◆実は多い高齢者の低栄養
このシンポジウムは高齢者の栄養を改善することで健康維持を図り、加齢による疾患の「治療」から「予防」へと高齢者対策の基本を転換していこうというのが目的。昨年も開催し、高齢者対策の財政負担を軽減する解決策としても、この「栄養面」の改善で健康を増進していくことに着目している。
葛谷教授によると、米国で70歳以上の約7500人の生存率を追跡調査した結果では、ヤセの人が正常・肥満の人より早く亡くなっていたという(グラフ)。
日本人の65歳〜79歳の寿命を11年間追跡調査した結果でも、BMI(国際的な肥満度指標。体重÷身長の二乗)が「低い」人の死亡リスクが「標準」以上の人にくらべて高いことが示されていると報告した。
「肥満は健康に悪い」とつい考えてしまうが、高齢者の場合はむしろヤセ、すなわち「低栄養」に注意を払う必要がありそうだ。
実は低栄養による栄養障害を抱えている高齢者の割合は現在、自立した元気な高齢者では1〜5%なのに、在宅の要介護認定者では20〜30%、老人ホームなどの入所者では30〜50%にもなると葛谷教授は報告した。
(グラフ:名古屋大学大学院 地域在宅医療学・老年科学(老年内科) 葛谷雅文教授作成)
◆栄養管理が介護予防の鍵
低栄養は死亡リスクを高めるだけでなく、抵抗力が弱まって肺炎などになりやすくなることや、傷の回復の遅れ、貧血、骨粗鬆症など、さまざまなリスクがあるという。
そのため、高齢者が低栄養にならないよう栄養管理が大切になるが、実は低栄養それ自体が「要介護」となるリスクであることも分かっている。
葛谷教授によれば、「要介護となるのは病気だけでなく“虚弱”が要因の人も相当数いる」と指摘。
「虚弱」の定義は[1]栄養[2]身体能力障害[3]筋力低下[4]うつ[5]身体活動の低下―のいずれか3つにあてはまることとされている。この定義からも「栄養」が大切なことが分かる。
さらに、「虚弱」以外に転倒や骨折に大きく影響する「サルコペニア」(加齢による筋力の低下)も要介護となる要因のひとつで、それは運動不足に加えてたんぱく質の摂取不足も関係しているという。
つまり、「要介護」となるリスクには栄養状態が大きく関係しており、葛谷教授は「今後、介護予防として極めて重要なカギを握る」と高齢者の栄養改善の重要性を強調した。
◆粗食のすすめは正しい?
では、具体的に低栄養を防ぐにはどのような食事が望ましいのか。 葛谷教授は「肉や脂質の摂取不足による筋肉の衰えが、サルコペニアや虚弱につながりかねない」として、高齢者はとくに動物性たんぱく質と脂質の摂取が必要だという。
「『肉や卵は健康に悪い』とか『油はいけない』というニュアンスが社会の中にあって、お年寄りが摂らない傾向にある。豆腐など植物性たんぱく質を摂っているという人は結構いますが動物性たんぱく質も重要です」
また「脂質はたんぱく質と同じ量を摂ってもカロリー摂取の効率もよい」ため、成人と同じ食事量を摂るのが難しい高齢者にとってのメリットだとも話す。
もちろん心筋梗塞にかかったことのある高齢者や糖尿病患者に肉や油の摂取を過度に勧めることはできないし、逆に“これをこれだけ摂ることがよい”とはなかなか断定的にいえないが、若い頃に健康診断などで肉や脂質を控えるよう指摘されたからといって年を取っても同じ食事が望ましいとは限らないという。
◆イメージを改めることは必要
日本人の人口構成の中で、今後、唯一増えるのは75歳以上の後期高齢者であることが厚労省のデータからも明らかとなっている。高齢者人口に比例して増え続ける社会負担を軽減していくためにも、「生活支援」や「介護」といった対策だけでなく、自立して生活できる「元気高齢者」を増やしていくことが今後さらに重要だ。
国としても高齢者が住み慣れた地域で在宅での暮らしを継続できる社会の実現を目指している。そのために「介護予防」は重要視されており、高齢者の栄養を考えていくことはまさに重点課題といえるだろう。
ただし、葛谷教授の報告からみえてきた問題は、低カロリーが支持される社会の中で高齢者の食事も同じように考えられてきたことや、粗食は高齢者にとってもよいとする介護・支援者側の“固定観念”が低栄養の高齢者を助長しているという点ではないだろうか。 高齢者の低栄養問題を解決するためにはこういった根拠に乏しいイメージにとらわれず、高齢者にとって望ましい食事とは何か、いつまでも元気でいられるための食事はどんなものなのかを改めて考える必要もあるだろう。
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