コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
ソウル騒乱―韓米FTAで

 一昨日、韓国の国会は、韓米FTA批准に同意する案を強行採決した。議場は、催涙ガスで白くかすみ、怒号が飛び交う中での可決だったという。
 ソウルでは、さっそく怒った人たちが5000人集まり、抗議集会を開いた。野党などは今後、FTAの破棄を目指して「無効闘争」に突入することにした。
 これは、日本にとって他人ごとではない。明日のわが身に迫っている事態である。
 韓国は輸出産業を主力にする財界の利益のために、農業や医療を犠牲にし、さらに国内制度へのアメリカの介入を許すなど、国家主権さえも、貪欲なアメリカに捧げようとしている。
 日本がTPP交渉に参加したとき、アメリカは日本に対して韓米FTAよりももっと貪欲な要求をしてくるだろう。そして財界は唯々諾々としてそれを受け入れるように、マスコミなど、あらゆる手段を使って政府に強く要求するだろう。
 ここでは農業の分野についてみてみよう。

 TPP交渉の中で、アメリカはどのような要求をしてくるだろうか。政府はまだ協議していないから分からないなどと、無責任なことをいって、はぐらかそうとしている。だが、それは許されない。首相は、「高いレベル」の経済連携を目指す、と何度も繰り返している。
 アメリカはそれを聞いて日本は韓米FTAよりも「高いレベル」の自由化を目指している、と考えるだろう。

 では、韓米FTAはどれ程の「高さ」のレベルの自由化か。農産物について先月、日本の外務省が発表したものをみよう。韓国が農産物を輸入するときの関税は、つぎのようになる。
 1.コメだけは関税を下げない。
 2.大豆やジャガイモや乳製品などのごく一部は、輸入枠を超えた分だけ現行関税率を維持する。
 3.その他は全てただちに関税ゼロ。ただし、一部に、2〜20年の猶予期間を設けるものもある。

 TPP交渉のばあい、日米両国でこの協定が、1つの足がかりになる。今月の12日に、首相が「TPP交渉参加に向けて、関係国との協議に入る」と言明したときに、アメリカは日本が、この程度の「高さ」の輸入自由化を覚悟した、と考えただろう。そして、TPPではもっと「高い」自由化を要求しよう、と考えるだろう。
 このことは、日本政府にとっても想定内のこと、と考えておかねばならぬ。両国はこの「高さ」を出発点にして国益にしたがって、交渉を始めるだろう。

 日本と韓国にとって、同じ「高さ」の輸入自由化は、同じ程度に深刻な影響を農業に及ぼすだろう。なぜなら、日韓両国では、農業がおかれている状況が、ほとんど同じだからである。
 両国とも、同じ風土の中にあって、遠い以前から人口扶養力が最も高いコメを農業の基幹にすえてきた。その結果、狭い農地でも一家を養うことができ、したがって、1戸当たりの農地面積が狭い構造になった。
 開墾などして農地を広げられても、それを長男が一人占めしないで、それまで結婚できなかった次男に与え、結婚させて一家を構えさせた。結果として、1戸当たりの農地面積が狭い構造を、歴史的に維持してきた。

 また、両国とも、同じ経済発展の歴史をたどってきた。経済発展につれて、労働の価値が上がり、農業の機械化が進んだ。だが、狭い農地での機械化農業は、コスト削減に対して充分に効果的ではなかった。だが、小農を冷酷に切り捨てて、強権的に無理矢理に大規模化することは避けてきた。このため、両国とも、国際的にみて高い米価になった。
 しかし、両国民とも主食のコメの輸入を自由化して安い輸入米を食べるよりも、主食は国内で確保する、という食糧安保の政策を支持してきた。

 韓米FTAでは、コメだけはかろうじて関税撤廃から除外された。だが、その他の農産物は関税撤廃か、ごく一部は、輸入枠の拡大を約束した。この結果、食料自給率はどこまで下がるのか。食糧安保は確保できるのか。そして、野田首相がいうような、美しい農村を守れるのか。
 韓国農業の今後の推移は、日本農業の推移を占うものとして注意深く見守っていかねばならない。

 

(前回 筒井副大臣の米粉300万トン宣言

(前々回 TPP反対の運動は、これからが本番だ

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(2011.11.24)