【小松泰信・地方の眼力】ヒャッカイ-沖縄知事選勝利と屈辱のTAG2018年10月3日
100回目を迎えた当コラムにふさわしい話題は、なんと言っても先の沖縄県知事選挙における玉城デニー氏の勝利。久しぶり快哉の声を上げ、頂き物の純米酒『農民一喜』で祝杯をあげた。
鎌田慧氏(ルポライター)は、東京新聞の「本音のコラム」(10月2日付)で、玉城氏の勝利を「沖縄人のプライドの勝利であり、人間尊厳に無知な強権政治の敗北である」と語っている。これに準えれば、「農業者のプライドの勝利であり、人間の生命に無関心な強権政治の敗北である」と、語れる情況を1日も早く作り出したいものだ。
◆警鐘乱打の識者
そうは問屋が卸さないと、得体の知れぬ三文字が底意地悪く立ちはだかってきた。その正体は9月27日未明(日本時間)、トランプ米大統領と安倍晋三首相の会談によって交渉開始が合意されたTAG(物品貿易協定、実質FTA)である。
当JAcom・農業協同組合新聞(10月1日付)の「緊急企画:許すな! 日本農業を売り渡す屈辱交渉」で三名の識者が、それがもたらすであろう災禍に対して警鐘を乱打している。
堤未果氏(国際ジャーナリスト):「日本国民の食は今後確実に不安にさらされる」「日本政府の悲願である、米国のTPP復帰の条件が、『TPP以上の譲歩』であることを忘れてはならない」
内橋克人(経済評論家):「自動車が日本の『基幹産業』ならば、『農』は私たち人間の『いのち』そのものの『生存条件』である。その食料-日本は穀物自給力をすでに米国の手に委ねてしまった」「いま、私たちは『新たな農的価値』の真意を日米両首脳に突きつけ、高度な再認識を迫らねばならない」
森田実氏(政治評論家):「農業は米国によって蹂躙されてしまうおそれ大である。日本とくに農業を守り抜くためには日本国民が目を覚まさなければならない。......世論の力でトランプ=安倍同盟の日本破壊をストップさせねばならない」
◆危機意識を募らせる地方紙
「日本の自動車産業を守る代わりに農林水産業に犠牲を強いる内容だと言われても仕方あるまい」ではじまる北海道新聞の社説(9月28日付)も、「TAGは事実上のFTAと言えよう。その場しのぎに聞き慣れぬ協定名を持ち出した感は否めない」とする。「対日貿易赤字を問題視する米国がTAG交渉で農業分野の市場開放を求めるのは間違いない。北海道など産地への打撃が心配だ。......生産者の不安は募っている。政府は、不都合な点も含め、交渉に関する情報をきめ細かく開示しなければならない」とする、我が国最大の食料基地からの発言は重い。
中国新聞の社説(29日付)も、「日本にとっては、自動車の追加関税を当面回避するためのやむを得ない選択だったとの指摘もある。ただ、国内の農業がより厳しい立場に置かれることも忘れてはなるまい」とする。そして、TPP(環太平洋連携協定)やEPA(EUとの経済連携協定)が来年にも発効する見通しであることから、「TPPを一方的に離脱した米国にまで農産物市場の開放を確約すれば日本の農家にとっては泣きっ面に蜂である。農業を柱とする地域の衰退や、食料安全保障も危ぶまれる」と、危機感をあらわにする。最後に「政府はTAGの本質を隠す言葉に頭をひねるのではなく、国民に対して正直に真実を伝えるべきだ」と、ダメを押す。
◆JA全中会長に警鐘は届かず
自民党TPP・日EU等経済協定対策本部はTPPと同等の譲歩も認めないことを政府に申し入れていた。ところが、「日米共同宣言」においては、「日本としては農林水産品について、過去の経済連携協定で約束した市場アクセス(参入)の譲許内容が最大限であること」(傍点小松)とされている。このため今後、「最大限」の意味が論点の一つになることを日本農業新聞(9月28日付)が示唆している。
さらに同日同紙に掲載された服部信司氏(東洋大学名誉教授)のコメントも、TPPの内容が守られればよし、と言わんばかりの空気が漂うことに対して、「TPPは日本農業にとって、不利であることに変わりはない。......日本農業への打撃は大きいということは、忘れてはいけない」と、釘を刺す。そして、「米国は一度、TPPから抜けている。そういう相手に対して、安易に『TPPの内容ならば受け入れる』などという交渉はすべきではない。TPPで約束した自由化の水準をいかに下げるかという交渉を、日本政府は追求すべきだ」と、厳しく注文を付ける。
ところが、このコメントのすぐ横に、〝TPP以上の譲歩なし実現を〟という見出しで、中家徹JA全中会長の談話が紹介されている。談話は次の4点に整理される。
(1)農業分野はTPPの水準が限度とする日本の方針の実現に向け、「断固たる姿勢で交渉に臨んでほしい」と求めた。
(2)TPPなど過去のEPAで約束した水準以上の譲歩がないことについて「明確に確認された」と指摘。
(3)共同声明に盛り込まれた個別の内容については、政府に詳細な考え方の説明を求めた。
(4)生産現場の不安を助長しないよう、交渉過程について「可能な限りの透明性確保を徹底してほしい」とした。
これまで紹介した識者と社説氏の見解は、TAGに対する強い危機感と憤りに満ちている。しかし、当事者のトップともいえる中家全中会長の談話からは、そのような雰囲気が伝わってこない。あえて言えば、腰の引けた、遠慮がちのご要望の域を出ていない。他方で、(2)の「明確に確認された」という自信に満ちた談話の根拠はどこにあるのか。この談話記事こそ、生産の現場にもJAグループにも不安を助長しかねない。少なくとも、筆者には不安と不信が明確な形となって現れている。
政府に求める前に、しっかりと自らの言葉でメッセージを発するべきである。
◆まずは一罰
東京新聞(10月2日付)は、「自民党総裁選と沖縄知事選で、地方での首相の不人気が決定的になった。参院選はかなり負けるのではないか」という自民党関係者の弁を紹介し、安倍政権が総力戦で支援した候補の敗北が、与党内に衝撃を与えたことを伝えている。首相は、官邸で記者団に「政府として真摯に受け止め、沖縄振興と基地負担の軽減に努めていく」と述べたそうだ(日本農業新聞、10月2日付)。災いをもたらすこの災相が、「真摯」とか「丁寧」とかを口にするたびに、美しい日本語が穢れいく。
今回の内閣改造では、責任を取らない麻生恫喝大臣の留任や「赤坂自民亭」の馬鹿女将の入閣。ご飯論法の迷手加藤氏に、説明責任も果たせない甘利、下村のご両人、そして消えたはずの稲田氏らが自民党の幹部に座るとのこと。
反省も謙虚さもない、傲慢政権。一罰百戒の教えに従い、まずは全力を傾注して一罰。
「地方の眼力」なめんなよ
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