農政:どうするのか この国のかたち―食料・農業・農村を考える
【インタビュー・民進党代表 大塚耕平参議院議員】全国の農地利用プランを2018年3月19日
農業者戸別所得補償制度を打ち出した民主党政権の流れを汲む民進党。同党の大塚耕平代表は、この政策の意義を強調する。それはいまの自民党による競争と効率優先の農業政策に真っ向から対峙するものであり、農地の保全・食料安保を基本とする日本農業の長期ビジョン樹立の必要性を指摘する。(聞き手は谷口信和・東京農業大学教授)
◆先祖返りの自民農政
--民進党は、かつて政権を担った民主党の流れを汲む政党です。それを踏まえてお聞きします。いま、米政策をめぐって現場は混乱しています。どれだけ食用米を作付けしたらいいか、飼料用米の補助金は今後も続くのか、飼料用米をやめて価格の高い酒米などの加工用米や業務用米に切り替えるべきか、迷っています。いまの農業政策をどうみますか。
大塚 農業者戸別所得補償は民主党の農業政策の目玉でした。その系譜を引く私たちは、10a7500円の米の直接支払交付金がなくなるとどんな弊害が出るか、食用米の作付けが増え、せっかく50万t弱にまで増加してきた飼料用米が減るのではないかなど、心配しています。
いまの自民党農政では水田活用の交付金があるので、飼料用米がどのくらい減るかは予断を抱けませんが、米の直接支払交付金の一番の背骨の部分が換骨奪胎されることは残念です。
農業分野で不思議なことは、農村地帯を票田にしていたはずの自民党政権下でなぜ農業が疲弊し、農村が寂れたかです。その謎を解く鍵の一つは、自民党が農業や農村をどうするかについての明確なビジョンがないまま、票田としてのみ農村地域を見てきたことがあります。農業や食料に関わる産業は、単なる産業ではなく、国の根幹であり、食料の安全保障の問題でもあるのです。それだけに主食としての米と、それを作る農村をどうするかは極めて重要な問題であり、中小規模の米作農家を守る戸別所得補償制度は政策手段として大きな意義をもっています。所得が確保されれば、若い人も農業に入ってきます。
30年からの戸別所得補償制度の廃止は、自民党農政が先祖返りしつつあることの証左のひとつであり、その現れの典型は土地改良事業です。これによって自民党は長い間、農業や農村を票田にしてきました。本当の意味での農業政策ではなく、本質は土木事業でした。民主党政権の時に土地改良の予算を大幅に減らしましたが、現在では復活し、平成30年度は過去最高の額になっています。単に農業を票田としてのみ見て、農業そのものは競争にさらせばよいという単純な発想、そして土木事業の復活など、自民党農政の先祖返りがはっきりと窺えます。
(写真)民進党代表 大塚耕平参議院議員
--日本では水田だけでなく、重要な場所には田を付けて呼ぶ習慣があります。例えば、油田、炭田、ガス田、票田のように。このように日本文化の基層には水田農業が存在しています。ただこうした文化や伝統は単に墨守するだけではなく、どう活かすかが重要です。そうした基本的な視点がないと、政策はブレが生じます。なぜ自民党農政は先祖返りしたのでしょうか。
大塚 自民党の55年体制も、復活した安倍政権もそうですが、米国との関係を過度に最優先に考える傾向があります。かつては単純にACCJ(在日米国商工会議所)の改革要望に沿った政策を追求した時期もありましたが、いま、またそこに戻っています。農協改革でも見られます。特に農林中金への対応等でその傾向が明々白々です。もともとは農業資金である系統金融機関に滞留する大量のマネーを市場に放出させたい、そういう文脈の力学がいまの農業政策にも影響を与えているとみるべきです。元金融界にいた者としての率直な実感です。
そもそも農林中金の目的は、法律の第1条に示されるように、農林水産業の発展に寄与することです。しかし、実際にその資金を農林水産業に運用している割合は2%弱に過ぎず、これでは法律の趣旨に沿わず、農林中金の存在意義が問われます。私たちがそのことを国会で取り上げたのはサブプライムローン問題が発生した時でしたが、農林中金がなぜハイリスクの金融商品に投資していたのかという疑問からでした。
