コラム

「正義派の農政論」

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【森島 賢】
脱原発デモと経団連が政治を動かした

 昨日、「再稼動反対」の大きな声が国会を包囲した。6月8日に野田佳彦(衆、千葉4)首相が大飯原発の再稼動を発表してから、反対のデモが急速に広がった。昨日のデモ参加者は20万人(主催者発表)にまでなった。
 それに応ずるかのように、政府は、原発政策の決定を先送りするようだ。つまり、政府は、将来のエネルギー供給における原発の割合を、8月末までに決める予定だったが、それを先送りする。
 これは、昨日のような脱原発の世論を考慮した決定のようだ。だが、それだけではない。経団連の反発(本文下の注)を考慮した決定でもあるだろう。
 政府は、昨日のデモなどで示された脱原発の世論の高まりと、その世論に背を向ける経団連との板ばさみになって、結論を出せないでいる。デモと経団連が対峙して政治を動かした、といっていい。

 原発推進を主張する経団連の言い分は、こうである。
 エネルギーの供給量を増やさなければ、経済成長はできない、という。それなのに、政府はエネルギー供給量を減らして、経済を成長させようとしているが、それは無理だ、という。
 ここには、経済至上主義ともいうべき考えがある。国民生活の安全よりも、経済成長の方が大事、という考えである。世論はこの考えに真っ向から反対している。

 百歩ゆずって、この考えを認めたとしても、ここには、省エネの考えがない。従来のように、エネルギーを大量に使う経済成長しか考えていない。
 弾性値(エネルギー供給量の伸び率と経済成長率との比率)がマイナスになることは矛盾だ、と言いたいようだ。だが、そうではない。まさにマイナスを狙っているのである。エネルギー供給量を減らして、経済成長を図ろうとしているのである。このところが、原発推進に前のめりの経団連には理解できない。

 経団連は、原発比率を高めて、エネルギー・コストを減らしたい、という。
 だが、原発のコストは、決して安くはない。安いといいたいのなら、森林など、すべての土地の除染のコストや、原発から出る放射性廃棄物の最終処分のためのコストを計算してから言うべきである。
 森林の除染コストは、莫大な金額になるし、最終処分は、その方法さえも分かっていない。

 それ以前に、重要なことは、いうまでもなく、原発の安全性である。福島原発の事故原因は、1年4月もたっているのに、未だに分かっていない。
 人災だ、という事故報告書もある。それなら、事故を起こした人は、その責任を負わねばならない。そうして、責任者を入れ替えねばならない。だが、そうしていないし、そうすれば安全だ、とも言いきれない。それ程までに、原発事故は人智を超えている。

 除染といっても、汚染された放射性物質を1か所に集めるだけである。集めた所で放射能を放出し続ける。だから、それを受け入れる所を探すのは、困難を極める。
 さらに、原発から出る放射性物質を最終的に、どこに置くのか。最終処分場といっても、放射能を無くすような処分をするわけではない。そんなことは、科学的に不可能だ。ただ集めておくだけである。そこで放射能を出し続ける。

 以上のように、経団連の主張は、電力は安ければいい、そのためには原発が必要だ、というものである。安全性を無視し、原発を推進して、自分の利益を増やそう、というのである。
 こうした身勝手を許しておく訳にはいかない。政治が動かないのなら、また、連合などの労働組合が動かないのなら、個々の人たちが国会を取り囲んで、原発の「再稼動反対」を叫ぶしかない。昨日のデモの参加者は、そのように考えたのだろう。

 このようなデモをしなければ、政府は、今後つぎつぎに原発を再稼動するだろう。政党や労働組合が、その機能を失って、再稼動を阻止できないのなら、デモで阻止するしかない。
 デモは、福島の苦難がなくなるまで、続くだろう。政府が再稼動を断念するまで続くだろう。そして、再稼動をするたびごとに、盛り上がっていくだろう。


経団連の「エネルギー・環境に関する選択肢」に関する意見は下記URLより閲覧できます。
本文はコチラから
参考資料はコチラから

(前回 消費増税、原発、TPP、オスプレイ

(前々回 過去最大規模の反原発集会

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(2012.07.30)