協同組合運動が地域に果たす役割を考える
◆協同組合が試される時代
3月に発生した東日本大震災によって今年度の農協人文化賞の表彰事業も10月に延期された。
シンポジウムでは岩手県・JAいわい東の鈴木昭男組合長や福島県・JA東西しらかわの鈴木昭雄組合長から被災地支援への感謝が述べられるとともに、津波で甚大な被害を受けた沿岸部への支援、原発事故の風評被害払しょくへの取り組みなどが報告され、とくにJAいわい東の鈴木組合長は「沿岸部の立ちゆかなくなったJAに対して、地域外の農協、ということではすまない」と指摘した。被災地では仮設住宅用地の確保もままならず隣接する同JA管内の土地が活用されたり、移住を考える住民も多いという。鈴木組合長は「復興には協同組合の精神が大事。JAの基盤をもっと広域で確立しなければならないのではないか」と指摘した。
鳥取県の坂根國之JA鳥取中央前組合長も「大震災によって協同組合の理念が非常に注目されている。将来に向けて試されている」などと語った。
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受賞者の実践報告をもとにディスカッション
◆TPP、どう対抗するか?
その一方、TPP(環太平洋連携協定)参加問題が大きな焦点となっており、JAグループは消費者団体や漁協などとともに、この日、大規模な参加断固反対集会を開いた。
一般文化部門特別賞を受賞したJA全中の廣瀬竹造元副会長はWTO(世界貿易機関)農業交渉の先頭に立ってきた経験をふまえ「WTOからTPPまで日本農業いじめの米国の政策が絡んでいる。弱者いじめの交渉であってはならない。世界のすべての農業者が幸せになれる公平、公正な協定でなければならない」と強調し、「生産者のために協同の力をなんとしても発揮して日本農業を守っていかなければ」と訴えた。
また、JAおちいまばりの元運営委員会会長の梶原雍之氏はこれまでの農産物貿易自由化交渉をふまえて「対案を示すべき」と指摘。WTO交渉に臨むにあたってEUが共通農業政策(CAP)改革を行って直接支払い制度を導入するなど、米国に対抗する戦略を打ち出してきたことを強調。TPP問題についても「日・中・韓の連携を日本がリードして枠組みをつくり、そこに米国が入るかたちを考えるべきでは」などと提起した。
今回から創設された国際交流賞を受賞した玄義松・韓日農業農村文化研究所代表は「『身土不二』(人間の身体はその土地で生産された農産物と不可分=その地域で生産された農産物を食べることが人間の基本、との考え)は400年前からわが家にある言葉。身土不二で農業を守ることが国を守ること」と話し「アジアに1つの経済圏をつくる必要がある。そのためには日・中・韓の民間レベルの交流を活性化することが大事では」と強調し、農業者、農協の国際交流の重要性を指摘した。
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思いをいかに地域に伝えるか
◆農業協同組合の課題
国内外ともに正念場ともいえる課題が山積するなか、シンポジウムでは現場でどう課題を捉え、その解決策を打ち出していくかの問題提起と議論が行われた。
元JA全中職員の石原健二元立教大学教授は、介護保険など福祉政策を含めて欧州では「家庭と市町村など自治体の間にある共同体の役割発揮をするのが協同組合」と紹介しつつ、一方で消費税導入によって経済事業体としての協同組合の弱体化が進められてきた経過にも警鐘をならした。
現在、国内で社会保障制度改革や復興財源をめぐって消費税増税が議論されている。しかし、消費税導入から20年以上経つなか、総合商社などが流通を握り、多段階に分かれていた流通の垂直統合化が進められてきたのが実態だと指摘。単協、連合会、全国組織といった機能分担が、一方ではそれぞれの段階での税負担が発生し協同組合の競争力を失わせることにつながっていると強調した。石原氏は「農協組織としてもっと消費税を問題にすべき」と強調するとともに、生産者と消費者が直結する仕組みをどう構築するかも農協組織の課題ではないかと提起した。
