まず、輸入自由化のための低米価政策をみよう。ここには、米の内外価格差の現状についての誤認がある。
下図は過去40年間の国際米価の推移を示したものである。この図から分かるように、1973年に世界同時不作による国際的な穀物価格の暴騰があった。アメリカが大豆の輸出を禁止した年である。それを過ぎた1970年代後半以後、2007年までの30年間、国際米価は1500円程度(以下すべて玄米60kg当たり)で推移してきた。それが2008年に、世界各地の不作に投機資金も加わって3倍の4500円に暴騰した。その後、沈静化したものの、現在は2500円程度になっている。
これは輸出価格だから、わが国からみた輸入価格は、これに海上運賃など輸送経費の500円程度を加えたものになるだろう。
このように、米の内外価格差は、かつては10倍以上だったが、いまは5倍程度になっている。とはいうものの、まだ5倍の価格差がある。これほどの価格差があることは、まことに残念だが、その理由は別稿で述べる。
ここで強調したいのは、価格差が小さくなったことではない。5倍という大きな価格差があることである。このことを、しっかり認識するかどうかが、政策を評価するときの分かれ目になる。
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民主党の経済政策の基本に自由貿易の推進がある。農産物も例外にしないという、市場原理主義の政策である。自由化の結果、農産物の価格が下がったら戸別所得補償制度で農家の所得を補償するから、食糧自給率の向上を損なうことはない、というのである。そうできるだろうか。
内外価格差が数十%なら、できるかもしれない。だが、実際には5倍である。例として約1haの米農家を考えよう。現在の米の収入は150万円である。もしも米の輸入を自由化すれば、米価は5分の1に下がるから、30万円になる。戸別所得補償制度で差額の120万円が補償されることになる。つまり、収入の大部分、つまり5分の4が税金から支払われることになるのである。
こうした制度は、わが国の社会や文化からは容認されないだろう。農業者自身も受容しないだろう。その結果、この制度は瓦解し、低米価だけが残り、大部分の農家は米作りを止めるだろう。自給率は向上するどころか、大幅に低下するのである。つまり、低米価政策は、はじめに言ったように自給率の向上を損ねるという意味で錯誤である。
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つぎに、農業構造改革のための低米価政策をみよう。構造改革とは経営の大規模化である。米価を下げてコストの高い小規模農家は米作を止め、コストの安い大規模農家がわが国の米作の太宗を占めるようにする、という政策である。
ここには大規模農家の方が競争力が強いという誤認がある。その詳しい理由は別稿で述べるが、実態をみると、近年の米価下落によって、より深刻に困窮しているのは大規模農家の方である。
そうならないようにするには、政治が大規模農家だけを支援するという政策をとるしかない。これは選別政策である。これは民主党の友愛、つまり共生社会の実現という理想に反するのではないか。こうした選別政策を農村社会は容認しないだろう。政権が民主党に代わった大きな理由は、それまでの自民党の選別農政を多くの国民が容認しなかったからだ。このことを忘れてはならない。政権交代は選別農政からの決別への期待だったのである。
もしも、この選別政策を強行すれば、大多数の小規模農家の協力が得られず、少数の大規模農家だけの米作になるだろう。その結果、自給率は大幅に下がる。つまり、低米価政策は、この点からみても錯誤である。
民主党農政といっても、党内で全員が一致して低米価政策を推進しようとしている訳ではないようだ。党内外での実態に即した活発な議論を期待したい。机の上の原理や錯誤の信念に基づく議論は期待しない。
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(前回 米価下落の懸念)
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