農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
十勝「開拓イズム」次世代へ 食料生産の基本忘れず2018年8月21日
・北海道・JA帯広かわにし代表理事組合長有塚利宣氏
北海道農業は明治の開拓から始まる。ほとんど人力で大自然に立ち向かって山野を切り開き、今日の豊かな食料基地を築いた。その中心である十勝地方の開拓は、北海道の他の地区と異なり、「民」の力によって行われた。開拓農民は多くの艱難辛苦を乗り越え、今日の全国トップクラスの農業地帯を築き上げた。その不屈の精神は十勝の「開拓イズム」として今日も十勝の農民、農協運動のバックボーンとなっている。86歳の今も十勝地区組合長会の会長として十勝農業を牽引するJA帯広かわにし代表理事組合長の有塚利宣氏に、十勝農業の歴史と現在、そして未来を語ってもらった。
◆不撓不屈の精神で
北海道は主に屯田兵制度、つまり政府主導の「官」の開拓に始まりましたが、この十勝地方は「民」による開拓でした。極寒の厳しい気象のもと、食料もなく、医師もいない。住むところも掘っ立て小屋でした。そんな厳しい生活を支えてくれたのが「アイヌ」の人々でした。狩猟の方法や鮭の保存方法だけでなく、病気や怪我をしたとき、薬草の取り方、使い方を教えてくれたのがアイヌでした。私は兄弟6人ですが、みんなアイヌの産婆の助けで、無事に生まれることができました。農耕主体の開拓民と狩猟民族のアイヌが、物々交換しながら、ウィンウィンの関係を築いて生きてきました。私は生活の知恵を教えてくれたアイヌをいまも尊敬しています。
十勝の開拓農民は、こうした艱難辛苦を重ね、どんな逆境にも負けない開拓者精神、チャレンジ精神を育ててきました。それは親から子に、そして孫へ隠然として伝わっています。私たちには困ったとか、参ったとかいうような落ち込みはありません。私は「不撓不屈」を座右の銘にしていますが、何事も前向きに挑戦するというマインドでこれまで取り組んできました。これが十勝の「開拓イズム」です。
農協法が昭和22年にできて70年が過ぎました。過去の歴史を振り返り、これからの農業、農協をどうするか、農協改革が問題になっているいま、改めて考えるべきときだと思っています。戦後の農政を振り返ると、3つの大きな転換があったと思います。最初の転換は、昭和21年の農地解放で、自作農創設特別措置法が施行され、開拓農民は土地持ち農民になりました。二つめは1960年の池田内閣の所得倍増計画に始まった経済成長政策です。そして三つめがTPPを始めとする貿易自由化、そして今日の農協改革です。
戦後、自作農となった農民は、当時、今と正反対の上意下達の教育を受けていましたので、自分の農地を持った農民は、国策に従って食糧生産に励み、忠実に供出の義務を果たしてきました。食料がない、お金も医療もない、そうしたなかで小さな農民が身を寄せ合い、心をひとつに力を合わせ、生活の向上に努めてきました。そして農協法によって、昭和23年に農協ができました。70年経ちましたが、当時の状況と父母、祖父たちの姿を今の時代と合わせて考えるとき、感無量のものがあります。
昭和26年に初めて、抑圧された社会が解放されるとはこういうものかという感動を味わったことがあります。大人になったばかりのころですが、農村に有線放送が入り、「君の名は」というドラマが放送されました。主人公の春樹と真知子が抑圧された社会から解放され、お互いの心の自由を求めながら愛し合い、全国を飛び回るという内容です。こんなにも自由に自己主張ができ、それが認められる時代になったのかと感動しました。
その後、アメリカの援助もあって食糧事情もよくなり、昭和25年から27年にかけてイモ類、雑穀が統制経済の食糧管理法から外され、政府は食糧自給から工業立国へ舵を切り、経済成長が始まりました。その結果、農村と都市の所得格差が拡大し、北海道でも、開拓農民が離農を余儀なくされ、大離農旋風が吹き荒れました。これは、離農せず多くの農家が二種兼業農家に留まった本州と違うところです。
そこで私たちは、この危機を乗り越えるには農業の構造改革が必要であると考えました。当時、十勝には約25万haの耕作地があり、うち約5400haが水田でした。北海道の稲作は頻繁に凶作に襲われる上、食味も悪く、"やっかい道米"といわれていたほどです。そこで、当時十勝にあった33農協で、徹底した議論を重ねました。その結果、水田はすべてやめて畑作による適地適作を進めることにしました。そのために必要な基盤整備事業をどんどん取り入れ、酪農の適したところは酪農、畑作に向いたところは寒冷地に強いビート、バレイショと、区分けしました。