こうした指摘をふまえて農業振興と農協事業のあり方の課題として指摘されたのが「組合員目線での事業運営」(JA東西しらかわ・鈴木昭雄組合長)。鈴木組合長は「スピード感をもって組合員の要望に応えることが大事」だと話し、米の買取販売による有利販売や、効率的な事業運営をめざしたJA-SSの「土日限定営業」などの実践を紹介した。 栃木県・JAはがのの杉山忠雄前常務は「おらが農協、という感覚が組合員に薄まっている」としてJAに対する信頼回復のための地道なコミュニケーション活動の重要性を説いた。
また、福岡県・JAふくおか八女の松延利博組合長はJAの販売力強化に向け消費地のニーズを把握するための「出口」調査を重視していると話した。共同販売をするにも「出口がはっきりすれば安心して生産できる。JAの取引力を高めることになる」とした。
JAおきなわの謝花美義経営管理委副会長は離島の農業について、園芸作物の生産も可能だが運送コストなどがかかることから「島で作り島で加工する」ことが重要で、精糖工場を復活させて、サトウキビ生産と特産品の黒糖製造に力を入れていることなどを報告した。
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参加者からも女性参画や、教育について問題提起も
◆待ったなし、女性の力の活用
今回のシンポジウムでは女性の力をいかに活用するかも熱心に議論された。
長野県・JA松本ハイランドの望月直道前専務は組合員の世代交代や増加が課題となっているなか、「女性部が中心となって仲間が仲間をつくっている」と報告、組合員に占める女性の割合は約29%に達し3年前の2倍近くに増えたことを報告した。
広島県・JA広島北部の岩崎正司前組合長は昭和37年からのレタス生産は女性の力で実現し女性部の取り組みが地域農業を大きく変えたことを指摘した。また、島根県・JAいわみ中央の本田誠次組合長は女性部が消滅した集落で最近、それが復活し90名近くまで部員が増えてきたことを紹介。JAは廃止した施設をふれあいセンターとして再活用、大根漬けをJA職員とともに製造し過疎地に元気を出していることを報告した。
女性部など組合員だけでなく、女性職員の活用をもっと積極的に、との提起もあった。
兵庫県・JA兵庫西の榎淳子前専務は女性職員だけの支店を開設。地域をきめ細かく巡回するなどの取り組みで「全支店のなかでも1位、2位をあらそう支店」になったという。
「組合員の気持ちをJAが察することが大事というなら、女性職員の登用などもっと柔軟に発想すべきではないか」と話した。
この点については鳥取県の坂根氏も直売所やAコープ店の店長などに女性を登用して組合員の期待に応える実績を挙げてきたことを紹介、「仕事の内容を考えて、女性か、男性かを選択、それぞれが能力を発揮してもらうことが大事では」と述べた。
その一方、高知県・JAコスモス福祉生活部の中村都子氏は「女性理事を何人誕生させるかなど数値目標は今は問題ではないのではないか」と提起。むしろJA運営に責任を持つための自信を身につける学習、経験を重視すべきときで、「まさに人づくり、教育が急務」と強調した。
また、人づくりに関しては、地域の男性による助け合い組織も立ち上げたことを報告。男女とも地域に役立っているという意識を持つことが今後の農村を支えるうえで重要と指摘したほか、坂根氏は子供や若い女性たちに「自分たちの農村地域のすばらしさを実感してもらい発信していく地域内教育・広報活動が重要だ」と強調した。
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現場の実践に耳を傾ける参加者
◆実践者の思いをいかに地域に伝えるか
長野県厚生連の盛岡正博理事長はこうした議論をふまえて「共同作業の重要性が指摘されたと思う」と述べ、佐久総合病院元総長の故若月俊一氏が掲げた「農民とともに」を挙げ、上からの目線ではなく協同の視線が医療にも求められていることを指摘した。
議論をふまえ司会の石田正昭三重大教授は「教育が大きなテーマ。協同組合をよりよくするには優れたリーダーシップとメンバーシップを発揮することが大事でそのためには組合員、役職員教育が重要になる。自分の思いをかなえてくれる後輩たちをいかにつくっていくかが課題だ」と強調した。
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石田正昭・三重大教授
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