【小松泰信・地方の眼力】それでも地方は熱く生きている2017年9月13日
「言いたいことを言うのは権利の行使」だが「言わねばならないことを言うのは義務の履行」と、言論人の心得を残したのは、昭和初期、個人雑誌「他山の石」に数多くの論説を発表し、軍部の独走や言論抑圧を批判した新聞記者桐生悠々(1873~1941)である(東京新聞、9月9日夕刊)。
◆官邸、パーティー、要注意
日本農業新聞(9月6日)一面に〝首相、全中会長と会談〟という見出し。JA全中の中家会長らJAグループ代表が5日、安倍首相と官邸で会談したことを紹介している。「われわれは今、一生懸命、自己改革に取り組んでいる」と会長が伝えたら、「一緒にやりましょう。農業は非常に大事。国の基だ」と答えたそうだ。いつものことながら、「国の基」とか「瑞穂の国」とか、やっていることと真逆の、そして極めて重い言葉を平気でいえる厚顔無恥ぶりには、怒る気にもならずただただ感心するばかり。
同紙三面では、JAグループや友好団体の役職員、国会議員ら500人が出席した会長就任パーティーの模様を伝えている。会長の「自己改革を何としても完遂しなければならない」との決意表明をうけて、斎藤農相は「農協が新しいチャレンジを展開してくれるのではないかと大いに期待している」「このような観点からであれば、政府も一体となって、全力で応援していきたい」と述べたそうである。前放言大臣とは違って、そつのないスピーチだったようだ。今のところは。
ところで翌7日の同紙によれば、首相はこの官邸訪問団を「異例の厚遇」(政府関係者)で出迎え、「一人一人と握手し、写真撮影にも応じた」そうだ。自民党関係者でなくても「選挙」の二文字は浮かんでくる。ツーショットを「家宝にします」なんていったら、「阿呆にします」からくれぐれも御用心。
同席した二階幹事長は、「農協と自民党との政策がぎくしゃくしてはいけない」と記者団に語ったそうだ。ならば腰の重い農水官僚や規制虫を早急に駆除して、農業に携わる人々に拍手で迎えられるような政策の提示に努力すべきである。
パーティーには与党幹部が〝集結〟し、「どこの大物議員のパーティーかと思った」という出席者の言葉が添えられている。官邸での厚遇や宴での美辞麗句、どれにも農業協同組合関係者に自分の立ち位置を忘れさせる媚薬が盛られていることをお忘れなく。
◆自己改革の完遂と是是非非
『家の光』(10月号)に掲載されている、会長インタビューには氏の考えが端的に示されている。自己改革の完遂を自分自身の最大の使命とし、「全JA役職員における危機意識の共有」と「組合員から評価される自己改革」を課題にあげている。
そして自主自立の組織として、いわれなき批判には毅然とした態度で、政府主導の「農協改革」には是是非非で、それぞれ対応することを明言している。注意すべきは是是非非の姿勢である。農家のためになる政策であれば「是」、そうでないものは「非」とのことだが、現政権は、是と非のセット販売という卑怯な手口を常套手段としている。非のために是を捨てる覚悟があるのかどうか。あるいは、是を取るために非を受け入れるのか。その選択が、早晩問われることになるはず。非を含むセット販売は全否定で臨むべし、が当コラムの考え方である。なぜなら、是は非を飲ますための餌でしかない。一度食せば善悪判断神経細胞は破壊される。
◆宮崎からのエール
全国か地方かを問わず、8月4日のほとんどの新聞社説が内閣改造と自民党の役員人事を論じていた。唯一、全中会長内定を取り上げていたのが宮崎日日新聞である。中家氏が「おかしいものはおかしいと毅然とした態度で向き合っていく」と述べたことを紹介するとともに、JAグループ宮崎が過日同紙面を用いて、一般県民にも分かりやすいように、JAの組織や事業を解説し、地域の活性化に貢献する方針を鮮明にしたことを素直に評価している。
そして、「農業を基幹産業とする本県にとってJAの存在は大きい。そのJAが積極的に地域と関わる姿勢を県民が歓迎しているのは間違いない。...中家氏にはぜひ、こういう地域密着を進める地方JAの取り組みと実情、世界の情勢を見極め、リーダーシップを発揮してほしい。中家氏は『農業の明るい展望を描けるように全力を傾注し、農家から必要とされる組織を目指す』と表明した。本県としても大いに期待するところだ」と、熱いエールを送っている。
ほとんどの道府県において、農業は基幹産業あるいは主要産業である。会長をはじめ執行部の面々は、媚薬に毒されないためにも〝地域と関わる姿勢〟や〝地域密着を進める地方JA〟というフレーズに込められた願いを重く受け止めなければならない。
◆神楽で熱い。復興を目指して熱い
その地域や地方の熱き息吹を伝える記事二本。
『文藝春秋』(10月号)の葉上太郞氏(地方自治ジャーナリスト)による「ルポ地方は消滅しない」は、岩手から宮崎までの7県16校の神楽に取り組む高校生約300人が広島県安芸高田市で繰り広げた〝汗と涙の神楽甲子園〟を取り上げている。今年1月18日の当コラムでも紹介したが、同市が位置する広島県西部の山間部(芸北地域)では、「神楽はプロ野球の広島カープに匹敵するほど人気のある伝統芸能」で、今回は二日間で3800人の客が押しかけたそうだ。
「神楽のない生活は考えられない」と、地元に就職して神楽を続ける人。「農協、自営業、郵便局、近くの工場......。うちには同じように神楽のために地元に残った団員がたくさんいます」と語る神楽団団長。どうしても神楽を捨てられず、神楽を続けるために広島県内の大学に進学した大学生。「家族の会話はいつも『神楽』だ。夢は『地元で仕事をしながら、神楽を続けること』」「生涯神楽をしていくために、卒業後は地元で就職したい」と語る高校生。
まさに、神楽愛、地元愛の数々。〝神楽がある限り若者は残り続ける〟の小見出しに偽りなし。
『地上』(10月号)には、今年7月の九州北部豪雨で被災した福岡県東峰村で代々シイタケを生産する川村倫子さんが、「豪雨被害からの再起」と題した手記を寄せている。
建物の被害を含めて損失は1億円。「農業や地域の産業が廃れていくのは本当に悲しいこと」と心情を吐露する。それを乗り越えるべく、「...少なくともわたし、そしてわたしたち家族は、この地で代々やってきたシイタケ農家として、もちろんここで復興します」と宣言。「...実直にやってしっかり稼いで、村に税金を納めて、雇用の場も増やしたい」「農業という仕事は、自分たちのもうけばかり追求していても続きません。...いただいたご恩をお返ししたい」と語り、「〝できる人ができることを〟をモットーに、せめてうちができるだけのことをがんばって、将来、地域を引っぱっていける農家になりたいと思っています」と締める。
余計なコメントはいたしません。ただ訳の分からない連中に向かって、これだけはいわせてください。
「地方の眼力」なめんなよ
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