はじめに、この記事の結論を紹介しておこう。それは、「関税がなくなれば国産米の3分の2ぐらいの価格で外国産が入る」というのが結論である。前の分類でいえば、それほど下がらない、という結論である。だから、充分な対策を行えば、農業とTPPは両立できる、といいたいのだろう。
TPP参加を主張する朝日新聞にとって、都合のいい結論だが、ここで思考を中断してはならない。これは、一部の専門家といわれる人の推論を、そのまま引き写したもののようだが、この推論には多くの誤りがある。
この記事は、客観的な解説を装いながら、誤った推論で身勝手な主張をしている、ともいえる。
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わかり易い誤りから指摘しよう。ここで国産米は1kg当たり251円としている。これに対してMA米は1kg当たり167-170円だという。これを割り算すると0.67程度になる。だから3分の2ぐらい、というのだろう。
だが、国産米の価格は、玄米1kg当たりの価格である。それに対して、MA米は大部分が精米で輸入されていて、価格も精米1kg当たりの価格である。つまり、単位が違うものどうしで割り算したことになる。これは、初歩的な誤りである。
同じような誤りが、いわゆる専門家の主張の中で、随所にみられ、それがまかり通っている。そして、こうした粗雑な議論を、思考を停止した朝日新聞などは指摘できないで、見逃している。
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次は、重大な誤りである。170円程度で外国産の米が輸入される、というが、これは甘い、というよりも、根拠にした数字の解釈に誤りがある。
この根拠は、MA米が170円程度だから、という。この点を考えよう。これはMA米の中のSBS米の価格である。
SBSとは、日本人好みの米が、国際市場でどの程度の価格で買えるか、それを見るために作った制度である。だからSBS米の輸入価格が、日本人好みの米の国際市場価格だ、というのである。
しかし、これは、建前だけで、実態を見ようとしない、あるいは、実態を見てしまうと都合が悪いから顔をそむける、という劣化した知性による机上の空論である。この価格は実際の市場価格から、かけ離れている。
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中国からのSBS米の実態を、やや詳しくみよう。先月末に発表された資料では、中国米の輸入価格は、精米1kg当たり169円だった。玄米1kg当たりに換算すると152円になる。一方、先週末の中国国内の市場をみると、浙江省の日本人好みの米は、精米1kg当たり4.26元 、つまり52円という安さだった。玄米1kg当たりでは47円になる。
中国の国内市場で47円の安いコメが、日本で輸入すると、なぜ152円に跳ね上がるのか。朝日新聞は、このカラクリを見ようとしない。農水省のいうことを鵜呑みにして、そのまま記事にしている。また、専門家といわれる人のいうことを無批判に受け入れている。そうして思考をいっさい止めている。
朝日新聞のような報道機関の社会的な役割りは、こうしたカラクリを、透徹した鋭い洞察力で、白日の下に曝け出すことではないのか。
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中国から日本までの正常な流通経費は、1kg当たり5円程度だろう。だから、競争が激しくなれば、輸入価格は50円程度になるだろう。
つまり、日本がTPPに加盟して、コメの関税をゼロにすると、日本人好みのコメが、中国から玄米1kgあたり50円程度で輸入できることになる。
この結論は、「コメの価格は、それほど下がらない」という、この解説記事の答えとは、全く違ったものである。「関税がなくなれば国産米の3分の2ぐらいの価格で外国産が入る」という、この記事の結論は覆って、「関税がなくなれば、日本の米価は5分の1にまで下がる」という結論になる。
それでも朝日新聞はこの点に目をつむって、TPP参加をあくまでも主張するのだろうか。
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100年後はいざ知らず、10年や20年でコストを5分の1に下げることはできない。
また、戸別所得補償制度の補償金額は、膨大なものになる。かりに、財源があったとしても、農業者にとって、収入の5分の1がコメ代金で、残りの5分の4が、政府からの補助金、という制度がいい、とは筆者は思わない。
朝日新聞も、このように考えるなら、農業とTPPは両立できる、という考えと、だからTPPに参加せよ、という主張を取り下げるしかないだろう。
(前回 ソウル騒乱―韓米FTAで)
(前々回 筒井副大臣の米粉300万トン宣言)
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