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ITの農業利用、その本質とは?  農業の「匠の技」を可視化するAIシステム

 施設内での栽培管理、直売所でのPOSシステム、選果場や集出荷場での品質・流通管理・・・など、農業にはさまざまな形でITが利用されているが、農水省はこれまでにない新たなITの活用方法として、ほ場データや篤農家の栽培技術などを総合的に分析し、技術の継承を支援しようという「AI」システムの実用化をめざしている。この「AI」システムについて、その概要と意義について考えてみた。

◆篤農家の思い・直観をデータ化

EYEカメラを装着しほ場を歩く大山さん 「AI」とは、一般的な意味の人工知能(Artificial Intelligence)ではない。Agri Infomatics=アグリ・インフォマティクス、直訳すれば「農業情報科学」という造語だ。
 慶応大学環境情報学部の神成淳司(しんじょう あつし)准教授が提唱したもので、ほ場や農作物にセンサーを取り付け、日々の環境変化や農作物の状態をモニタリングするとともに、ベテラン生産者の行動や栽培技術を最新の精密機器などを使って収集・解析し、農業の「匠の技」の継承を支援しようというシステムだ。5月に都内で経産省と農水省とが共催した「IT農業フォーラム」でも、現在の開発状況とその理念などが報告された。
 神成准教授はAIシステムを「篤農家の思いや直観のデータ化」だと説明する。
 篤農家と呼ばれるいわゆるベテランの生産者は、種子の選定からほ場の管理、土づくり、病害虫の防除、栽培・育成・・・などさまざまな農作業を、先輩たちからの口伝や永年の経験に基づいて行っている。こうした作業や行動のデータとほ場の環境変化や農作物の品質データとの組み合わせを数人分蓄積し、それらを比較・解析することで、作業の合理性や必然性を数値化しようというもの。いわゆる「暗黙知」だった農業技術を「形式知」へ変えようという試みだ。

◆新規就農者のスキルアップに貢献

蓄積したデータの分析システム こうして農業の「匠の技」が形として見えるようになれば、各生産者の弱点克服や新規就農者や後継者のレベルアップを早めることができ、早期の経営安定化を図ることができる。また、そうした技術を地域内で共有すれば、地域全体の農産物の品質向上や地域ブランドづくりにも役立つ、とのねらいがある。
 栃木県で主にトマトのハウス栽培を経営しているサンファーム・オオヤマの大山寛さんは、篤農家として技術データの集積・分析の実証試験に協力した。最初は「技術を盗めるものなら盗んでみろ」と懐疑的だったが、アイカメラやICタグリーダーを装着しながら作業したことで、未熟の果実に触れる際には茎の中間部分に注目しているが、収穫前の果実に触れる際には葉を見ているなど、自身も無意識的に行っている行動が数値化され、「非常に驚いた。農業未経験者の若者のスキルアップに役立つ技術だと思う」との感想を語った。


(写真)
上:EYEカメラを装着しほ場を歩く大山さん
下:蓄積したデータの分析システム


◆農協の営農指導員が果たすべき役割

 最新のIT技術を駆使して新たな農業技術継承の形を構築しようとするのがAIシステムだと言える。
 しかし、「暗黙知を形式知へ置き換えるという作業は、実は30年以上前から農協の営農指導員がやってきたこと。実際には、経験則や勘と思われている多くの作業は、すでに営農指導員や普及改良員の手によって、明文化されている場合が多いのではないか」と話すのは、30年以上農協の営農指導員として現場を見て歩いてきた仲野隆三さん(元JA富里市常務理事)だ。
 仲野さんは、篤農家自身でも理解していなかった作業の合理性や必然性を調べ、見えるように変え、その知識・技術を地域内で平準化していく作業というのは、そもそも「JAの営農指導員が果たすべき使命だ」と強調する。しかし、農協の経営環境の変化などを背景に、「そうした本来的な役割を果たす営農指導員が、今のJAの中に必ずしもいるとは限らない」との課題も示した。
 こう考えると、AIシステムの開発が進められている背景には、逆に言えばJAの営農指導員がその使命を果たすことと、それに対する生産者側からの期待があるとも言えるだろう。
 しかし、冒頭で触れた「IT農業フォーラム」に集まった人は約300人で、参加者の多くは技術者・研究者や企業関係者などで、農業者やJAグループの関係者は少なかった。
 ITの農業への利用は、多くの企業が新たなビジネスチャンスと捉えて新規参入を図っており、農水省も推進しているが、生産現場に根差したJAなどとの連携による検証も必要になるだろう。


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