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北川太一氏・小田切徳美氏 |
◆地域特性と協同活動の連携
小田切 ところで、北川さんは最近の論文でこういう取組みは日本全国すべてのJAでできる条件にはないとも指摘されていますが、これはどういう意味ですか。
北川 たとえば、長野県でもいろいろなタイプがあって、JA北信州みゆきは純農村地帯でかなり農協の影響力が大きな地域ですね。
そのほか、JA松本ハイランドですが、ここは旧松本平農協がかなり熱心に協同活動をやってきた経緯があります。それは集落の伝統的な農家組合を大事にしながら、組合員のなかに生活専門委員、営農専門委員、信用専門委員といった役割を配置して集落の協同活動に取り組むというものでした。
それが周辺部分を合併しながら大きくなると、旧松本平農協方式を広げるには地域で温度差が出てきた。そこで改革というよりも少し改良を加えながらモデル集落をつくって、もう一度ある程度伝統的なやり方に沿いながら、集落の協同活動を広めていこうとしています。
もうひとつは、JAみなみ信州です。ここはJA合併をして大きくなったけれども当初の実態は合体で、いろいろな果樹生産をしていることもあり、旧JAの組織運営の仕方のままそれぞればらばらでした。何度か訪ねて意見交換する機会もあったんですが、私が言ったのは無理に統一する必要はないのではないかということです。それぞれ個性を生かしながらやればいいのではないかと。ただ、合併したからには職員はやはり集落や地域の活動が大事だという認識を、共有する必要があるのではないかということを強調しました。
長野県でも、このように3つぐらいのタイプに分かれると思っていて、そういう意味でJA北信州みゆきの例が800JAに通じるとは限らないということです。大切なことは、取組みのプロセスを学ぶことだろうと思いますね。
小田切 一言でいえば、小さな協同というひとつひとつの単位は同じような姿であっても、そのネットワークの仕組み方の違いということでしょうか。
北川 そう、おっしゃるとおおりですね。結びつき方の違いです。
小田切 そこで伺いたいのは、こういう小さな協同で経済事業が必要なのかということです。今年の本紙新年号の座談会では、経済事業を行うことが大事なことでそこがいちばんおもしろいところだといわれましたが、各地で進む「小さな自治」では、経済事業への対応が論争にもなっているわけです。 ◆小さな経済活動がJAの経済事業に
北川 小さいながらも事業をするということが私は大事だと思っています。これは事業、ビジネスではなく、プチ事業、あるいは業を興すということかもしれません。
JAのこれまでの流れをみてみると、ファーマーズ・マーケットもそうですし、介護事業も今は柱になっていますが、それらは小さな取組みがあってそれが大きくなったという経過があるわけですね。そういう意味では小さな事業を仕掛けていきながらそれを育てていくという部分、つまり、事業をつくるという意味でJAにとっても大事なことではないかなと思います。
最初に今回の大会議案を評価すると申し上げましたが、少し残念な点は、JAが地域貢献をするということは地域をよくするという側面も当然ありますが、JAの組織基盤や事業基盤の強化につながるものだという理屈が欠けていることです。
政府が食育基本法を作ったという流れに乗って、食農教育をしっかりやりましょうとか、介護保険制度が見直されているから高齢者の生活支援をしっかりやりましょう、あるいは職員ボランティアも強調されていますが、実はこれらのことは議案の3番目の柱である「組合員加入の促進と組合員組織の活性化など組織、事業基盤づくり」に結びつけて考えなくてはならないと思いますね。
最近、現場で聞こえてくるのはなぜJAがこんな地域貢献などしなければならないのか、ということです。経済事業改革はしなければならない、要員は減らされる、そういう状況のなかでこんなことはできないよ、という声もあるわけです。しかし、それは2番目の柱が3番目につながるということをきちんと理解していないからだと思います。そこのところを県、JAレベルでもっともっと確認すべきだと思いますね。
