【インタビュー・私が考える農協の自己改革】奥野長衛・前JA全中会長2017年12月21日
・組合員と共に、魅力ある事業を
・対決よりは対話・対策
・改革は現場の声大事に
・大阪で生協づくり
・生協づくりを経験
・全ての課題は現場に
・風通しのよい組織に
平成27年8月から平成29年8月までの2年間、JA全中の会長として、JA改革をリードし、その方向を示し、退任した奥野長衛・JA全中前会長(現在JA伊勢会長)-。「協同組合運動は思想運動と違う。組合員と共に魅力ある事業をどのように立ち上げ、大きくするかが重要」という奥野前会長に農業・農協への思い、および任期中、全国のJAをリードして取り組んできたJAの自己改革について、その考えを聞いた。(聞き手は白石正彦東京農業大学名誉教授)
◆大阪で生協づくり
白石 全中会長の時は、立場上、発言しにくいこともあったと思いますが、会長を退任されたことから、本音の話をお聞きしたいと思います。
奥野 いつの時代にも、時代のニーズがあると思います。JAはそれに合わせて事業を築かないと、共に働いている組合員や地域の協力が得られません。もの心ついたころから、私のところでは「農協」や「組合」ではなく「信用」と呼んでいましたが、地域の農協は変化しながら大きくなってきました。それを身近にみてきましたので、協同組合は思想運動ではなく、組合員と共に魅力ある事業を立ち上げてそれを大きくすることだと考えています。
白石 大学時代とその後、大阪で生協づくりに関わってこられたのも、そうでしたか。
◆生協づくりを経験
奥野 大阪の泉北ニュータウンで5年、生協づくりに関わりました。当時は集合住宅の真ん中に大きな店舗をつくるなど、住民の生活のことを考えないワンパターンで官僚的なまちづくりが進められており、それではいかんと考え生協づくりを仕掛けました。
また当時、急成長のダイエーを身近に見ていましたが、大型店舗中心で「安さ」が売りでしたが、この組織は「うまくいかないのではないか」と感じました。この結果は阪神大震災ではっきりしました。班組織を基本とした「コープこうべ」など、生協が見直され、ダイエーはその後、後退していきました。
(写真)奥野長衛・前JA全中会長(現JA伊勢会長)
白石 生協づくりで消費者と直に接した経験が、その後、帰農し、野菜づくりや加工に取り組まれたことや、役員として挑戦された農協の事業につながっているのではないでしょうか。
奥野 生協をやめるとき、仲間から「お前は農本主義者か」と言われ、「そうや」と答えたことを覚えています。昭和48、49年のオイルショックのころです。親父(長兄)の後を継ぎ、ダイコン、麦や米、スイカ、キュウリなどを作っていました。親父は米づくりに情熱をもっていましたが、減反が始まり、私は「これからは米の時代ではなくなる。余ったものを作っても農家は食べていけない。加工して付加価値をつけて販売しないといかん」と考えていました。
そこで、田畑を担保に農協から借金し、帰農して3年目、30歳過ぎころ、兵庫県の尼崎に店舗を設けました。ダイコン、ハクサイの漬物、生鮮野菜などを販売しました。米以外は100%尼崎の店で販売し、不足するものは買参人の資格をとり、地元市場で集めました。
ところが、平成5年の米の大不作、それに追い打ちをかけて平成7年の阪神大震災で売行きが落ち、「この商いはもうあかん」と考え、担い手の仲間を集めて営農集団をつくることなど考えていた時、農協から常務理事をやってほしいという声がかかりました。48歳の時で、販売の経験を活かすということで経済担当の常務でした。
◆全ての課題は現場に
白石 その前は非常勤の理事で、常務理事は平成7年から2期。その後に専務を2期務められました。常務時代にやられたことは。
奥野 平成7年当時、農協の電算システムは、21農協が合併した7年前のままでした。日計もその日に集計できない状態で、それでは、世の中で通用しないと考え、拠点の整理統合、システム整備に、常務の6年間没頭しました。「すべての課題は現場にある」との認識のもと、JA伊勢の各拠点を回りました。1年に3万6000kmくらい走ったでしょうか。
農協をいかに効率的に運営するか、施設や職員の配置など全体の組織図を描きながら進めましたが、そこで学んだことの一つに、ビルドアンドスクラップのやり方があります。支店などの拠点を統廃合する時、組合員には廃止の話はせず、まず新しい施設をつくって利用してもらい、しばらく経って廃止するのです。これで金融店舗、経済センターの統廃合を進めました。狭い管内でも土地それぞれ、人や風土が全く違います。それを見極めて対応することが大切だということを教えられました。
(写真)白石正彦・東京農業大学名誉教授
白石 全中の役員には、最初、監事、さらに理事、平成27年に会長に就任されました。そのころ、全中の解体や全農の株式会社化など、JAの自主性を無視する規制改革会議の驚くべき厳しい意見が出ましたかが、どのように受け止められましたか。
奥野 農協陣営の一員として、何ということを考え出したのか、民間組織にそこまで口出しするのかという思いでした。かつて郵政改革が進み、次は農協改革だという声があった時、当時の小泉首相は「郵政は官、農協は民間だ」と、農協のことを理解されていました。しかし、JA共済の300兆円、JA貯金の100兆円を奪おうとする勢力が、まさに新自由主義者です。
