JAの活動:緊急連載-守られるのか? 農業と地域‐1県1JA構想
組合員の意思反映へ地区本部制導入-JAしまね(1)2017年12月15日
◆無期延期から97%の賛成まで
島根県は出雲、石見、隠岐の三地域からなる東西に長い県で、以前から9JA構想があったが、11JAにとどまっていた。2003年の第28回県大会の折に、識者から「将来的に中山間地域では人口減少・高齢化によりJA不在地域が出る恐れがある」ことが指摘された。そこで次の2006年の県大会で組織整備の検討が決議され、単協専務・常務クラスの検討委員会と中央会内の事務局が設置された。委員会では東部・中部・西部の3JA案も出たが、「いずれ一つにならざるを得ない」ということで、1JA案になった。
それを受けて2009年県大会で「県内全てのJAと県域連合組織の合併(1県1JA)を基本」として2012年を目途に合併することとし、県JAグループ統合研究会事務局(23名)を設置した。しかし後述する地区本部制のあり方等をめぐって意見が大きく分かれた。とはいえ「事務局を解散させれば将来にわたり1JAは実現しない」ということで、2012年3月の組合長会で「統合時期の無期限延期」になった。「一度は統合をやめようというところまで行った」とも言われる。 しかしその後の組合長クラスをはじめとする協議では「1JA以外の選択肢はなく、統合不参加のJAが出た場合は白紙に戻す」(1JAでも参加しないと信連の包括承継ができない)ことが確認され、2012年11月の県大会では改めて「統合」が決議された。2013年に統合推進協議会が設立され、2014年3月23日、各JAの一斉臨時総代会で96.9%の賛成を得て2015年3月の新JA設立となり、同11月に県信連を包括承継し、統合が完了した。
一度は「無期限延期」にまで追い込まれながらも最後は97%の賛成をもって成立した。この間、実に10年を要した。
◆合併の背景は過疎化とその格差
合併の最大の理由は人口減対策である。島根県は2015年に人口70万人を切るなど過疎化が著しいが、さらに問題なのは過疎化自体が著しい地域差を伴っている点である。2006年を100として2015年の組合員数(正准)は、全県では106だが、JAくにびき(松江市)133、JAいずも114に対して、JA隠岐は85、JA隠岐どうぜんは93、JA島根おおち(中山間)は87である。正組合員をみればJA隠岐67、JA石見銀山79、JAいわみ中央(浜田市、江津市)75だ。地域によっては「むら」がなくなる危機であり、それに協同組合としてどう対処するかの問題だった。
しかし各JAとも債務超過や経営不振に陥っていたわけではないので、過疎化あるいは過疎化格差は、合併の「総論賛成」の理由にはなり得ても、決定打にはなりにくい。加えて各JA間には経営環境、事業運営、財務状態には大きな差があった。概して市部・平野部のJAは組合員数も増加し、水稲の割合も高く、販売額・貯金額ともに多かった。2016年度の経常利益の地区本部別割合をみるとJAいずもが35%、JAくにびきが18%で、両者で過半を占める。合併=平準化だと、その恩恵は専ら島部や中山間地域が受け、市部・平野部の農協は「損」をすることになる。とくに工場誘致と水田農業の大規模化が進んでいた(農工併進の)JA斐川町等では反対が強かった。
◆なぜ合併できたのか
2009年大会では、「組合員の意思反映や利便性の確保、地域特性の維持・発揮のため、独立採算を念頭においた地区本部制(現在のJA単位)を導入する」、「十分な組織協議を行うこと」を決議した。
さらに、県中央会「JAしまね統合の経過と課題」(2016年9月)は次の合併成立の要因をあげている。a.組合長はじめ常勤理事自らが十分に納得し、組合員に説明する、b.意見の相違があれば率直に議論する(ケンカは合併前にして合併にもちこまない)、c.十分に納得できるまで、結論を急がない、d.少なくとも年に一回は全組合員への説明会を実施、e.同じことを繰り返し説明する、f.消極的なJAに対する個別対応も必要。
このうちcは「無期限延期」に具現され、b、d、eは組合長から部課長までの各級協議が延べ300回以上、冊子(『島根県1JAの創造』など)、DVDによる組合員説明会は計6回に及んだことに示される。
先の中央会の文書は続けて、合併契約書に「地区本部別損益管理」、「新組合の設立による支店・事業所等の統廃合は予定しない」ことを明記したことが、「経営状態の良いJAや離島のJAの組合員にとっての安心材料になり、最終的な合意につながった」としている。決定打は「地区本部別損益管理」だった。
また、ここでaの決定的重要性が浮かび上がる。すなわち「経営状態の良いJA」の先頭にたつJAいずも(2014年度で販売・貯金の1/4前後、購買の5割弱、自己資本の3割強を占める)の組合長に組織代表が選出され、さらに同組合長が2010年に中央会長になった。職員ではなく組織代表が組合員の説得にあたること、合併で最も「損」をするJAの代表が中央会長として合併の先頭にたつこと。ここに合併の人事的な「秘訣」がある。