小田切 なるほど。この4つの柱を貫くものがみえないということですね。一番目の柱は政府へのお付き合い、それでは批判が出るから二番目の地域づくりや地域社会貢献をもってきたなどという皮相的な理解では、職員に負担感が強まるだけですね。そうではない位置づけが必要だということでしょうか。しかし、職員レベルではそんなことはできないと負担感が強まる懸念があるということなんでしょうね。 北川 一番目の柱もある意味では地域貢献に関係してきますよね。担い手づくりや集落営農というのは、とくに西日本の場合は地域をなんとかしなくてはというところから出発しているわけで、それが集落営農であったり、村おこし活動であったりしているわけですね。たとえば、集落営農から入って、農産加工など経営を多角化しながら地域住民を巻き込んで村おこし的なところまで広がったというように。 小田切 そうなんですね。だから集落営農組織の作られ方というのも、二本立てです。営農組織として作られそれが自治組織的な活動までする場合と、自治組織的に作られてそこが営農も組織化していく場合があります。その点では、今回の営農組織に純化した担い手絞り込みというのはせっかくのそういう実態を見ていないという問題があると思います。 北川 そういう意味でも、地域貢献という議案の2番目の柱というのは、4つのなかの一つ、パーツではないと思いますね。最近お会いした組合長さんは、なぜわざわざ地域貢献などを柱にするのかと言っていました。その意味は協同組合は地域貢献には自ずと取り組むことではないか、という意味が込められていると感じました。 ◆生活指導事業の蓄積を生かす
小田切 今までのお話は、一言で言えば「小さな協同」活動の活発化とそれを農協がネットワークすることの必要性だと思います。では農協が単協内部で各地域の小さな協同のネットワークをつくるために何をしたらいいのかということについてはどうお考えでしょうか。
北川 基本的にはJAの支所でしょう。支所の段階で地域の状況にアンテナを張れるような役割をもっと作れないか、ということだと思います。それは支所長かそれに準ずる人の役割だと思っていますが、たとえば、地域でこんなことが問題になっているとか、こんな技術に優れた人材がいるとか、ですね。
それからもうひとつ考えているのは、今回の議案の地域貢献というのは、実は生活指導と呼ばれてきた分野との関連が大きいということです。たとえば、食農教育という名前こそなかったけれども、地産地消も含めてこれまでこつこつとやってきた内容です。しかし、今、生活指導事業が経済事業改革のなかでかなり切られようとしているわけですが、それは非常にもったいない話である。長年の蓄積を持っているわけですから、むしろ生活指導と呼ばれてきた部分と、たとえば、食農教育であれば営農指導がもっと積極的に連携するなど、そういう体制づくりがこれからのJAには求められていると思いますね。
小田切 私が調査している分野からいいますと、一部の地域自治組織は農協の役割をかなりの部分で代替しているという気もしています。そして、そのための制度を探しています。改めて整理すると、小さな自治組織は、ひとつは経済事業を行う組織である。それから平等参加の組織であること。そして財産が持てる組織であることという3つぐらいの特質があるわけですが、逆にこれに合う法人格を探すと農協なんですね。極端にいえば農協法を使って自分たちで農協をつくりたいという、つまり、農協の枠をこの地域自治組織にかぶせたいという議論が出てきてもおかしくないと思います。そんなことから、JAは農協という制度的メリットをもっと自覚すべきだと思います。
ところで、このような制度論にかかわって、北川さんはこうしたJAの地域貢献などを考えると現在の組合員制度まで改革を考える必要があるのではないかと言われていますね。 ◆農を軸とした地域協同組合
北川 どう改革すべきかということについてはまだ私は慎重論をとっています。たとえば、准組合員と正組合員の区別をなくせという議論もあるし、一般の地域住民も巻き込んで組合員にして地域協同組合になれ、という議論もあります。あるいは最近はメンバーシップ制からユーザシップ制へという議論もあって、事業を利用する人がJAの組合員であるということをもっと強調しようという意見もありますね。
これらの点については、私はまだ慎重で、制度論はこれから長期的に検討していかなくてはならないと思います。ただし、その前に今のJAの法制度、仕組みのなかでもっと工夫できるところは工夫すべきです。
