【種子法廃止】優良な種子 安定供給を2018年3月30日
・タネは国民のもの
・都道府県で条例化の動き
・主穀の自給は国の使命
稲を中心とする日本の優れた穀物の種子を供給してきた「主要農作物種子法」が、この4月1日に廃止される。昨年の4月、政府提出の8本の農業改革関連法案の一つとして、マスコミの報道もなく、ほとんどの国民が知らない間に、参議院での審議時間わずか5時間で可決、成立した法律だが、その目的は民間の参入を促すことにある。穀物の種子供給を民間に委ねることになりかねないことに危機感を抱いた都道府県では、種子法の趣旨を生かすため、新しい仕組みづくりの動きも見られる。種子を誰が管理するかは、日本農業の将来を左右する重要な問題であり、同法廃止で終わりとはならない。新たな取り組みが求められる。
◆県条例制定相次ぐ
「主要農作物種子法」廃止を控え、兵庫県と新潟県、埼玉県でこの3月、「主要農作物種子生産条例」が成立した。種子の安定供給をはかるため、平成30年度も前年度並みの予算を付けることを決めた。
長野市議会は県知事あての意見書で「種子法は、国や都道府県の種子に対する公的な役割を明確に記した誇るべき法律であり、同法律のもとで、米や麦、大豆などの主要農作物の種子の維持・開発のための施策が実施され、農家には安くて優良な種子が、消費者には美味しい米などが安定的に供給されてきた」と述べている。
この意見書が種子法の趣旨を言いあてている。これを廃止することで、稲、麦、大豆など地域の条件に適合した穀物の種子を安く、安定的に供給するという国の種子行政の後退が懸念される。北海道など他の府県でも同じように条例制定の動きがあり、地方自治体から国に対し、「種子法廃止に伴う万全の対策」を求める意見書の提出も、全国で相次いだ。
なぜ種子法を廃止するのか。農水省の説明によると「戦略物資である種子・種苗について、国は国家戦略・知財戦略として、民間活力を最大限に活用した開発・供給体制を確立する。そうした体制整備に資するため、地方公共団体中心のシステムで、民間の品種開発意欲を阻害している」(政府の「農業競争力強化プログラム」)ためだという。
つまり、これまで稲を中心とする穀物などの新品種は、都道府県によって開発されたものがほとんどだが、これは種子法が民間の参入を阻害しているためであり、イコールフッティングになっていないというわけだ。そもそも主要農作物種子法は、昭和27年、食糧増産という国の政策に基づき、国や都道府県の主導で優良な種子を確保することを目的に制定されたものである。その根底には、国民の食糧確保に必要な種子は公共のものであり、公共財として守らなければならないという基本的な考えがあった。
この趣旨によって都道府県は、金と時間をかけ、普及すべき優良品種を奨励品種として指定し、原種と原原種の生産および種子栽培のためのほ場を指定し、厳密に審査して生産してきた。それによってササニシキやコシヒカリなど優れた品種が生まれ、種子を生産者に安く提供するとともに消費者に美味しい米を供給してきた。今後、法的裏付けがなくなると、ただでさえ財政の苦しい都道府県が従来通りの種子行政を続けられるかどうか。
また、単に種子法を廃止するだけでなく、国は、国や都道府県および独立行政法人や試験研究機関が持っている種子や品種開発に関する知見のほか、施設・設備も含めて民間に提供することを求めている。参入できる民間企業は限られており、これでは種子の開発・供給を大手企業だけでなく、海外のグローバルバイオ企業に委ねることにもなりかねない。
◆地域品種が消える
こうした懸念もあって、種子法廃止に伴い、参議院では附帯決議がついた。一つは都道府県の取り組みが後退しないよう「その財政需要について、引き続き地方交付税措置を確保し、都道府県の財政部局も含めた周知を徹底するよう努めること」である。各県の条例化や意見書の提出はこの附帯決議に沿ったものだが、知見のほか施設・設備の提供を前提に「民間事業者の参入が進むまでの間」と考えている国と、都道府県のこれまでの取り組みを継続するとした国会の附帯決議の内容や各県の意見書の間には大きな認識のずれがある。
