【講演・孫崎享 氏】「壁」の次はニッポン トランプ大統領の戦略2019年2月6日
・2019新春特別講演会
(一社)農協協会と農業協同組合研究会(会長:梶井功東京農工大元学長)、新世紀JA研究会(代表:八木岡努JA水戸代表理事組合長)は1月24日に恒例の新春特別講演会を開いた。今年の講師は元外交官で評論家の孫崎享氏。「ニッポンを標的 動き出すトランプの強硬外交」と題して講演した。概要を紹介する。
◆3つの公約 強力推進
トランプ大統領については多くの人が予測不可能なことをする大統領であり、今までだれもやらなかったことをやっていると考えているのではないか。確かに、メキシコとの国境に壁を作る、できなければ政府の一部が閉鎖されてもかまわないという姿勢だ。
ニューヨーク・タイムズの記事に「トランプ大統領はシングル・イシュー」とあった。壁を作ることだけ。そのほかは何も考えていないという論評だ。メキシコとの国境問題が米国の安全保障上いちばん重要だ、などとは誰も思わない。
しかし、彼の日程はほとんど白紙だという。国際会議にも出かけず誰とも会っていない。国内でも国防長官が辞任し、すでに大統領の首席補佐官も辞任した。空席がいっぱいあるにも関わらずこれを埋めることもしない。
このように非常に分かりにくい状況になっているが、逆にいえばトランプ大統領はかなり読みやすい大統領だ。
トランプ大統領は「メイク・アメリカ・ストロング・アゲイン」、アメリカを再び強く、を訴えて大統領選挙に勝った。
そのときに3つ訴えた。1番目は、国境の安全を強化する。2番目は米国の工業を復活させる。3番目は米軍は意味のない地域には出さない、である。実際、政策はこの3つに収斂している。
1番目はまさにメキシコとの国境の壁建設である。2番目については、日本や中国に対しての関税引き上げで工業を復活させようということだ。そして3番目は、どこまで実現できるかはともかく、シリアからの米軍撤退の表明である。
今、世界中にナショナリズムが起きている。英国はEUからの離脱を決めた。ロンドンには多くの企業のヘッドクォーターがあるが、それはEU市場全体を視野に入れてのこと。EUから脱退すれば別のところに移っていくのであって、英国経済が繁栄するわけがなく国家にとってプラスではない。しかし、移民、外国人労働者を入れないという声が強くEU離脱を決めた。フランスも右翼グループが台頭し、ドイツも南部の保守基盤で右派が台頭、選挙はメルケルの大敗だった。
ナショナリズムが大きな力を持つなかでは、外国人はけしからんという主張が人々にいちばん訴える。だから、トランプ大統領も「壁」を言い続ければトランプ支持は増えるとみている。トランプ支持率は今は40%ぐらいだが、壁の建設を支持するという人は45%から52%程度ある。ということは、トランプ支持でない人でも壁の建設は支持しているということになる。したがって、「壁」と言い続ければ自分への支持が増えると考えている。
(写真)孫崎享 氏
◆グローバル企業との戦い
しかし、実際はシングル・イシューだけで行くわけにはいかないため、どこかで壁以外の問題をターゲットにしてくる。それが2番目の米国の工業の復活だ。
トランプは大統領選で民主党の地盤だった自動車産業の中心であるペンシルベニアやウィスコンシン、ミシガンなどの州で勝った。民主党が強いということは労働者が強いということだが、そこで米国を再び強くすると訴えて勝った。ここは次の大統領選で絶対に負けられない。そのためにどのような政策を取っていくか。それは関税で米国の工業を守っているという政策であり、最初のターゲットが中国だった。中国の対米輸出は5000億ドルほどだが、その半分に関税をかけた。
しかし、米国の企業にとって中国市場は巨大であり、たとえばゼネラル・モーターズ(GM)にとって米国内で自動車を製造して輸出することと、中国国内で製造することのどちらがいいのかが問題になる。中国で製造すれば賃金は低く規制も緩やかであり、GMは何もアメリカにいる必要はない。企業全体として儲かればいいのであって、中国も中国に工場を作ってくれと言っているのだから現地で生産すればいいということになる。