そういう点から、私は農を軸とした地域協同組合という言葉を使っていますが、農業や農村、食に関心を持った人たちにもっともっとJAがアンテナを張って、非農家も含めてJAの運営に反映させるような仕組みの工夫がもっとできるんじゃないかと思いますね。
最近ではJA福岡市が、支所運営委員会のような組織に農や食に関心を持っている地域住民にも運営委員になってもらい、声を聞いたり活動の企画に携わってもらうなどの取組みをはじめています。
地域協同組合という言葉が1970年代から盛んに使われるようになって、農協法上は職能組合であっても実態的には地域協同組合化の方向で進めていったわけですね。ところが残念ながら、現場では地域協同組合化をめざすということは、地域住民のなかから信用・共済事業の利用者を増やすためであって、准組合員化するんだという話になってしまった。
そうではないと私は思っていて、農や食へのこだわりをもった人たちを幅広くネットワーク化するという意味での地域協同組合という姿を描いて、それをやるために制度問題のどこがネックになっているか、ネックになっているなら改革しよう、というように考えるべきだと思います。
小田切 そういう意味では、事業論、組織論を貫くような議論がまだ十分できていないということでしょうか。
北川 まさに地域の協同活動が組織や仕組みやネットワークをつくり、長い目でみれば事業に結びつくのであって、やはり活動論のところがもっと考えられるべきです。そして地域の協同活動論を焚きつけるためにJAの職員というのはどんな知識、資質が必要なのか、また、組合員はどんな意識を持たなければならないのかということになるでしょう。
その点で私の大会議案への不満点は、今話した観点からの職員教育や組合員教育、ということがまったく記述されていないのではないかということです。そこを真剣に考えるべきだと思いますね。
小田切 新しい方向性をめぐって今後考えていかなくてはいけない問題が山積していることがよく分かりました。その点で今回の議案は重要な問題提起をしているということですね。
北川 今回の決議を県やJAの関係者が置かれた条件や地域の実態に合わせて咀嚼(そしゃく)し、腑(ふ)に落として実践していくことが大事でしょう。
小田切 ありがとうございました。
(現地レポートの詳細はこちら「山口市仁保地域/智頭町新田集落/JA北信州みゆき」)
対談を終えて
今回の大会議案で、目立ってはいないが、しかし画期的な提案が「JAの地域貢献」である。農業協同組合論を専門とされている北川氏とこの点について話し合った。
この数年間、北川氏は農協論の立場から、集落、旧村単位の「小さな協同」を、そして私は農村政策論から「小さな自治」の現場を歩き続けている。訪ねた先は、今回のレポートの鳥取県智頭町新田集落をはじめとして、重なることが少なくなかった。
そこで、共通して探ってきたのが、「小さな協同・自治」に対するJAの役割である。しかし、多くの人々のエネルギーが注がれているこうした動きに対して、JAの顔はほとんど見えない。それではどうしたらよいのか。今回のJA大会の各県大会や討議の場で議論していただきたい論点である。
そうした討議の場におけるイメージづくりに役立つように、対談とセットで3つの現地レポートも掲載している。智頭町新田集落は、全国的にも名高い集落である。ここで私達は共通して、活動基盤の「戸から個へ」の転換の重要性を学んだ。集落の「1戸1票制」に埋没しがちな女性や若者の力をいかに引き出すか。わずか十数戸の小さな集落でチャレンジが続く。
それはJAの組織基盤問題とも通ずる課題である。実際、北川氏は、この小さな集落の大きな問題提起を受けて、JA北信州みゆきで具体的な組織改革に関わっている。その議論と実践を氏自身にレポートしていただいた。
また、山口県の山口市仁保地域の事例は、かつての仁保農協の時代から、「JAの地域貢献」の先発事例と言えよう。この地域では、「仁保農協の本所は私たちの活動の『砦』だった。その2階は、地域住民のサロンだった」という地域リーダーの声を聞いたことがある。著名な旧仁保農協の地域活動の基盤はこのあたりにあったのであろう。
JAの地域貢献は古くて新しい課題である。対談でも北川氏が鋭く指摘されたように、いままではあまり議論されなかったJAの「活動論」の構築が求められている。そうした議論の前進を強く期待して、JA全国大会の開催を祝したい。(小田切)
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