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農業協同組合研究会 第8回研究大会 

「今、改めてTPPを考える」
武藤喜久雄・日本文化厚生農協連代表理事理事長
郭洋春・立教大学経済学部教授
〈司会)田代洋一・大妻女子大学教授


   農業協同組合研究会(会長:梶井功東京農工大名誉教授)は5月19日、東京都内で第8回研究大会を開いた。テーマは「いま改めてTPPを考える」。報告は▽米国は日本の医療の何を狙っているのか(日本文化厚生農協連・武藤喜久雄代表理事理事長)、▽ミニTPPとしての米韓FTAの実態(立教大学経済学部・郭洋春教授)の2つ。大妻女子大学の田代洋一教授が解題と議論の進行を務めた。

農業協同組合研究会第8回研究大会であいさつする梶井功会長

 個別業界の利害追求を鮮明にする米国
東アジアを視野に入れた日本の選択を
  

田代洋一 大妻女子大学教授

◆TPP、何が腑に落ちないのか?

 語り尽くされたともいえるTPP問題だが、「今なお分からない、情報がない」という国民の声が絶えない。  田代教授は解題で、国民がTPPについてどう判断すればいいか「分からない」とする疑問点について次のように整理した。  ▽中国や北朝鮮が威嚇的、領土拡張的になっているのに、TPPには問題があるにしても、日米同盟重視の一環としてやむを得ないのではないか、▽日本は貿易赤字に。経常収支も半減。農業や国民生活が犠牲になることもあるがやはり輸出で稼がなければやっていけないのでは? ▽農業もいずれ関税が引き下げられるのではないか。その場合、日本農業はどうすればいいのか。さらに▽そもそも日米は本気でTPPに取り組む気があるのか、といった疑問を国民は持っている点をあげた。

◆アジアとの連携を

 これらの疑問をふまえて今後、必要な論点として田代教授は▽民主党政権はTPPを通商問題ではなく日米同盟深化の問題と捉えている。しかしTPPはあくまで通商問題であり、国家安全保障としても、今後は中国もふくめたアジアの経済連携を深め平和的な解決の道を探ることが日本にとって不可欠。
  そのほか、▽TPPは米国流の新自由主義経済でアジア太平洋地域を仕切るのが狙い。その切り札はISD条項(投資家が国家を訴えることができせる制度)。ただしISD条項については、日本が締結しているEPAでも導入されており、日本もISD条項を使ってアジアへの投資権益を確保していくという「加害者的」側面も見落としてはならない。
  ▽日本の貿易相手国はTPP参加国よりもそれ以外の国のほうが大きい。ASEAN主導や日中韓などアジアで始まっている経済連携協議は各国の市場、発展段階を考慮したゆるやかな自由化志向。多様な農業の共存を図る方向がある。日本は米国という「過去」を選ぶのか、アジアという「将来」を選ぶのかの選択を迫られている、などの問題も提起した。

◆日本農業の再建論

 さらに日本農業の課題としては▽今後はTPPであれ、アジアとの経済連携であれ、程度の差はあれ関税引き下げの方向は動かず、それに対して土地利用型農業では規模拡大、集落営農づくり、その他の分野では新鮮、安心、安全、健康な農畜産物の生産の追求などを提起。
  政府が基本方針で打ち出した「人・農地プラン」をTPPとは切り離し、地域の話し合いを通じて政策の要件を改善しつつ活用していく視点が大事と指摘した。
  日米両国とも国内情勢を睨んで「内向き」になっている間に、東アジアの経済連携の話が次々と立ち上がり、TPPは唯一の選択肢ではなく、相対化されてしまった。
  米国の腹は、日本をTPPに参加はさせるが、ルールづくりには参加させないというもの。それを見据えながら日本国民の主体的意思を明確にしていくべきと提起した。



「米国が狙う混合診療の拡大と医療ビジネスの参入」
日本文化厚生連・武藤喜久雄代表理事理事長
日本文化厚生連・武藤喜久雄代表理事理事長

◆新薬の早期認可と薬価維持

 日本文化厚生連の武藤喜久雄理事長は、米国の医療ビジネスが何を狙っているのかについて報告。
 日本の薬価制度のなかには、メーカーを育成するための保護政策として、後発品が発売されるまでの特許期間中など一定期間は薬価を維持する制度がある。米国はこの期間を恒久化することや、薬価加算率の上限を撤廃することを求めているという。また、新薬が早く上市されるよう、時間がかかっている日本の治験ではなく東アジアの治験データの受け入れも要求している。
  「要は高い価格で新薬を販売するための薬価制度の見直し要求」であり、特許切れの後発品(ジェネリック品)促進を抑制する要求でもある。実際、米韓FTAではこれらの要求が通ったため、すでに韓国では薬剤費が1.5倍になったとの報道もあるという。
  日本ではジェネリック品促進のため診療報酬改定で医療機関に点数加算をするなどの措置を導入したが、武藤理事長は「米国資本の医薬品メーカーにとって、これはじゃまな制度。ISD条項を使って提訴されることもあり得る」と指摘した。

