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新幹線が走る線路のすぐ隣で田植え体験
◆1年間楽しんで、イネを育ててほしい
普段、農業と身近に接することのない東京都心の人たちに、農業の楽しさを知ってもらい自然とふれあえる機会を作ろうと始まった水田交流プロジェクト。2年前に地域住民らは発泡スチロールで稲を育てたがうまくいかず、「せっかくなら田んぼをつくってしまおう」と、首都圏で屋上農園や農畜産物直売イベント(マルシェ)などを手がける(株)銀座農園の協力を得て、昨年本格的な田んぼをつくった。
田んぼは港区スポーツセンターの敷地内、JRの車内からも見える場所に設置。土は昨年、実際に魚沼産コシヒカリを作付けしていたJA北魚沼のほ場からダンプ2台分を輸送した。
昨年1年間、多くの人が稲の生育を見守り、高い関心を集めたためか、この日の田植え体験への参加希望者は昨年よりも増えた。
植えた苗は、▽魚沼産コシヒカリ、▽紫式部(古代米)、▽北陸12号(酒米)、▽ひとめぼれ(秋田県にかほ市の提供)の4種類。JA北魚沼の坂大貞次経営管理委員会会長は、「稲を育てるのは大変だが、虫や鳥が集まり花が咲いたりするのを1年間楽しんでください」と呼びかけ、自らも田植えのやり方などを指導し、都心の人々らと交流を深めた。
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田植えのやり方を教える坂大会長
◆JA、町会ともにより積極的に
プロジェクト2年目を迎え、都市と農業・農村の交流はより深まっている。というのも、昨年はほとんど収穫がなかったからだ。JA、芝浦町会、ともにより積極的になった。
「芝浦田んぼ」は地域住民らが気楽に集まり、誰でも参加できるものにしようと、稲の管理は基本的に地域の人々が行った。JA北魚沼の職員も何度か訪れて管理や助言をし、秋には稲刈りとJA農産物の直売会をあわせた大々的な収穫祭を行ったのだが、スズメの被害などが甚大で収穫量はほとんどなかった。
坂大会長は「JAとしてもできるだけ協力して、管理を行き届くようにしたい」と話すが、町会も管理体制を整える。
昨年は田んぼのある1丁目町会が主に管理していたが、今年はそれを広げ、1〜4丁目町会と商店会でつくる協議会が幹事となる。
プロジェクト発案者の1人でもある芝浦海岸町会・商店会連絡協議会の中島恭男会長は「昨年は本当に多くの人が興味を持ってくれて、お米は1年かけてじっくりつくるんだとというのを知ったと思う。今年は1丁目だけじゃなく、芝浦のみんなのイネを、みんなでかわいがりたい」と話す。
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「芝浦田んぼ」の成功とさらなる交流を誓うJA北魚沼、芝浦町会、港区芝浦港南地区総合支所、銀座農園のみなさん。
◆「新潟ではどうやってイネを守るの?」
この日、田植えの指導や農産物の販売のため、JAからは山田猛営農経済部長、森山賢一営農企画課長をはじめとした職員数人と、JAの古田島喜一水稲部会長はじめ3人の生産者が参加したが、町会長らは「網を張ってはどうか」、「カカシ以外に有効な鳥除けは何か」、「そもそも新潟ではあんなたくさんのイネをどうやって被害から守っているんだ」と、現場の知識や技術に興味津々。生産者らも「日照不足気味なので、その対策を」などとアドバイスしていた。
とある母親は、「なぜ水をはるの? タネから植えてはダメなの?」と、一緒に参加した子ども以上に真剣にJA職員へ尋ねる場面もあった。「昨年は見ていただけだったが、今年は秋までずっと参加したい」といい、バケツ稲を家でも育てるともらって帰っていった。
企画者の1人である芝浦の近藤誠さんは「発泡スチロールでやったのを含めれば、2年連続で失敗している。本当に悔しい。今年こそ絶対収穫して、秋にはおいしいお酒を飲みたい」と、成功を誓っていた。
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