【クローズアップ】JA全農の果たす役割を山﨑理事長に聞く2019年8月6日
持続可能な農業支援取扱高5兆円めざす
山﨑周二JA全農代表理事理事長インタビュー
聞き手:谷口信和東京大学名誉教授
JA全農は今年度からの新たな3か年計画をスタートさせた。JA改革集中推進期間が終わり、これまでの改革の成果をもとに5年、10年先を見据え、農業者の所得増大、農業生産の拡大に挑戦する。7月26日就任した山﨑周二・新理事長に、今日の農業に対して全農の果たすべき役割を聞いた。(聞き手は谷口信和・東京大学名誉教授)
これからの全農について語る山﨑理事長
◆JAの仕組みに理解
――全農は総合商社としての機能と協同組合としての性格を持ち、それぞれ効率性、協同組合否定の視点から批判されてきました。マスコミ受けでなく、もっと最深部からの議論が求められます。
山﨑 この2年、生産資材価格の引き下げでは、JAグループ内での議論と併行して、JA青年部、4Hクラブ、法人協会などとも議論し、その意見を取り入れて、さまざまな対策を講じてきました。このなかで、JA青年部をはじめ、特に4Hクラブや法人協会には、あらためて農協の役割を再認識し、JAの購買・販売の仕組みを理解していただけたと思っています。同時に、これまで我々は組織の内外に向かって、いかに発信してこなかったことかと、深く反省させられました。
――そうですね、内部に発信する場としてJAには総代会などはありますが、昔と違って、組合員だから言わなくても分かってもらえるという時代ではありません。発信は内にも外にも同時にやらないといけないのです。
◆農家所得増の検証を
山﨑 きちんと発信しないとJAの自己改革が理解されないと考え、できるだけ発信するように心掛けてきました。自己改革で肥料や農薬について、品目の絞り込みや価格の引き下げも取り組みましたが、それでどのくらい農家の所得が改善されたのか、その検証が必要です。
自己改革のモデル55JAを選び、その取り組みの発表会を行いましたが、55全JAが出席しました。各JAとも強い当事者意識を持っているということが分かりました。これは自己改革の成果の一つだと思います。
物財費の削減など、全農が改革できることのほか、労働力支援など全国共通の支援と、それぞれの地域でできることを整理し、55JAのモデル経営体について、農業所得の検証結果まで示しました。現場の農業経営がどう改善されたか。その成果を積み上げて示すのが全農の仕事だと思います。
――自己改革の情報発信は必要です。どのように取り組んでいますか。
山﨑 若い4HクラブやJA青年部の生産者は、全農との会議の様子をその場でSNSなどで発信しています。農薬の大型規格は、この2年で5倍になり、共同購入のトラクターは、「果たして60馬力のものが売れるのか」と疑問視する声もありましたが、今まで供給実績のない県からも注文があり、好評でした。きちんと生産者まで情報が届いたことの成果だと思います。情報を正確に発信することで新たな需要が生まれるものだということを教えられました。
◆代替のきかない組織
――自ら球を投げ、帰ってくるボールを受け止めて、事業につなぐということですね。
山﨑 米穀部門で今年度、担い手対応専門の部署をつくりました。JAの担当者と一緒に担い手を訪問し、品種の選択や労働力不足などについての相談にのると、農協に売ろうという話になります。
農協は地域にあって代替のきかない組織です。存在価値をもっと伝えるべきです。
また規制改革推進会議の提案は、生産や流通の構造を変えることが大きなテーマでした。全農が自己改革で取り組んでいる購買・販売事業は、業界の構造も変えなければなりません。その意味で改革はいまだ道半ばです。
◆業務用需要に応えて
――規制改革推進会議の指摘を受け止め、それを乗り越えて、もっとよいものをめざすべきです。
山﨑 販売のポイントはマーケットインにあります。消費の変化にどうコミットするかです。それを追求して自己改革のなかで直販、買い取りとなったのです。しかし、同じ取引先に別々のJAがそれと知らずに、加工用の野菜を納めているケースがあります。こうした場合、全農がまとめて定時・定量で供給し、農家が再生産できるよう、いかに食品企業と価格交渉するかポイントです。企業側も国産を望み、端境期のない供給を求めています。JAグループはこれにマッチングできるはずであり、そこにコミットする役割が全農に求められています。
