コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
大新聞が農業を報道する浅薄な姿勢

 朝日新聞が、先週の21日から「にっぽんの農業」という連載を始めた。日本農業の実態を現場から探る、という趣旨である。この趣旨は高く評価できる。
 しかし、まだ始まったばかり、とはいうものの、すでに、いくつかの問題点がある。それは、報道する姿勢である。朝日新聞だけでなく、ほとんどの大新聞の問題点でもある。
 農村の現場には、2つの大問題がある。1つは、TPPへの加盟問題で、もしも加盟すれば、農産物価格が暴落し、再生産ができなくなり、食糧安保が危機的な状況になる、という問題である。
 もう1つは、いわゆる効率化のための、兼業農家と高齢農家、つまり小規模農家の切捨て問題である。
 焦眉の急を要する、東日本の大震災と原発被害からの復興問題には、その根底に、この2つの大問題がある。
 農業の実態を報道するばあい、この2つの大問題との関わりを無視すれば、それは、うわべだけを捉えた浅薄な報道になってしまう。

 21日には、輸入米を消費者に直接売るようになった、という消費地での実態を報じている。いままで「日陰者」扱いされてきた輸入米が表舞台に登場した、というのである。
 だが、しかし、何故いままで「日陰者」扱いされてきたのか、については何もいっていない。それは不正義だ、といいたいようだ。それは、もっと大量にコメを輸入せよ、という主張になる。
 また、TPP交渉を前にして、国産米への値下げ圧力が強まっている、ともいう。つまり、外圧を利用する値下げである。値下げを期待する消費者を味方につけて、TPPに加盟しよう、という主張が透けて見える。
 ここには、TPPに加盟すれば、いまでも危機的な水準にある日本の食糧自給率がさらに下がって、食糧安保があやうくなることに対する危機感がない。この危機感を持っている多くの消費者は、TPP加盟に反対している。だが、そうした現場の声は報じていない。

 22日は、輸入自由化にそなえて、品質で対抗しようとしている畜産農家や果樹農家の実態を紹介している。だが、稲作農家がでてこない。
 いまの主要な問題は、TPP加盟による輸入自由化で食糧自給率が下がり、食糧安保が危うくなる、という問題なのである。だが、この連載には、この視点がない。だから、事態のうわべだけをたどる浅薄な記事になっている。
 肉や果物の自給率が維持されるからといって、安心はできない。全国民的な社会問題としての食糧安保問題は、コメの自給率の問題なのである。
 もちろん、全ての農産物の品質は、いい方がいい、にきまっている。しかし、食糧安保の問題は、嗜好品としての食糧ではなく、カロリー源としての食糧の問題である。だが、この連載には、この視点がない。

 23日と24日は、大規模化と直販を取り上げている。さすがに、大規模化さえすればいい、という主張は、現場の実態からはでてこないのだろう。そこで、農協の共販ではなく、直販がいい、という主張がでてきたのだろう。
 だが、直販は「意欲を持ち合わせた」若い農業者のいる大規模農家だけができることだという。
 その一方で、小規模農家が農協の共販に加わっている実態も、無視できないでいる。だが、そうした農家は「意欲がない農家」だ、といいたいようだ。小農切捨て論だし、全く失礼な言い方である。大新聞が、農村で嫌われている理由は、ここにある。
 大新聞は、小規模農家も食糧自給率を上げ、食糧安保に貢献していることに敬意を表さねばならない。

 結局のところ、この連載は、TPPに参加して輸入農産物の関税をゼロにしても、大規模化して直販すれば充分に対抗できる、といいたいのだろう。しかし、実態を表面的にしか見ないこの主張に、また、小規模農家を邪魔者あつかいするこの主張に説得力はない。
 国民が大新聞に期待したいことは、食糧自給率を上げるために、大規模農家も小規模農家も協力しあって、コメを大量に増産し、米粉パンや飼料にしようとして苦闘している現場の実態を、生々しく報道することである。そして、TPP加盟は、この動きに逆行する、という現場の声の報道である。


(前回 TPP問題の核心―政治的対立のもとでの経済統合

(前々回 TPP問題の核心―輸入米は旨くて安いけれど

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(2012.03.26)