◆地区本部制の意義
第一に、新しい農協の体制の作り方として、一挙にガラガラポンして1JA体制とするのか、今ある農協を一つにまとめていく漸進路線をとるのか。各農協の経営内容に差があるなかで前者を一挙にやれば、良い農協は協力しない。組合員にとって自分の行く窓口・職員が変わらないことが混乱を避ける道でもある。とすれば、今(合併前)のJAを基本にしつつ、そのうえで1JAとしてのスケールメリットを追求する必要がある。
第二に、県内で強い農協が弱い農協を助ける必要があるが、組合員には弱いところを助けるという余裕はない。そこで地区本部(旧JA)が互いに切磋琢磨し、がんばった農協には一定の収益が還元される仕組みを作り、良い農協にも「我慢してもらう」の必要がある。
このような理由から、前述の「組合員の意思反映や利便性の確保、地域特性の維持・発揮のため、独立採算を念頭に置いた地区本部制(現在のJA単位)を導入する」ことが早期に合意されたのである。
11地区本部には常務(常勤)理事が本部長1名と副本部長1~2名(副2名はくにびき、雲南、出雲の3地区)置かれ、この地区本部常務には職員ではなく地区選出の組織代表が就く。地区本部長は合併前の組合長に属していた貸出金5000万円~2億円(3区分)の決定権限をもつ。そして総代会の事前協議を行う地区本部別総代説明会と地区本部運営委員会(人数は旧農協の役員数を基準に地区本部で設定)をもつ。青年連盟、女性部、部会等の組合員組織も地区本部に置かれる。地区本部は何よりも組合員組織としての性格が濃厚である。
◆地区本部への業績還元
前述のように「独立採算を念頭に置いた」(2009年大会)「地区本部別損益管理」(合併契約書)が強調されている。その具体は何か。総代会資料には地区本部ごとの事業利益、経常利益、当期剰余金の実績が報告され、次年度計画の「参考(地区本部損益)」ではさらに詳しく、各事業ごとの総利益、経常利益、税引前当期利益、法人税等、当期剰余金が記載されている。しかし合併した以上は剰余金が地区本部ごとに配分されたりするわけではなく、これらはあくまで帳簿上のもので、「損益管理」と「業績還元」(当初の「成果配分」を改めた)のためである。 すなわち上記の剰余金に「調整項目」をプラスしたものを「地区本部損益」とし、その割合で地区への総業績還元額を按分する。ここで「調整項目」とは、例えば合併後の指導賦課金は正組合員1戸当たり1500円とされているが、合併前には多寡があった。そこで仮に合併しない場合に得られたであろう収入を加算することである。
ある年度の業績還元額は次年度に本店で費用として予算計上して配分される。「今年頑張れば来年の還元が多くなる」仕組みである。業績還元額の使途は個人配分はせず、農業祭や農産物の販促活動など協同活動に充てることにしている。この「還元額」が組合員にどれだけ意識されたものになるか、「切磋琢磨」の実効性あるインセンティブになるかは不明だが、合併を軟着陸させる苦心である。
具体的には2015年度剰余金処分(案)には、次期繰越剰余金には地区本部業績還元額2億円が含まれている旨が注記されている。しかし2016年度案ではこの注は消えた。代わりに出資配当を1%から1.5%に引き上げている。引き上げは額にしてほぼ1億円なので、2億円からそれを差し引けば業績還元の原資は1億円になるが、総代会での意見も踏まえつつ、その具体については検討中ということである。業績還元のシステム自体、統合後3年間たったら見直すことにされている。
旧JAいずもは事業利用分量配当を行っていたが、新JAしまねは行っていない。他方で総合ポイントカード(おさいふカード)を導入し、信用共済や生活店舗など幅広い利用に供しており、会員数18万人に達している。地区への還元と個人への還元の違いはあるが、還元という点では似た面もあり、確かに整理が必要だろう。
【JAしまねの概要】
・2015年3月に11JAの合併
・組合員数232,661、うち准組合員167,397(71.9%)
・理事65名、監事9名
・出資額228億円(うち准組25.2%)
・販売額382.6億円
・貯金額9,940億円(貯貸率31.0%)
(関連記事)
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・【インタビュー・1県1JAの現場から】竹下正幸・JAしまね代表理事組合長(17.08.02)
・「農協改革」への対抗軸1県1JA構想を考える(17.07.26)
・「足下の明るい内に」 人口減にそなえ1県1JAに 萬代宣雄(16.12.26)
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