◇政権交代システムへ
史上はじめて選挙に基づく政権交代が起こった。社会主義国に近い事実上の一党支配が半世紀も続いたのは日伊のみで、冷戦の落とし子だが、その冷戦体制が終わって久しい新たな激動時代、政権交代システムへの移行は歓迎すべきことだ。
そのうえで課題は第一に、自民党が再生し政権交代システムを担いうるかだ。第二に、今回の選挙で自公民と共産・社民等の間の議員数は微動だにしなかった。いいかえれば統治システム内部での政権移行に過ぎなかった。民主党のマニフェストは威勢よかったが後退相次いでいる。そのような時、統治システムの外野席からの「健全野党」の声は極めて貴重である。民主党は政権交代を至上として衆議院比例定数の80削減を掲げているが、それでは少数党は潰滅する。これが民主党政策最大の難点である。
◇自民党システムとその自壊
自民党は長期政権下で高齢化し、若返りを小選挙区対応の世襲制で果たそうとして劣性化し、順送り人事で人材は払底した。偏差値的にも東大卒の自民党総裁は宮沢をもってすでに1993年に終わり、最後は漢字も読めなくなった。しかし根本は人や学歴ではなく、自民党システムそのものの自壊である。
自民党システムとは、
(1)冷戦体制下で日米安保体制を外枠とし、相対的に軍事費負担を軽減して経済成長に邁進する。
(2)高度成長から取り残される周辺部に対して、高度成長のおこぼれを分配する社民的政策を行うことで社会的緊張を緩和する。農政と公共事業はその代表例だ。
(3)地縁血縁に基づく個人後援会を通じて社会の隅々にまでネットワークを張り巡らす草の根保守主義であらゆる要求を吸い上げる。
(4)官僚機構の上に乗っかった官庁・族議員・業界の「鉄の三角形」を通じて利害調整し、その見返りに集票する、の四点だ。
しかるに、高度成長の終焉、冷戦体制の崩壊、グローバル化は、(1)の限界をあからさまにし、(2)の必要性を薄め、財政的な余裕を奪った。後援会も高齢化し、さらにグローバルな自由競争は「ばらける個人」を生み出して(3)をむしばんだ。(4)は超長期政権下で既得権益と官僚の堕落・不祥事を発生させ経済効率の阻害物に転じた。利益共同体にあっては「カネの切れ目は縁の切れ目」だ。こうして戦後日本にとってそれなりに合理的だった自民党システムは、次第に時代と齟齬をきたし、自壊し始めた。
(写真)10月26日に開催した臨時国会。(写真・内閣府提供)
◇自民党システムを破壊した小沢と小泉
このような自民党システムを経世会(田中→竹下派) のそれと同一視し、新自由主義を武器に「自民党をぶっ潰せ」と叫んで登場したのが小泉だった。小泉は、(1)について靖国参拝等でアメリカ保守を激怒させつつも、その枠組みを強化し、(2)を構造改革で徹底的に破壊し、(3)を劇場型政治に変え、(4)を財界直結の経済財政諮問会議による超国会・超内閣のトップダウンで突き崩した。彼は「経世会=自民党」を「ぶっ潰す」つもりで、自民党システムそのものをぶっ潰してしまった。
のみならず彼は日本の地域社会までぶっ潰してしまった。それに対する国民の反発を鋭くキャッチした小沢が2003年に民主党に合流し、小泉自民党と新自由主義を競っていたそれまでの民主党に反新自由主義的な要素を持ち込み、併せて経世会仕込みの選挙戦術も持ち込み大勝した。末期自民党も新自由主義からの軌道修正を図ったが、時既に遅かった。
小沢が内側から刳り抜いていた自民党システムを自爆させたのが小泉という役回りだ。
(写真)鳩山総理の所信表明演説。(写真・内閣府提供)
◇民主党システム