トランプ大統領は米国の工業をもう一度復活させると主張したが、GMは米国でのセダン製造からは撤退する方針を出した。アップル社もシリコンバレーで生産をする必要はなく、中国で生産しパテント料などをもらえばいいという考えだ。
このように多くの企業は中国への進出と中国市場を利用することを考えてきた。ドイツの自動車産業も中国に進出し、その影響もあって米国企業は大変な勢いで出ていった。世界的な大企業は中国での現地生産で利益を得るという流れになってきた。中国はけしからんといいながらも、企業はそこで利益を得る。
ところが、トランプの考え方は利益を得るというよりは、米国内の企業を大事にするんだということ。米国の企業が中国で生産することはトランプにとってはよくない、となる。ここは政権とグローバル企業とのせめぎ合いだが大統領の権力は強い。
◆米中の「技術冷戦」
もうひとつ重要なことは最先端技術で中国は米国を追い抜いている状況が来ているということだ。代表的なのはファーウェイだが、人工知能、ロボット、その他通信技術などでも世界一になりつつある。それはこれまでの消費を中心とした大規模市場で世界一の経済圏を作るという方向から、技術で世界一の座に着くという方向に切り替わりつつあるということを示す。これに米国は不安を持った。気がつくと非常にスピードが早い。この中国の技術発展を止めなくてはいけないということから、新たな米中の戦いが始まったと思う。米中の技術冷戦とも言われて、ファーウエイの幹部が米国の要請でカナダで拘束されるという事態も起きた。
◆再選に向け日本叩きも
トランプにとって次のターゲットは日本だ。トランプが実業家として活動し始めた1970年代、80年代はどこが米国の脅威だったのかといえば日本だ。トランプが80年代に出版した本で書いていることは今、大統領になって言っていることとほとんど同じで、米国を外国の脅威から守る、であり、その大きなターゲットは日本である。
したがって、次の大統領選挙で勝とうと考えているときに日本をターゲットにしないで終わることはないと思う。今は壁が最優先だが、壁が最優先でなくなったときに出てくるのが貿易問題であり、トランプの考え方のなかには米国の自動車産業と鉄鋼をつぶしたのは日本だというのがあるため、これは必ず出てくる。
日米交渉は物品交渉だと政府は言っているが、米国は為替レートも議論する方針を示した。もちろん農産品も対象になる。安倍政権がどう対応するかは分からないが、自動車産業の被害をできるだけ少なくしようという気持ちは必ずある。それを最優先にして米国と接触し、その代償が農産品であれば、政府は農産品を代償にすると思う。交渉がいつ始まるか分からないが、大統領選挙は2020年11月。それまでに選挙で有利になるようにどうカードを切るかを考えていくだろう。
トランプ大統領は再選を最優先事項にしているということは日本ではそれほど報道されていない。しかし、就任したその日に次の大統領選候補として登録をした。こんな大統領は今までいなかった。すでに相当の遊説をしており選挙の戦い方は徹底的なデータ分析に基づく。しかも今回はだれが自分を支持したかがしっかり分かっている。その人たちに自分の公約を訴え続けていく。
実はトランプ大統領は世論で動いている。ただ、その世論とは自分に敵対的な世論はどうでもいいということだ。民主党支持者が何を言おうと、どのような反対をしようとそれはいい。私は自分の支持基盤を固める、が基本だ。支持者を固めれば次の選挙には勝てるはずだということである。
今はトランプ支持率は40%程度だが、民主党の大統領候補になる可能性がある人物で20%、30%支持を得ている人物はだれもいない。民主党からは女性議員らが何人か立候補を表明しており人気が高まっている議員もいるが、では、本選で勝てるのか、というとなかなか難しい。私たちはトランプの力を過小評価して、日本の政界でもそのうち終わると見てきたが、そうではないと思う。
(関連記事)
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・【クローズアップ】2019どう動く? 米国の貿易政策【元外交官・評論家 孫崎 享氏】(18.12.10)
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