また、「主要農作物の種子が、引き続き国外に流出することなく適正な価格で、国内で生産されるよう努める」、「消費者の利益、生産者の持続可能な経営を維持するため、特定の事業者による種子の独占によって弊害が生じないよう努める」としている。しかし具体的な"歯止め"策を示しているわけではない。
水稲、麦、大豆の種子で県の指定採種がある茨城県JA水戸の八木岡努組合長は「採種は作り続けなければならず、公的機関がフォローしないと維持できない。民間企業に任すというが、利益・効率に走って、(市場の小さい)地域の品種が廃れるのではないか」と心配する。その上で、「生産者だけでなく、国民の食料にどのような影響あるか。さまざまな角度から検討し、生産者と消費者が課題を共有することが重要」と、種子法の廃止は生産者だけでなく、国民の食料確保にも影響すると指摘する。
民間企業の種子開発は、どうしても経済性と効率性を優先させることになる。このため、経済性の低い、各地域独自の品種の研究は後回し、あるいは無視せざるを得ない。この結果、品種が絞られ、それまであった多様な品種がなくなる恐れがある。現在、米で300種以上の品種があるが、これは都道府県がそれぞれ地域特性に合わせて開発したものである。
また、民間の企業戦略として当然のことだが、企業が開発して普及させている種子は、購入に伴い肥料や農薬、栽培方法を義務づけられているものが多い。つまり、販売先を含め、企業サイドで系列化されることになり、生産者の自由な意思による営農が成り立たなくなるということでもある。
◆世界の流れに逆行
こうした日本の種子行政の民営化に対して、「日本の種子を守る会」のメンバーで太平洋資料センターの印鑰智哉氏は世界の流れと逆行していると言う。それによると、アメリカの小麦は自家採種が3分の2で、今もなお公共品種が、広く州立大学や各州の農業試験場で栽培されている。またカナダの小麦も8割近くが自家採種だという。
また国連は平成25年、「食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約」(「食料・農業植物遺伝資源条約」)を採択し、日本も同年国会で承認している。ここでは「農民が畑で採種された種子を保存し、利用し、交換し、売る権利や種子をめぐる意志決定に参加する権利が、農民の権利の実現にとって根源的であることを認識する」として、「農民の権利」を明確にしている。
そのため「締約国政府は農民の種子の権利を保護する責任がある」として、(1)種子に関する伝統的知識の保護、(2)種子の利用から生じる利益配分、(3)種子に関する政策決定に参加する権利があると明記している。
◆議員立法で新法を
種子法廃止にみられるような種子行政に疑問を持つ、JAや生協、消費者組織等は、平成29年、「日本の種子を守る会」をつくり、各都道府県の条例化を促すとともに、議員立法による新たな法制化に向けた運動を展開している。
呼びかけ人の一人、山田正彦・元農林水産大臣は、民間企業に種子を委ねることは、いずれ遺伝子組み換え品種の使用に繋がる可能性があることを指摘し、「欧米並みに公共品種を守る新たな法律をつくるが必要がある。運動を広げ、議員立法で実現したい」という。これまで長い間、日本の主穀である米を中心に優良な種子を供給してきた種子圃(ほ)を持つ現場ではとまどいと不安が広がっている。
「守る会」には、JAの組合長も多く参加している。「ひとめぼれ」を中心に457tの種籾を生産する秋田県のJA秋田しんせいは「県は今まで通りの種子事業を続けるといっており、当面の30年度は、前年と同じで安心している。熱心な農家が多いだけに、今まで通り続けて欲しい」という。
「守る会」の会長でもあるJA水戸の八木岡組合長は「"たね場"を持つ農家には、日本の米づくりに貢献しているという誇りがある。種子は次代への財産であり、われわれには、それを引く継ぐ責任がある。地域がそれぞれ育ててきた独自の品種を否定しないで欲しい」と訴える。
(写真はJA水戸、JA茨城県中央会県域営農支援センター提供)
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