――お米を消費者が自分で炊いて食べる日本にあって、今でも、生産から消費までの間に何かが入ることには否定的な感覚が根強いですが、カット野菜が普及するなど加工は不可欠になっています。
山﨑 イトーヨーカ堂元社長の戸井和久氏をチーフオフィサーとして招いたのはそのためです。流通業者や加工メーカーと組み、マーケットインの販売に力を入れています。今は,特に加工業務用をターゲットとして、生鮮とバランスのとれた販売体制をとる必要があります。更に、MD(※1)部会を中心に全農版SPA(※2)を構築していきたいと、取り組んでいるところです。
◆品目ごとに販売戦略
――単協でできないことを全農が担うべきです。大分県で春の七草粥を販売していた全農出資の法人が、あらたに鮭を入れた新商品開発で、全農がホクレンから情報を得てくれて助かったという例がありましたが、TACとの連携はどのように考えますか。
山﨑 今回の3か年計画では品目別の戦略を示しましたが、その一つひとつの戦略を積み重ねることで、国全体の自給率が高まるものだと思っています。そのためTACの活動などを通じJAと連携しなければなりません。
JAの合併に伴って、旧JAの集出荷施設の統廃合が進んでいきます。そこで新しい施設の建設に全農が参画し、販売にまで責任を持つという形で支援していきます。JAは施設費が削減され、これまで集出荷場ごとに配置していた格付・検査担当の職員が生産者対応に回ることができます。こうした農業インフラの整備と物流改善によって、最終的な目的である生産者の所得を増やすことにつながります。
――その物流についてですが、米を例にとると旧食管法では米の運賃は国が負担していました。しかし今は生産者の負担で、条件の悪いところでは負担が大きくなります。対策を考えるべきではないでしょうか。
山﨑 物流の問題は重要で、本所に物流対策課を新設し,物流対策に力を入れています。
――これから輸送問題が大変になると思います。運動面からみると、いま盛んなネット販売よりは生協が見直されるのではないでしょうか。農協もそうですが、組織的に注文して共同で購入できます。消費者はこの組織の強みも考えてほしいものです。
◆協同の価値見直しへ
山﨑 社会全体が農業や協同の価値を見直すようになってきたと感じています。地方を基盤とする農業が社会の問題解決の面で先行しているとみるべきです。もっと農業や農協のことを知っていただきたい。そのために各地で頑張っているところをもっと発信すべきです。
――いかに持続できる農業を確立するかが最重要課題だと思いますが、全農はどのような支援を考えていますか。
山﨑 日本の農業は家族経営を基本とすべきですが、それには経営者でなければならないと思っています。長期契約などで安定して経営できる仕組みをつくることが課題です。JAと距離を置いている法人でも経営者として、JAの役割を理解しています。経営の安定やリスクヘッジのために農協に出荷するという法人も少なくありません。JAグループからのアプローチが少ないのかもしれません。多様化した生産者には一律ではなく柔軟に対応するべきです。
今年度からの3か年計画では、最終年度に5兆円の取扱高を計画しています。全農も頑張るから、安定した収入を得て農業を続けてほしいという生産者へのメッセージだと考えていただきたい。
――東日本大震災で応援に行って現地で他のJA職員と交流した職員が、大きく変わり業務に役立ったという例があります。人の交流が必要ではないでしょうか。
山崎 人の派遣も含めてJA支援を積極的に展開します。
農業総生産額の拡大に向けて、品目別に定めた戦略のメッセージを生産者に伝えて達成したい。やることは多くありますが、グループ会社を含め、全農グループにはその力があると思っています。
※1 MD(マーチャンダイジング):商品化計画。消費者の需要に適合する商品を、適正な数量・価格で、適切な時期・場所に供給するための計画と管理。
【インタビューを終えて】
神出元一・前理事長の体制の下で播かれた改革の種は次々と芽を出し、枝葉を伸ばしはじめた▼山﨑周二・新理事長体制の発足は、この枝葉をさらに大きく広げ、花を咲かせ、豊かな果実をもたらすことを期待させるに相応しいとみた▼そうした成果に至る道筋におけるキーワードは誇り・自信・内省・謙虚・勇気・連帯・発信ではないか▼インタビュアーのわがままな問いに正面から丁寧に答えていただいた山﨑氏の姿勢に全農トップの矜持(きょうじ)を感じた。(谷口信和)
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