農政:自然災害と協同組合
国土守る1次産業の維持を JA千葉中央会・連合会 林茂壽代表理事会長に聞く2019年11月29日
最悪のシナリオ想定も耐候性の技術対策早急に
治山治水は我が国の長年の課題である。地球温暖化で100年に一度と言われる気象災害が常態化する可能性もある。9月の台風15号の千葉県への直撃は類を見ない強風を伴い、その後の19号また豪雨等の気象災害は日常生活への多大な困難をもたらし、農業被害も過去最大級となった。これまで千葉県は台風・強風・水害などの大きな自然災害には見舞われなかった。今後は高知、鹿児島県などの台風被害対策の知見に学ぶことも必要とされるのではないか。自然災害に対して、JAは何をすべきか。JA千葉中央会・連合会の林茂壽代表理事会長に聞いた。
この企画は「自然災害と協同組合」シリーズとして随時掲載します。
今回の聞き手は千葉大学客員教授・元全農代表理事専務の加藤一郎氏。
無被覆のハウスも強風で倒壊
◆甚大なハウス倒壊
―林会長は県内の災害復旧対策の陣頭指揮に立ち、地元JA管内も罹災するなど休む間もない状況だったと思います。千葉県の農業関係被害はどのように捉えていますか。
中央会会長として、台風襲来の翌日にJAグループ千葉災害対策本部を立ち上げました。まずは生活に必要な物資(ペットボトルの水)を断水している被災地に届けること、また停電している地域には、会員JAの要望を聴取しながら発電機を届けることを優先事項とし、速やかに実践を行なったところです。
農林水産業の被害は甚大です。まだ最終報告とはなっていませんが、県のとりまとめだと台風15号、19号、10月25日の豪雨をあわせると450億円を超える被害です。
農業関連の内訳は、パイプハウスなどの農業施設で280億円、農作物で112億円、畜産等で10億円余りという状況です。特にパイプハウスの倒壊による被害が大きく、ハウスの解体・撤去は人手に頼る作業が多く、人海戦術とならざるを得ません。
(写真)林茂壽会長
また、解体・撤去した後の廃材の処理が大きな課題になりました。国や県行政・県議会に対して継続的に要請活動を行ない、国の事業の調整をしていただきましたが、市町村ごとに対応が異なり、この点は苦慮しています。災害が発生したときに備えて、JAと市町村の役割を明確にして、連携協定の締結も早期に検討すべき課題であると再認識したところです。
なおJA共済の家屋被害は、JAと全共連千葉県本部が一体となり、共済金の支払いを進めています。特に建物更正共済の「むてきプラス」は素晴らしく、被災農家に喜ばれ、JAの存在感を示しました。
◆耐候性は風対策も
―千葉県は有数の園芸県でもあり、施設園芸にも多大な被害が発生しました。園芸ハウスなどの倒壊、土壌流亡をもたらしました。今後は耐候性ハウスの導入など新たな施設園芸の構築も求められると思います。また河川の氾濫、浸水も類を見ない被害となりました。
政府も県市町村行政と連携して、浸水想定区域の設定対象を小規模河川まで拡大し、ハザードマップ作成に努める方針ですが、現在の組合員の農地がハザードマップ上のどこに位置し、どのような治水対策をとり、どのような作物が浸水被害に強いのかといった視点も新たに営農指導に入れる必要が出てきているように思います。
ハウスの倒壊は大きな問題です。被害面積は調査を取りまとめ中のため、確定した数値は申し上げられませんが、相当な棟数が被害を受けています。千葉県は、このような大きな災害に見舞われたことがなかったため、安心してしまっていたということは反省すべき点です。
ご指摘の通り、耐候性ハウスの導入については今後の検討課題ですが、現状は、ともかく倒壊したハウスの撤去が優先事項です。またハウスの倒壊によって、予定していた作物が作付け出来なくなった農家の収入を確保するための代替作物の選定も速やかに行なわなければなりません。
加えて、来春の米を作付けするためには、育苗ハウスの建設も急務の課題となっています。農地の治水対策と浸水被害に強い作物の導入については、今後関係機関と十分に協議して取り組みたいと考えています。
手入れを怠った山林は無残な姿に
◆多面的価値見直しを
―杉などの樹木の生活道路への倒木が多数発生し、停電復旧の大きな妨げになりました。千葉大学の小林達明教授は、千葉県森林研究所とともに倒木の被害が多発した山武市周辺を調査して、30年以上前から山武杉に溝腐病がまんえんし、このことが指摘され補助金が対策されながらも、長年放置されてきたと指摘しています。同地区は民有林が9割を超えており、個人での対策には限界があります。国と自治体が一体となった森林行政、森林環境税贈与税を活用した新たな森林経営管理上の仕組みが求められています。
作物が水に長時間浸かることは「もの言わぬ農作物」にとっては根が呼吸できない窒息死に繋がる深刻な課題です。特に特産品のビワは浅根性であり、葉を落とすことで樹木自らを守ることが出来ない常緑果樹での被害は深刻だと思います。
