農政:自給率38% どうするのか?この国のかたち -食料安全保障と農業協同組合の役割
飽食追求のいまだからこそ必要な飢餓の歴史教育(2)【薄井 寛(元JC総研理事長)】2018年10月4日
◆食料難を忘れようとする日本の教科書
拙稿『歴史教科書の日米欧比較~食料難、移民、原爆投下の記述がなぜこれほど違うのか』(筑波書房)の執筆に必要な資料を集めるため、2014年にドイツの国際教科書研究所を訪れたが、そこで知り合ったドイツ人の大学生からこんな話を聞いた。「歴史の授業のグループワークで級友の一人が、『祖母はカブラの冬の話を始めると止まらなかった』と言っていたが、その時、どこの家でも同じだなと思ったことを、今も覚えている」。
一方、日本の高校歴史教科書も1990年代中頃までは、戦中戦後の食料難について詳しく記述していた。例えば、「配給量も敗戦直前には、(大人一日2合3勺から)2合1勺にへらされた。(中略)1945年の東京では、副食物の配給量が都民一人あたり一日分ねぎ一本、五日分として魚一切れほどになった」(1989年『高校日本史改訂版』実教出版)。「1945~48年、食糧事情は悪化の極に達し、主食配給の遅配・欠配は日常化した。都市の人びとは、あらそって農村に買い出しにでかけ、大切な衣類と食糧とを交換した」(1994年『高等学校新日本史B』自由書房)。
ところが、現在の高校歴史教科書『日本史B』19点(2014年度使用)に、こうした文章はみつからない。「食料生産は労働力不足のためにいよいよ減少し、生きるための最低の栄養も下まわるようになった」(2014年『新選日本史B』東京書籍)。多くの教科書が簡潔な記述で済まし、「買出しや闇市で生活物資を買いもとめる苦しい生活だったが、人びとは、空襲のない平和な暮らしに期待をもちはじめた」(2012年『日本史B』三省堂)と、経済復興の時代へ移る変化を強調する。
人びとの窮乏を思い起こさせる写真の掲載も減り、米国からの戦後の食料援助に関する具体的記述も、「タケノコ生活」という言葉も『日本史B』から消えた。今の高校生と同世代の8万6千人を超える満蒙開拓青少年義勇軍の少年たちが、食料増産のためとして中国東北部の荒野へ送られ、2万人もの犠牲者を出した悲惨な歴史に触れる教科書もほとんどない。歴史教科書が、戦中戦後の食料難に関する記述を簡略化し、その解説を縮減してきた結果である。
日本の学習指導要領は、生徒たちの「自分を律し、他人と協調し、他人を思いやる心」の成長を教育現場に求めてきた。しかし、祖先たちが塗炭の苦しみを強いられた食料難の歴史に学び、その痛みに心をよせることに、歴史の教科書は教育的価値をみいだそうとしていない。他人の痛みを感じる力を育むうえで、飢餓の歴史に学ぶことの大切さを、忘れようとしているのだ。
「おいしい」、「うまい」を絶叫するタレントが全国、世界をかけめぐるグルメ番組がテレビ界を席巻しかねないほど、飽食をおう歌する風潮がいっそう蔓延してきた。そのことが歴史教科書の編集にも影響を与えたと思えてならない。
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