食糧安保は、安全保障政策の重要な一部である。非常時に備える政策である。平常時には貿易が円滑に行われていても、非常時になれば、食糧のような重要物資の貿易は停止される。つまり輸出が禁止される。
輸出禁止は、各国がもっている固有の国家主権である。それを否定する国はどこにもない。そうした輸出禁止の事態になるのは、それほど珍しいことではない。そうした非常の事態に備えるのが、食糧安保政策である。
非常時には、円滑な貿易は期待できない。だから、「農業生産の増大」が重要なのではなく、貿易に依存しない「自国の農業生産の増大」が重要なのである。「自国の」を入れるか入れないかは、大きな違いになる。
「貿易の円滑化」は平常時のもので、非常時にそれは期待できないのだから、たんなる「農業生産の増大」や「貿易の円滑化」は、食糧安保とは無縁のものである。これが「サガン宣言」では分かっていない。
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APECには、アメリカやオーストラリアなどの食糧輸出国が加盟している、同時に日本や韓国などの食糧輸入国も加盟している。
アメリカの国益を考えてみよう。いまアメリカは、大統領が先頭に立って、輸出倍増による経済の建て直しをはかっている。食糧輸出の増大は、輸出倍増の重要な手段である。
一方、日本や韓国などの食糧輸入国が、食糧安保のために自国で食糧を増産すると、それだけアメリカからの輸入量を減らすことになる。これはアメリカの国益に反する。この問題をAPECの食料安保担当相たちは、どう解決するのか。議論すべきは、この点ではなかったか。
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この矛盾を解決する方法は、2つしかない。日本などの輸入国は、アメリカなどの輸出国の国益を重視して、自国の食糧生産を縮小して、食糧安保を放棄するか、それとも、輸出国の国益を損なうが、自国の農業生産を増大して、食糧安保を堅持するか、である。
この会合は、自国の食糧安保に責任を持つ大臣の会合だから、前者の選択はない。つまり「農業生産の増大」と「貿易の円滑化」ではなく、「自国の農業生産の増大」にすべきだったのである。
それは食糧主権に直結するものである。そのことを、各大臣は自覚しなければならなかった。
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WTO農業交渉での日本提案は、「21世紀は、様々な国や地域における多様な農業が共存できる時代であるべきである」といっている。つまり、各国は自国の農業生産を維持し増大すべきだ、という考えである。これが、日本の食糧安保についての基本的な考えである。この考えをAPEC加盟各国に浸透させねばならない。
この考えに立つなら、たんに「農業生産の増大」ではなく、「各国の自国の農業生産の増大」でなければならない。
この考えをアメリカやオーストラリアに浸透させるのは、至難のわざかもしれない。しかし、そうしないかぎり、食糧安保の担当大臣が会合しても意味がない。
21か国・地域の会合だから、妥協はやむをえない。だが、充分な議論の末での妥協だったとは思えない。だから、せっかくの宣言が、わけの分からぬものになってしまった。
【※ 「カザン宣言」はココ】
(前回 TPP参加に反対と賛成の団体一覧表)
(前々回 食糧安保を軽視する朝日新聞)
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