自民党が先祖返りし、農協改革を進めている背景には、日本の農業や農村が国の食料安全保障の観点からどうあるべきか、という基本的な問題意識が希薄だからです。米国との関係は「同盟すれども同調せず」というのが独立国家としての矜持(きょうじ)です。何でも米国の意向に従えば良いということではありません。
(写真)聞き手の谷口信和・東京農業大学教授
◆所得の確保を第1に
--さまざまな面で政治の劣化が進んでいるように感じます。その背景の一つは、選挙区は地方にあるが、生まれも育ちも東京など大都会で、地方での生活経験のない2世、3世議員が増えていることがあげられると思います。
大塚 これまでの選挙の歴史を反映した結果です。私たちは2007年の参議院選と2009年の総選挙で自民党の古い議員を根こそぎ落選させましたが、下野した2012年の総選挙、13年の参議院選では、自民党では大量の新人が当選。その多くが世襲議員、公募議員、秘書出身議員でした。その固まりがいまの自民党です。地方議員から苦労して国政に進出してきたかつての自民党国会議員の中には、農業に詳しい人が大勢いました。しかし、今の自民党議員は、そうしたかつての議員とは傾向が少し異なるように感じます。日銀出身の私が言うのも妙ですが、経済や金融、IT等に関心が高いことは良いことですが、土の臭いのする自民党議員が少なくなったような気がします。
--農業政策についてですが、中小規模の農業経営を守るとともに、頑張って法人化したような大規模な経営も育てなければなりません。両方が必要です。その点で、全生産者を対象にした民主党の戸別所得補償制度は構造政策にもなっていました。伸びる経営も最初は小規模からです。規模で線引きして、当初は小さな経営が大きくなる可能性を閉ざしてはいけません。多様な農業の存在を認めるという意味でも、よい政策だったと思います。
大塚 民主党が政権を担った2009年から約10年経ちました。その間に大きく環境が変わり、農業就業人口も200万人を割りそうです。これからの農業の担い手をどうやって育成するかが重要な課題です。単に後継者が帰農しやすくするだけではなく、新たな担い手が農業に参入しやすい環境をつくることが大切です。そのためには、なによりも農業所得の確保がポイントです。所得が多ければ、必ず若い人も参入します。
いまノルウエーやデンマークでは、若者に一番の人気職業が漁師です。漁獲規制して資源を保護した結果、魚の価格も安定し、漁業は第2次産業よりも所得が高いそうです。こうした例からも明らかなように、担い手を増やすには、やはりその分野の所得が安定的で十分であることが必要です。そうした状況をどのように生み出すのか。人を育てることと、儲かる仕組みをつくることです。政権を担い得る政党として、そのための政策制度のアイデアを用意しておかなければならないと考えています。
◆都市に30%の農地を
--もう一つ高齢者の活用の問題があります。今日では元気であれば75歳くらいまではかなり働けます。例えば退職した学校の先生が、得意とする分野を補助的に担当することなどが考えられますが、そのようにして働き方を変えないと、現役の先生の負担が大きくなるばかりで、教育内容が疎かになってしまいます。農業でも同じことがいえるのではないでしょうか。
大塚 農業に当てはめると、たとえば休耕地とか、都市型農業のリソースを有効活用する人には税で優遇する方法もあります。経済的に余裕のある人が、人を雇って休耕地や荒廃農地を復旧させ、それをリタイア世代に使ってもらうなどの仕組みも考えられます。
この話の大前提として、全国的な農地利用のマスタープランを策定することが必要です。本当の意味での食料・農業政策は、先々農地として利用できる面積はどれくらいか、それに日本の将来人口をトレースして、仮に食料を完全自給するには、どれぐらいの農地を運用し、そのために農業就業人口がいくら必要かというマクロのプランが必要です。農業資源の需給バランスと、国の責務としてのプランニングです。これがあって初めて、そのための農業就業人口をどうやって確保するか、それには農業所得をどう確保するのか。様々な課題が全部リンクしています。