私は、常々みなさんに、「地域の第1次産業が衰退すれば、地域は崩壊し、国土は荒廃する」と訴えてきました。今回の倒木被害はまさにその典型的な事例ではないかと考えています。孫子の代のためにと植林した杉が手入れされることもなく、放置され、ライフラインを分断する一因となってしまう。なんとも嘆かわしい事態が生じてしまったという思いです。
私は、専門家ではないので、明言はできませんが、山が荒れてしまったことによる保水機能の低下が、洪水や土砂崩れの要因ではないかと考えているところです。
過疎化や離農による不在地主の問題は、このようなところにも影響を及ぼしているように感じます。あらためて農地・農村の多面的な機能を評価すべきであると思います。
南房総地域のビワの被害については、8割の農家が被害を受け、県のとりまとめでは5億8000万円以上に及んでいます。収穫時期をこのまま迎えたとした場合、出荷量は例年の半分になるかもしれません。
加えてもう一つの特産である落花生も7月の低温・長雨に台風21号の豪雨が追い打ちをかけ、収穫後に積んだ「ぼっち」が水没するなどの被害があり、収量は大幅に減る見通しです。
◆学生支援隊と連携も
―JAグループのボランティア「JA支援隊」が全国組織の職員を含めて延べ2000人を超える方が被災地に入ったと聞きました。JAグループ千葉と包括連携協定を締結した千葉大学の学生もボランティアとして被災地に入りましたが、反省として、JAグループの災害対策本部の一員として組織的に活動すべきであったと思います。農地、施設の復旧作業に学生が参加することで得られる経験・知識は学生にとって農業の実学を学べる場だと思います。
前段で申し上げた通り、台風15号の襲来直後には、緊急物資の手配を優先しました。その後、JAからの要望もあり、JAグループ千葉支援隊を組成しました。そして、個々の農家の倒壊したパイプハウスの解体・撤去を主たる作業として人員を派遣しています。当初は、県域団体の職員のみでしたが、県内のJA、全国域からの支援も仰ぎ、これまで延べ2000人以上の人員が作業にあたっています。
派遣を受け入れた農家からは「再建に向けて大きな力となった」という意見がある一方で、「パイプハウスの再建はせずに農業経営の継続を断念する」と、残念ながら離農を決意する農家もあります。
このような大きな災害はあってはならないことですが、JAグループ千葉から派遣された職員は、全員が農業に携わっている者ばかりではありませんので、貴重な経験だったと思います。
千葉大の学生さんとともに支援隊を組成することは、私も考えが及びませんでした。包括連携協定に基づく個別な取り組みの課題として受け止め、速やかに仕組みづくりに着手したいと考えております。可能であれば、ハウスの建設技術を有する学生さんがこの支援の輪に入って頂ければ、これほど心強いことはありません。
◆技術持つ人材結集を
―政府の支援対策も打ち出されましたが、今後の農家の復旧支援対策に関して県行政、千葉大学に対する要望をどのように考えられますか。被災を機にわい化栽培技術の導入、風水害に強い施設園芸技術の導入、JA域を超える共同利用施設の設置提案などが考えられますがいかがでしょうか。
県行政・県議会に対して要請を行なった結果、農林業への復興のため253億円の補正予算を確保して頂きました。今後、ハウスの再建のためには、資材と設置をする技術をもった人員が不可欠となる。今回の台風・豪雨の被害が本県のみならず、広範囲に及んでいることから、資材が調達できるか、人員がどれだけ投下できるか、各方面からの支援と協力を願うものです。
加えて、台風などの強風の予想に対して、ビニールハウスなどの園芸施設の合成樹脂フィルムを切るなどの自然災害に知見のある高知県など事例を学ぶことも重要と思います。また、ビワ、梨などの果樹栽培には県の試験場、千葉大学の先生方からわい化栽培技術を学ぶことに加えて、建て替えの必要があるJAの共同利用施設に防風、水害対策を加えた償却負担を軽減するためJA域を超える設置運営を検討することも必要だと思います。
最後に教訓として、大きな自然災害に対しては、最悪のシナリオも予想し、事前に対策本部を設けるなど、被害が出る前から待機するとともに、停電の時は、まず飲み水、そして発電機というように、何が必要かの手順を決めておくべきだと感じました。
【インタビューを終えて】
農業気象・自然災害を研究している千葉大学松岡延浩教授は千葉県を襲った災害の特徴は「風害」で、最大瞬間風速は平均風速の1.5倍から2倍程度になることを認識する必要があるという。施設園芸施設は経済性と受光量増加のために、必要最小限で部材構成されるため風害を受けやすく、また施設周辺を整理整頓しておかないと風で施設を破壊する事態も想定すべきと指摘している。今後は気象災害が常態化するなかで、先人の知恵である防風林に替わる防風ネットを水平に張る防風網棚等の設置も考慮すべきと考える。(加藤一郎)
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