2 「基本計画 ここが問題」
新基本計画に色濃い新自由主義的農政
田代洋一 横浜国立大学大学院教授
◆見るべき増産政策はあったのか
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田代洋一 横浜国立大学大学院教授 |
財界が基本計画見直しのイニシアティブをとったことは、かなりはっきりしている。財界の思いはどこにあるのか。日系の多国籍企業はアジアに生産のネットワークを築いているが、これを、さらに深化させるためFTA戦略を展開し、工業、サービス、投資で途上国に徹底した自由化を求めていくことにしている。
それと引き替えにアジア諸国では、日本の農産物市場開放を求め、財界も、それに応えて徹底的な開放を求めている。私はそれを新自由主義的農業政策といいたい。いってみれば財界は戦後農政の総決算を求め、それを自民党と民主党に競わせている。今後はさらに株式会社の農業参入と、その次にくる農地所有権取得に大手をかけてくるだろう。
一方、基本計画は足元で地滑りを起こしている。05年度の農水予算は3兆円以下に削られた。地方も「三位一体」改革で交付金と補助金を削られた。39道県で05年度農林予算は前年度割れになったという。
さて食料自給率の目標が達成できなかった原因について、消費カロリーを減らすという目標はほぼ達成している。しかし生産カロリーを増やす目標は、達成されず、逆に減っていることから、消費面の問題よりも生産のほうに原因があったといわざるを得ない。
麦作や大豆作の交付金や産地作り交付金などを除いては、ほとんど見るべき増産政策がなかったことが自給率目標を達成できなかった問題ではないかと思う。
◆縮小均衡の自給率向上策
2015年目標も、また後ろ向きの自給率向上政策だと見ている。分母にあたる消費カロリーの減少に依存しているからだ。これに対して生産目標は小麦、大豆、茶、主要作物を除いて軒並み減少となっているから、縮小均衡的な自給率向上政策になっているといえる。
新基本計画の最大の失敗は生産額ベースの自給率目標を設定したことだ。そのほうが自給率は高くなるが、現在、野菜や果樹や畜産などは生産額表示の自給率が落ちている。2015年の目標を達成することはカロリーベースよりも厳しい。
自給率向上の切り札は、やはり増産政策の有無、とくに飼料作の取り組みであろうかと思う。それに対して新基本計画では、経営安定対策を切り札とした。
新計画の農業構造展望は前回の計画が立てた2010年展望と同じだ。違いは農地集積率を引き上げたことくらいだ。経営安定対策の対象の線引きは、まだ決まっていないが、下限は都府県で6〜7haだと予測する。
都府県で5haの農家は5万戸だが(04年)、その規模の農家の増え方は年間約1500戸。このペースで構造展望の目標である8万戸を達成するには20年かかる。
また認定農業者の年間伸び率は最近は落ちてきている。この伸び率でいけば目標の40万をつくるには40年かかる。さらに同じような試算で、担い手への集積見込み面積を達成するには20年。あるいは都府県で農地の7割を効率的かつ安定的経営に集積するには、最近の純増の流動化面積をもとに計算すると30年かかる。
◆担い手の限定が難点
こんな計算をしているとばかばかしくなるが、今のペースなら目標到達には最低でも20年はかかる。これを10年に縮めようとするのが新基本計画だと思うが、実現性は後で考えたい。
一方、家族経営の水田作の展望を見ると、16ha規模で粗収益2000万円、主たる従事者の所得700万円となっている。基本計画は生涯所得530万円を掲げているので差し引けば妻の所得は170万円。女性はこれで我慢しろというのかどうか、家族経営協定のモデルなどを示したらよいと思う。
集落営農については、主業農家のいない集落はどうなるのか。主たる従事者の所得目標が認定農業者の水準をクリアしていることが一つの指標だが、そういう従事者が確保できるような集落営農なら、とっくに法人化している。基本計画は現実とかけ離れているといわざるを得ない。
コメ政策改革との関連も大きな論点だ。同政策は、2010年に望ましい構造が実現していることを前提に、国は生産調整の配分をしないとしたが、新基本計画は構造実現を2015年に先送りした。そうなると、構造の実現を前提に組み立てたコメ政策はどうなるのかと問いたい。
次に、経営安定対策として行政が選別した農業経営が直接支払いを受ける、つまり税金が投入されるとなると、国民は徹底的な情報公開を求めてくるだろう。これに、どう対応するかも大問題だ。
新基本計画の最大の特徴は、担い手を限定した経営安定対策だ。これが最大の難点にもなってくると思う。 担い手を限定して直接支払いをする政策で協同の原理はどうなるのか。この政策は、組合員平等の農協の組織原則を否定するものであるということを指摘したい。
報告3「現場からの声」
「家族農業」を支える視点から集落営農を組織する
阿部長壽 JAみやぎ登米代表理事組合長
◆狙いは自由化総仕上げか
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阿部長壽 JAみやぎ登米代表理事組合長 |