--その通りです。いまの農業センサスをみても分かりますが、農家数を数えることに重点が置かれていて、そうした視点が不足しています。もっとも重要な土地の状態が十分に把握されていないのです。
大塚 その観点からすると、都市の空き地・空き家問題に対しても別な見方ができます。人口の減少で、かつて大平正芳首相が唱えた田園都市構想にリアリティが出てきました。都市の面積の30%くらいは、都市型農地があってよく、また宅地を農地に転用したら税制優遇するとか、逆転の発想、逆引きの対策やプランがあってもよいのではないでしょうか。
◆福祉政策とセットで
--神奈川県は農業者のためのみでなく、県民のための都市農業推進条例を設けています。ポイントは農業を残すことも大切ですが、農地を残すことです。農地は次世代の子どもたちへの最大の贈物です。
大塚 そうです。高齢、介護問題を考えると、都市型農業での農作業は高齢者にとって健康維持にとてもよいことです。高齢者の生きがいなど、福祉対策と組み合わせる発想も必要です。
--農地法改正で、他産業から農業参入しやすくなっていますが、その中には障がいのある人や高齢者、さらには子供たちが農地に触れる機会をつくりたいというNPO法人が多くあります。農業は農業者だけでなく、国民のものだという観点がこれから大事です。
大塚 いま日本の農地は約450万haですが、ピーク時は600万ha超ありました。都市ではピーク時並みの農地があってもよいのではないでしょうか。ヨーロッパではちょっと郊外に出ると、すぐに豊かな農地や放牧地が現れてきます。
◆「農業の再生請負人」を
--日本人は、農地に水田並みの高い整備水準を求める傾向があります。水田に比べ畑作や放牧地の整備水準は大まかです。こうした低い整備水準の農地をうまく使う発想が必要です。このような形で農地を残すことも考えるべきです。
大塚 経済の世界では「ターンアラウンドマネージャー(企業再生請負人)」と呼ばれる企業再生のプロフェッショナルがいます。農地、農業を再生する「ターンアラウンドファーマー」、つまり農業再生請負人がいてもよいのではないでしょうか。
--神奈川県秦野市に、耕作放棄地の復旧を目的とするボランティア組織があります。荒れているところを農地に復活させることに生きがいを見出しており、所有者や農業をしたい市民に使ってもらおうというものです。これをもっとナショナルのレベルで考えてもいいのでは。
大塚 ナショナルもいいのですが、先ずは県、市のレベルでの取り組みの成功例をつくることです。地域主権、地域の主体性・独自性をもって、農業復興、農業ルネッサンスを起こして欲しい。
--農協は、政府から改革を迫られています。農協への注文を。
大塚 自民党の農協改革には無理があり、農協をスケープゴートにしている感じです。ただ、農協のみなさんには、農協栄えて農業廃るという面があるとすれば反省し、また、なぜ総合農協制度があり、独禁法の適用除外が認められている意味、本来の目的を真剣に考えていただきたいと思います。
--ありがとうございました。
インタビューを終えて
博士号をもつ日銀マンで政治家となると、農業に厳しい人ではないかという先入観をもって臨んだ我が身の度量の狭さを反省させられた▼ヨーロッパの漁業や農業の視点から日本農業を見る目は確かであり、全国的な農地利用のマスタープランに基づく食料・農業政策策定の提案は重要だ▼都市には面積の30%程度の農地があってもよく、それを実現するために税制を活用し、宅地の農地化を進める中で田園都市構想がリアリティをもつという指摘は極めて斬新的で驚いた▼農協改革の深部の狙いが農林中金の株式会社化と保有マネーの放出にあると喝破する一方で、農林中金・農協のあり方に対する注文も忘れないバランス感覚に冷静な研究者の姿を見た。(谷口信和)
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