2015年のJA全国大会前、TPPについて、農業者・JAグループ、生協・市民グループ等の不安が高まりますが、一方である世論調査がありましたが、反対は19%しかありませんでした。そんな状態で、反対しても意味がない。反対集会やっても「まだ農協はそんなことをしているのか。そのうちつぶされるよ」と言われるのが関の山です。それよりも、TPPによって生じる事態を予測し、そのための対策を立てるべきだと考えました。
その一つに畜産のクラスター事業等があります。単年度予算をもらうと、平成6年のウルグアイラウンド対策費6兆円と同じようになってしまうのではないかと考え、基金事業にするよう働きかけました。その年だけの予算と違い、基金は次年度も続くため、財務省は嫌がりますが、これを実現できました。こうした国や県の事業は、手挙げ方式で、本当に必要なところへ使うべきです。必要のないものまでそろえる補助事業には問題があり、このことは単協で経験してきました。
白石 平成28年には規制改革推進会議から全農改革が出ました。全農の生産資材購買事業からの撤退や買取り販売を強制する不当な提言にどのように取り組まれましたか。
奥野 暴論もありましたが、正しい面もあったと思っています。われわれは、身を削る思いで真剣に全農改革をやっていたら、こんなことを言われることはなかったと、忸怩(じくじ)たる思いがありました。全農はなんとか立て直さないともたない状態だったと思います。変えなければいかんことは、変えるべきです。どんな組織も、50年、60年と経つと、さびが出るものではないでしょうか。
◆風通しのよい組織に
白石 全中会長になって、JAグループ内の意思疎通のため、さまざまな試みをされました。
奥野 私は、この2年間、風通しのよい組織作りを心がけてきました。全国組織8連の会長会議を月1回開き、全中の常勤会議は毎週1回開くようにしました。いろいろな意見があって、一つにまとまったわけではありませんが、政府の農協改革は全中から全農、そして次は信連、農林中金、全共連に行くという共通認識のもと、経済事業を中心に「自主改革をしっかりやらんといかん」ということで意思統一ができたと思っています。
また、直接現場のトップの方の意見を聞かせてもらいたいとの思いから、全国6地区で組合長・会長会議を開いたのもその一つです。情報はいかに共有するかが大事です。一部の人が情報を持つと、その系列の人には伝わるが、他の人は知らないというのでは組織全体が駄目になってしまいます。
白石 小泉進次郎氏が自民党の農林部会長だったことで、その対応に関心が集まりましたが。
奥野 「対決からは何も生まれない。対話からは何か生まれる」との思いで、政府・与党としっかり話し合って改革を進めてきました。小泉氏は農協の現実をみて、これ以上求めても無理だと、分かってもらえたのではないかなと思っています。例えば全農の、いまの8000人の職員は、改革で減らせるかもしれません。しかし、それは一挙にできるものではありません。全農自身が、ソフトランディングの方法を考えるべきことだと思います。
白石 日欧EPAが大枠合意となりましたが。
奥野 TPPと日欧EPAは性格が違うと思っています。デンマークの豚肉輸入の影響は心配ですが、ヨーロッパのチーズには若い女性のニーズがあります。またEUとの農産物貿易は、品質・安全性を保証するグローバルギャップ認証を取得しなければなりません。そうした歴史をヨーロッパは持っており、歴史の浅い移民国家のアメリカとは違うところがあります。従って、日欧EPAはアメリカ中心のTPPとは性格が違うと思います。
白石 政府は准組合員の事業利用のあり方を検討中です。どのように考えますか。
奥野 全組合員のアンケート調査の手法では、まだ弱いかなとも感じています。准組合員には、直接職員が説明して回り、「われわれは農協のこの事業を利用しています。利用するなと言われたら困ります」と、具体的に事業名を挙げて署名を集めたらいいのではないかと思います。
白石 最後にJA組合員・役職員にメッセージを。
奥野 全国の正組合員・准組合員合わせて1020万人とJA職員22万人が力を結集し、協同組合運動を培っていくことが必要と感じています。資本主義(新自由主義)を否定しませんが、協同組合であるJAの事業革新が日本の社会を改善していく重要なツールとなります。
インタビューを終えて
奥野前会長は今年8月に退任されるまでの2年間、「すべての課題は現場にある」という基本姿勢で"JAグループの自主改革"と"与党・農水省とJAグループの粘り強い対話"を先導され、特に官邸とその下の規制改革推進会議が主導した昨年11月11日の「農協改革に関する意見」(全農解体に陥る危険をはらむ生産資材購買事業の撤退など)の唐突で理不尽な圧力に対して、タイムリーに行き過ぎた介入を抑止された点を評価したい。今後の厳しい環境と好機を視野に、農業基盤づくりと次世代の担い手育成に、政府の役割とJAグループの役割を識別して、"JAはなくてはならない"と組合員・地域住民に実感してもらうJA事業革新の重要性を語られた。JAグループの組合員、役職員には奥野前会長の"終わりなき自己改革"という思いを大切に、協同組合としてのJAの新地平の開拓を期待したい。
(白石正彦)
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