◆混合診療の全面解禁

  混合診療とは保険診療と自己負担100%の自由診療を組み合わせることだ。現在、わが国では保険外でも併用が認められているのは、高度先進医療と差額ベッド代など患者のアメニティに関わるものとの組み合わせだけ。高度先進医療も安全性が確認され一般的な技術として普及しはじめたときには保険収載される。つまり、現在の「保険外療養費」とは将来の保険収載が前提であり、認められている混合診療は「過渡的なもの」といえる。
 国内にも混合診療推進派がいて、100%自己負担の保険外診療を民間保険によって負担軽減すればいい、との主張もあるが、現在の混合診療の一部解禁は、あくまで将来の保険収載を前提にしたもので、国民皆保険制度に即したものだ。
 米国は混合診療の拡大、さらに全面解禁を求めてくるが、「自由診療部分が拡大し保険診療は浸食される。誰でもいつでも、どこでもという皆保険制度は崩壊していく」と指摘した。

◆市場原理の医療でいいのか?

  武藤理事長は米国の医療の実態についても紹介した。要点は▽病院だけでなく医師もそれぞれの保険会社と契約、▽患者の契約保険会社と病院・医師のそれが一致しなければ支払はない、▽診療費は需要と供給で決まるので、農村は高くなるか、病院は進出しない、▽支払い能力に応じた「松・竹・梅」の診療になっている。
  しばしば指摘されるように米国では保険料が払えず契約できない無保険者が増大している。「米国では医療費負債が個人破産要因の2番目。収入が低いほど死亡率が高いというデータもある」などと指摘し「市場原理に基づく医療制度でいいのか」と強調した。

ミニTPPとしての米韓FTAの実態
立教大学経済学部・郭洋春教授
立教大学経済学部・郭洋春教授

◆そもそも不平等条約

 研究会が開催された5月19日、朝日新聞は1面トップで米国は日本に対し自動車分野で輸入台数約束など10項目の要求をしていると報じた。
 郭洋春教授は「実は米韓FTAでも自動車で10項目を要求してきた。まったく同じです」と切り出し、米韓FTAの交渉経過と内容について報告した。
 郭教授が強調したのは米韓FTAの「序文」。そこには韓国人投資家が米国に投資する場合は、米韓FTAが適用されるのではなく、米国の国内法が適用されるとされ、それに両国は「合意」するとあるのだという。「そもそもが不平等なFTA条約」となっていると指摘した。
 そのうえで産業だけでなく国のかたちにかかわる具体的な問題条項をいくつか報告した。
 ▽投資家が自由な経済活動を侵害されたと判断した場合、国家を訴えることができるISD条項、▽一度、自由化したら後戻りできないラチェット条項、▽米韓FTAに基づく違反といえなくても、合理的に期待できる利益が侵害された場合でも提訴が認められる可能性を取り決めた非違反提訴制度、▽進出してきた企業に対して、その国内に駐在員事務所や企業の設立、居住を義務づけてはならないとするサービス非設立権、▽自動車分野では、違反や深刻な影響があった際には「米国」の自動車関税の撤廃を無効にすることができるスナップバック条項、などがある。
 

◆米国の論理、最優先

   郭教授は米国の主張は「交渉していないことは(自由に)やっていい」というもので基本は「企業の自由な経済活動」の保証だと強調した。日本政府も医療制度などは「交渉の対象事項になっていない」と説明するが、「交渉対象になっていないからこそ危ない」と警告した。
 その例として、ソウル市が学校給食には遺伝子組換え食品を使用しないとした条例は、貿易障壁だと問題になるのではと懸念されている。地方自治も侵害される可能性があるという。
 結局、企業の自由な経済活動と市場アクセスの障害となる制度、法令、慣習などもすべて変更させ「米国的企業論理が最優先される経済社会構造をつくることが目的」とその本質を指摘した。

◆国家ビジョンをどう描くか?

     郭教授は米韓FTAから学ぶべき教訓として、▽徹底した情報公開を求めること。「映画の中身を教えないでチケットだけ買え」というような要求を飲まないことである。
 また、▽米国の対外関係に対する過度の楽観論は慎むこと、過去の自由貿易協定からみて日本だけが例外になることはありえないと警告した。
 そのうえで郭教授は「TPPをめぐって特定産業間の利害対立を煽るのではなく、国家ビジョンをいかに描くか」が課題で、日本は農業や観光に力を入れれば豊かな国になれるはずと強調した。
(2012.5.21)




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