賀川豊彦の精神に学ぶ-日本共済協会セミナー・伊丹謙太郎千葉大特任助教2017年11月27日
すべてを市場に委ねる新自由主義の跋扈する現在、共助・協同社会づくりをめざした賀川豊彦から何を学ぶべきか。(一社)日本共済協会は11月22日、東京都内でセミナーを開き、「協同組合・共済事業の原点を考える~賀川豊彦の思いと活動から~」のテーマで千葉大学人文科学研究院・伊丹謙太郎特任助教が講演した。国連は2030年を目標に、深刻化する環境課題など17の目標と169のターゲットに全世界が取り組むことによって「誰ひとり、取り残されない」世界を実現しようというチャレンジSDGs(持続可能な開発目標)を定めた。この中に、賀川豊彦の精神を読み解く鍵があると伊丹特任助教はみる。講演の要旨を紹介する。
◆強い「個人」ではなく
伊丹特任助教は賀川豊彦の精神を二つの視点からみる。「共生の視点」と「寄り添いの視点」で、前者は協同組合を通じた互恵的組織の形成である。後者は社会事業を通じた他者への献身で、特に最も弱い者に寄り添い続けることの大切さを指摘する。「誰ひとり取り残さない社会」とは、「自立した個人という〝神話〟ではなく、一人では生きられないという〝事実〟に立脚することに始まる」と言う。
同特任助教は「個人主義を前提とする近代的市民社会論は〝強い個人〟を前提にしてしまっている。弱さを抱える人びとは社会参画の〝主役〟となりえないのか。対等な仲間として遇されるに値しないのか」と問いかける。
賀川豊彦は1909(明治42年)神戸のスラムでの生活を始めた。共に生活し、寝起きしないと理解できないとして、「誰かを理解することは、その当事者に理解されることを通じてしか実現できない」と考えた。つまり単なる同情(シンパシー)でなく、立場・感情の共有(エンパシー)がなくては、真の友とはなりえない。これを同特任助教は「伴走型支援の原点」と言う。
一方で「寄り添い」は依存を招く恐れがある。「スラムの住人たちは、お互い助け合うという真心を大切にする人たちだった。しかし、見捨てられた者たちが慰めあう共依存の場としてのスラムは、そこから外れる(生活を自立させる)ことを拒む強い引力・地場をもっている」として、「慰めあう関係の現状維持をいかに克服するか、理想とする〝共生〟には何が必要なのか」と、問題提起する。
(写真)賀川豊彦について学んだセミナー(東京・平河町のJA共済ビル)
◆違いを前提にした連帯を
賀川豊彦は苦しみを分かち合う〝痛みのシェア〟という感受性をその生き方としたが、一方で、傷の舐め合いは不幸しか生まないものであり、「積極的に共生を通じた幸福への途を見つけなければならない」と考えた。同特任助教は、「依存という関係の解明に全力でとりくむことで、新しい共生=共助の道を模索したのではないか」と言う。
こうした共助の道はアメリカの労働組合を見て、またユタ州での小作人組合結成に参画し、日本での組合運動に参画するなかで形づくられた。「賀川にとって、組合運動は対立や革命でははく、対立する者の間に〝共通の目的〟という橋をかけることで、和解や協調・包摂をめざした社会連帯を再構築する運動に映った」と言う。つまり「同質性の上に立つ団結ではなく、違いの上に立つ連帯」が必要と考えた。
その後、川崎三菱争議を指揮して敗北し、無抵抗主義の敗北を責任追及されたが、「賀川の総括はもっと教育(相互理解)を」だったのではないかと同特任助教はみる。賀川豊彦は『社会全報酬』を提唱した。つまり資本と労働者は搾取する者、される者の関係ではなく、労働の果実は地域のみんなで分かちあう社会、それが〝有機的結合社会〟だというわけだ。
それには教育が大事だと考え、わが国最初の日本農民組合を結成するなど、社会教育運動へ注力する。「運動から外れたという表面上の理解とは異なり、彼の主戦場は人格(教育)運動、つまり人間建築へ向けられた」という。その教育とは、利益共楽・人格経済・資本協同・非搾取・権力分散・超党派の7つだった。これが、賀川豊彦が説く協同組合7つの中心思想となった。
賀川豊彦は1923年9月1日の関東大震災発生翌日に神戸港を発ち、3日には東京・墨田区の本所で救援活動を始めた。その活動の中から、信用組合や消費組合、各種生産者組合など、互助組織をつくった。「罹災者の自ら自己の互助の力で立ち得るように助けること、即ち組織する仕事が私たちの仕事である」と考えた。震災後のバラック生活を経て、賀川豊彦は当事者自身による組織化の意義を評価し、スラムの貧民救済で示した寄り添いだけでは完結しない互助の組織化(共生)を提唱するようになったという。
(写真)伊丹謙太郎・千葉大学特任助教
◆肯定的な依存関係を
これが賀川版CFW(キャッシュ・フォー・ワーク)、つまり被災者自身の力による復興として、東日本大震災の復興のあり方にもつながっていると同特任助教はみる。「依存性を前提にした組織化の方向として賀川たちが見出したものが、協同組合方式による地域振興・まちづくりの運動だった」言う。自立した個人の協同を、弱さをもつ他者への支援(友となること)へとつなげていく肯定的な依存の世界を提唱した。
そのような組織として共済を位置付け、賀川豊彦は、協同組合の血管・心臓は共済制度であるとして、「当時の産業組合に心臓を与えよ」と主張した。つまり賀川豊彦の協同組合保険論では、「保険の組織化を通じて人間が進化・発展する上での共通の土台=心臓として理解され、狭義の共済は、組織化を通じて個々人の人生の可能性の幅を広げ高めるものとして理解された」と言う。
◆共済は仲間意識醸成
つまり、保険は個人と保険会社の契約であり、数の大きさでリスクを分散するものであり、これ以上のものにはなり得ない。一方、共済は、痛み(マイナス)のシェアによる組合員の協同による仲間(私たち)意識の創出につながるという。伊丹特任助教はここに賀川豊彦の共済の将来像をみる。「賀川の共済論は協同組合(生命)保険の先に喜び(プラス)のシェアをみるものであった」それによって組合員意識が変革されることで「共済資金は社会全報酬型運用へと展開する可能性が出てくる」と指摘する。
だが、こうした賀川豊彦の精神が、戦後忘れられてきた。その理由は、福祉国家の進展で、非効率な共助は不要とされた(おまかせ民主主義)ことと、コミュニティの私化で地域や家族の介入は不要(気ままな個人主義)とされたことがあるとみる。
しかし、いま眼前にひろがるのは「地域や家族の瓦解、財政健全化の名の下での公共サービスの縮小による、かつて賀川たちが目にしていた〝貧しさの再来〟」であると同特任助教は判断。従って、私たちに残された選択肢として、全てを市場に委ねる新自由主義の道か、共助・協同社会を創る別の道かであり、「後者の先駆者として賀川再評価の動きがある」と分析する。
(写真)賀川豊彦が1956に揮毫した「日本の再建は生命共済から」は全国の農協へ複写が配布され、共済事業拡大を鼓舞することになった。
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