【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第25回 「子孫に美田を残さず」の国へ(1)2018年10月25日
「子孫に美田を残さず」、老子の有名な言葉である。西郷隆盛の「児孫の為に美田を買はず」という言葉もある。
ところが、私たちの先祖は子孫のために美田を、美林を残そうとした。田畑を肥やし、草一本も生えないように耕す等毎日のように管理して子孫に引き渡し、山には木を植え、下刈り、枝打ち、間伐をする等の管理をして美林にし、何百年後の子孫のために残そうとしてきた。まさに「子孫のために美田を残す」を家訓としてきたのである。
これは老子や西郷の言うことと矛盾しているように見える。
しかし、私は矛盾しているとは考えない。「美田」の意味が違うだけだと思っている。
老子・西郷の言う「美田」は金儲けの手段としての財産のことであり、農林家の残そうとしてきた「美田」「美林」は生産と生活の手段としての財産を意味するものなのである。
いうまでもなく老子は、黙っていてもお金が入ってくるような財産を下手に残すと子孫はそれにたよってろくに働きもせず、ろくな人間にならない、したがって財産としての美田を買い、残すようなことはするなということを言ったものであり、これはこれで正しい。
一方農林家は、子孫のために、自分が恐らく顔を合わせることのないだろう百年後二百年後の子孫も含めて、その生産と生活の基盤としての、生産手段としての田畑を林野を残そうとした。それを受け継いだものもまた田畑を肥やし、整備して、林野に植林をし、育林をしてきた。それを何代も何代も積み重ねてきた。そしてそれが子孫に生産と生活の基盤を与え、日本の農林業を、農山村を支えると同時に、美田を美林を、そして美しい水と川、海を、まさに「美しい国」をつくってきたのである。したがって、「子孫のために美田を残す」ということも正しいと言うことになる。
美田、美林で彩られたかつての農山漁村、日本の故郷は美しかった。家々のたたずまいは貧しかったけれども。
アニメ映画『おもひでぽろぽろ』に出てくる山形市高瀬地区の傾斜に沿って曲がりくねった細い道路沿いに点在する家々と棚田、段々畑、同じく『となりのトトロ』に出てくる狭山台地の里山と広がる畑などはその美しさをなつかしく思い出させてくれる。
その昔、この故郷から出ていかざるを得ない人たちがいた。次三男だから、娘だから、口減らしのために外に出ざるを得なかった。さらに1980年代以降になると、長男まで故郷を捨てざるを得なくなった。農林業では食えなくなってきたからである。もちろん大都会にあこがれてあるいは自分の能力を別のところで発揮するために自らの意思で出ていく人もいたが。
東北の場合はその大半が東京・首都圏への流出だったが、それぞれの事情を抱えて都会に出てきたこうした人たちはみんなみんな昔の思いを故郷への思いを引きずりながら生きてきた。
その表れの一つが住まいだった。一般に東北出身者は東北線沿いなど東京の東北の方向に住まいをかまえ、甲信越出身の人たちは中央線沿いなど西の方角に、西日本の人は東海道線沿い等の南西方向の地に家を借り、あるいは建てるのである。故郷への距離がそれほど近くなるわけではないのにである。それでも一歩でも二歩でも故郷に近いところに住みたかったのだろう。
また、盆正月には子どもを故郷に連れて帰り、故郷の温かさ、美しさを家族に味あわせようとした。自分はもちろん故郷を身近に感じたかった
(次回に続く)。
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