こうした作目の受け皿として、十勝ではいち早く加工事業に取り組んできました。当時士幌村農協の組合長だった太田寛一さんが発起人となり、十勝の8農協の組合長が立ち上がって、いまのよつ葉乳業となる北海道協同乳業をつくりました。40数年前のことで、今でいう6次産業化ですが、当時から指導者は、農民のためになる6次産業化のことを考えていたのです。またバレイショのでん粉工場は180あったものを3つに統合して効率化し、農民の手取りアップを実現してきました。
(写真)
機械化利用組合をつくり、機械の共同利用で経営規模拡大に取り組み、いまの輪作による「十勝型農業」の先駆けとなった。青年時代の有塚氏(前列右から2人目)
◆すべて組合員第一
北海道には108の農協があり、うち24が十勝です。今は聞かれなくなりましたが、かつて、十勝の農協はなぜ合併して大きく力をつけないのかと、よく言われました。私は、その考え方は逆だと思っています。合併は農協の力をつけることになっても、必ずしも組合員のためにはなりません。農協は本来、小さな力の農民の生活と経営を支援するためにつくられたものです。それぞれの地域にあったやり方で生活や経営支援・コンサルするのが、昔も今も定理であり、普遍的な原則だと考えています。
十勝で、組合員120戸の酪農中心の新得町農協の組合員の所得が一番多くなっています。畑作では小さな村で、組合員156戸の枝豆で知られる中札内村農協が耕種部門で一番の所得をあげています。従って、小さいから農協がだめ、大きいからいいというものではありせん。
そして、もう一つ、十勝の農協がここまでできたのは、農協の主人公は組合員であるということに徹しているからだと思っています。十勝地区農協組合長会の運営では、農協の事業量が大きいから、小さいからといって差をつけることはありません。各農協の事業量は違っても、人格は平等という認識を共有しています。
従って多数決でものごとを決めるようなことはしません。議論百出のなかで、組合員のためどうするか、どのような着地点を求めるか、真剣に議論し、衆議一致で組合員のためになる結論を出すようにしています。それが十勝の農協の力だと思っています。
そして今の農協改革です。農協としても反省すべき点もあります。しかし政府に言われるまでもなく、すでに指摘されていることです。それは農協らしくない農協についてのことだと思っています。営農事業をそっちに置いて、信用、共済事業を中心とする運営を行い、そう言われても仕方ないと思われる農協もあります。しかし十勝の24農協には該当しないと自負しています。
安倍政権の「強い農業」を賞賛するわけではありませんが、攻めの農業を展開するべきだということは、声を大にして言いたい。それは地球規模の気象異変と人口増があるからです。国連の人口白書によると、昨年の世界人口は約76億人で、これが2030年には86億人になると報告しています。
軍事や経済・貿易の協定はありますが、食糧をお互いで守り合おうという協定は世界中にどこにもありません。一部の学者は警告していますが、このままでは地球規模で食べ物の争奪戦がおこるでしょう。中国のように農地を求めて外国に進出する国もあります。また遺伝子組み換えの心配もあります。食糧増産に貢献できても、使い続けると病害への耐性ができたり、害虫が駆除できなくなったりする可能性があり、人間への影響も心配です。
◆子、孫に繋ぐ農業に
これから人口増と食糧需給の関係が大きくクローズアップされるでしょう。従って、今こそ農業の出番だと確信しています。我々は食べ物のない苦しみを身をもって知っている世代です。どのような法治国家でも食料を求めて争いや犯罪がおこります。今日、豊かになって、農協の設立の時に求めてきたことの多くが実現し、農村も平和ぼけになっているのかも知れません。
北海道農業は開拓以来、長く苦しい時代が続きましたが、今は親から子、孫に伝えていける持続的農業に生まれ変わりました。農協創立の本来の精神に戻り、開拓イズムを狂わせることなく、先達、先人たちの尊い苦労を心に刻みながら、新しい発展をめざしています。
北海道の食料自給率は200%で、全国一ですが、十勝は1100%を誇っています。十勝の農協は、北海道や日本の農業を牽引するリーダーとなって、これからも頑張っていこうと思っています。スポーツも同じですが、トップを行くには人の3倍も5倍も努力しなければなりません。十勝の農民のスピリットである「開拓イズム」を忘れず、お互いに切磋琢磨しながら、さらに向上をめざして進みたいと思っています。
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