民主党は、(1)については日米安保よりも国連の集団安全保障体制を重視し、それを根拠に憲法を変えずに海外派兵しようとする点でより危険な面をもつ。(2)については企業中心の成長路線よりも個人への直接給付による所得再配分を重視する。(3)については、前述のように経世会流のドブ板選挙の手法を自民党からそっくり民主党に移植した。(4)については意思決定の官から政(民主党)への転換を果敢に図ろうとしている。これら民主党システムのほとんどが小沢に由来する点は注目すべきである。
他方で、その出自からして民主党の政策には新自由主義と反新自由主義が奇妙に混在している。であれば国民が後者の面に働きかける余地も残されている。農政についてみると、なまじ日米FTAの締結など口走ったために、かえってやりずらくなった。また株式会社の所有権取得についても、国会修正で「耕作者」の文言にこだわり、自らの手を縛った。これらの点は農業サイドが目を光らせている限り下手なことはできないだろう。
◇戸別所得補償政策の問題点
同党は、生産費と価格の乖離を恒常的・構造的とみて、戸別所得補償を目玉にしている。乖離の原因は、生産調整政策の弛緩と、米価下落による消費者の低価格志向の定着にあるが、同党は価格支持政策は行わない、いわゆる生産調整は行わないということだから、価格下落をその原因のところで止血するものでない。
非主食用の水田作物にもそれなりの助成はなされるが、需給調整としての生産調整の効果は間接的であり、あったとしても未知数で、過剰→価格下落の可能性が大いにある。
価格支持措置を伴わない戸別所得補償は次の点が懸念される。
第一に、価格下落に歯止めがなく、下落は同政策が補償する下では、業者がコメの買い叩きに出る可能性がある。第二に、価格下落は消費者負担を減らすと言うが、下落すれば補償額が増えて国民の税負担が耐え難くなる。第三に、農業者の経営意欲は補填額より価格水準を指標にするので、その喪失を招く。第四に、価格下落を補償する仕組の導入は、WTO交渉に先立ち「日本は関税引き下げを受け入れる用意がある」というメッセージを発信するに等しい。
生産費と価格との差額の不足払い政策は、生産調整・需給調整・価格支持政策とセットになることで初めて以上の懸念を払拭することができる。
◇地域的・面的な改革と担い手の確保を
自民党農政下の経営所得安定対策は面積要件を付す選別政策をとった。戸別所得補償政策が販売農家を対象とする点は一応は非選別的と評価できるが、全国一律の単価設定は地域階層選別的に作用する。
日本の構造政策は一貫して個別の規模拡大と協業の助長を二本柱としてきた。経営所得安定対策も面積要件をクリアできない農家や地域には集落営農や法人化の受け皿を用意した。その結果、当面は経理一元化だけのペーパー集落営農も多いが、やる気のある地域では協業化の気運が醸成された。農協など地域の努力による選別政策の希釈化である。
しかるに戸別所得補償政策は、生産目標数量さえ達成すれば後は何もしなくてもカネがもらえる政策だ。「何もしなくても」どころか、面倒な集落営農から抜けて個人でカネをもらう、貸していた農地を取り戻してカネをもらうという動きを助長している。
戸別所得補償政策は先の(2)の個人給付の系列に属する。そこには地域とか協同、協業という面的契機は論理的に入らない。「ばらける」個人への直接給付は「ばらまき」に通じる。直接支払い政策は構造政策を完了した国が採る政策であって、日本はまだその段階にない。そして日本の構造政策は地域的面的政策を伴い、それを担えるのは農協しかない。民主党は農協中央の自民色を嫌うが、単協・組合員まで敵に回すことはない。協力して地域農業の持続的な担い手確保に向けて最善を尽くす必要がある。
(太字は編集部)
【略歴】
(たしろ・よういち)
1943年千葉県生まれ、1966年東京教育大学文学部卒、博士(経済学)。農水省、横浜国立大学を経て、2008年より大妻女子大学社会情報学部教授。最近著に『混迷する農政 協同する地域』筑波書房。