基本計画の基本的な視点は、自給率目標をどう確実に達成するのかではないか。そのために、どう農地を確保するか、担い手をどう確保していくかという順序で本来は議論されるべきだった。議論の経過を見ると自給率目標の達成年次を2015年に先送りして議論を棚上げし、農地制度改革や担い手の選別政策が議論されたが、これは順序が逆。
今回は、輸出を重視するとして「攻めの農政」といわれているが、そうすればするほど逆に輸入が増えてくるのではないかと現場では懸念している。実は、この基本計画の狙いは自由化農政の総仕上げにあるのではないか。
一般株式会社へのリース制度の全国展開は、耕作放棄地をなくして健全な担い手を育成する方向に合致するのかどうか。やはり農地は農村地域社会を形成している基礎。それを考えると農地の財産としての性格や、農業の継続性についてのリスキーな面をもっと検証したうえで、農地の企業への開放を考えても遅くない。そこがどこまで検証されたのか。
また、担い手対策としては、農地の流動化を促進し経営規模の拡大を図り生産の相当部分を担うことをめざしてずいぶんと手を変え品を変え手を打ってきたが、結局実現しないまま終わっている。日本は家族農業を基本にしてきたが、兼業農家が圧倒的に多い。だから、兼業農家の農地を専業農家へ集積させようということだが、実現の道は浮かんでいない。
むしろ日本的農業の特徴である兼業農業の条件整備という日本型農政の視点が必要で、今までそれが欠落していたのではないか。
そうした総括も不十分なまま、一定規模条件を満たす認定農業者、特殊生産法人、集落営農法人に限定して経営安定対策を導入することで自給率を高める政策になるのか。
このような選別政策を実施すると対象外の農家は、生産調整を離脱してしまう恐れがある。生産調整全体の枠組みが崩壊してしまう。現場の率直な疑問だ。担い手の要件は、国が何が何でも画一的に枠にはめるのではなく、方向性を示したら地方の実態に任せるべきではないか。
◆農地守る取り組みを支援
集落営農組織を担い手として認知したことは評価すべきだと思っている。ただし、集落は成立過程や地域条件がそれぞれ違うため、基本計画が求めている法人経営体とは必ずしも一致しない点が多く、これも画一的な要件を決めるべきではない。集落組織は、農村地域社会を構成している核の組織。それを農地を守って地域農業、地域社会を維持していく仕組みとして政策支援すべきだ。
したがって、担い手とする集落営農組織については、もっと広くゆとりのある概念で捉えて、現状に応じた多様な政策支援をすればむしろ農地の集約や担い手確保はもっと進むのではないか。
集落営農組織についてはなぜ法人化しなければならないのか、その積極的な理由が見当たらない。政策支援をする以上、透明性が必要で、バラマキ批判に対する対策でもあるという理由も指摘される。しかし、東京から少し離れればきちんとした農村地帯が広がっていて、農地と環境が維持されている。この存在そのものがもっとも透明性のある税金の使い方を証明しているのではないか。
水田農業は、選ばれた人のみでは、農地の貸し手や周辺の関係農家を含めて地域の合意や調整がうまくいかない。そこで、経営安定対策については、新しい対策に加えて地域の農家全体を対象にした集落営農組織を受け皿とする現行の産地づくり交付金の仕組みの継続が必要だろう。対策の中身を現実的に詰めていく必要がある。
また、資源保全政策は産業政策と地域政策を分離する仕組みだというが、一体化して政策化すべき。地域農業自体が自然環境の保全機能を持っており、農村地域社会の環境保全機能と一体的な関係にある。これを分けることはできない。
日本農業の根本は家族経営農業。その家族農業を成立させていくために農協が存在すると思う。家族農業が基軸であって、その家族農業の条件整備を集落営農で行うという発想で集落営農の組織化を考えるべきではないか。そこにこそ農協が全力をあげて取り組むべきではないか。
今後は、集落営農によるビジョンづくり運動を農協運動の根に据えて取り組もうと思っている。家族農業を破壊してはいけないというのが私の基本的な考え方であり、今回の基本計画も、そこを基軸に農協としての対応を考えていく。
「食料自給率に危機意識を」
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川野重任東大名誉教授 |
シンポジウムには川野重任東大名誉教授も参加。閉会に当たって農政の課題と今後の研究会の活動について参加者につぎのように呼びかけた。
「自給率は食料危機の問題、私にとってはつらい食料難時代の経験の問題である。 食料自給率とは、見通しの問題ではない。要請の問題であり、決心の問題である。それが本質だが、戦後何十年もたって国民が忘れていると思う。根本はみなが食料危機を忘れていることにあるのではないか。 あの食料危機を本当に経験し、どう苦労したか、どう物々交換をしたか、どう買い出しをやったか、それを覚えている人は国民のなかで減っている。その記録を今のうちに掘り起こして積極的にピーアールすることも重要ではないか」 会場からは大きな拍手が湧いた。 |
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