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食料と平和 安倍政権に任せられぬ【田代洋一・横浜国立大学名誉教授】2018年4月27日

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・日米首脳会談を読む

 日米首脳会談では、鉄鋼・アルミの関税引き上げ対象から除外するためには、日米FTA交渉に応じるよう日本政府は迫られた。狙いは農産物。さらなる市場開放が求められれば日本農業は壊滅的な打撃を受けかねない。しかも長期的にはグローバル・ルールづくりの覇権を握るのがアメリカの戦略。そんな時代の核心を見抜き、食料安全保障をどう確立するかが、問われている。それは「対米従属とTPP11にこだわる安倍政権には任せられない」。こう指摘する田代洋一名誉教授に日米首脳会談を読み解いてもらった。

◆「アメリカ第一」ひと筋

通商問題が議題となった4月18日の会談。会議は1時間50分におよんだ(内閣広報室提供) 日米首脳会談は次の二点を明らかにした点で画期的だった。
 第一は、支離滅裂に見えるトランプが、実は極めて首尾一貫していることだ。すなわち関心はアメリカの安全保障と貿易赤字減らしのみ、要するに「アメリカ第一」。
 初仕事として2017年1月にTPPから永久離脱したが、今年に入り二度にわたりTPP復帰を口にした。一度目は1月、TPP11がアメリカ抜きで署名にこぎつけた時で、それにちょっかいをかけた。二度目は4月、TPP離脱はアメリカ農業地域に大打撃を与え、中間選挙にモロに響くことを見越して、そこで農業地域の選出議員にほのめかした。
 ところが首脳会談では「TPPには戻りたくない。とくに日本とは2国間取引が望ましい」と明言した。TPP復帰はその時その時の状況に応じたフェイントだった。
 トランプの「取引」の手の内もはっきりした。無理難題をふっかけ、それがいやならこれを飲めと「アメリカ第一」のもう一つの要求を突きつけ、二者択一に追い込む。子どもの頃にもこういう悪ガキがいた。彼は強い相手には愛想よく、手下からは過酷に上納金をとりたてる。トランプにとって「強い相手」はプーチンや習近平、手下は日韓だ。韓国は鉄鋼・アルミの高関税を外してもらう代わりに過酷な米韓FTA再交渉を飲まされた。次は日本だ。

(写真)通商問題が議題となった4月18日の会談。
会議は1時間50分におよんだ(内閣広報室提供)
 ※クリックすると大きな写真が表示されます。

 

◆安倍はゴルフのお相手

Yoichi Tashiro 第二は、安倍首相の処遇が明確になったことだ。トランプは3月下旬、日本の対米黒字を念頭に「こんな長い間、米国をだませたとほくそ笑んだ日はもう終わりだ」(日経4月20日)と安倍を評した。
 安倍は、米朝交渉でも蚊帳の外に置かれ、鉄鋼・アルミの高関税は外してもらえず、外して欲しかったら日米FTA交渉に応じろと逆に脅された。米朝会談でもトランプは米本土に達するICBMを廃棄させることが第一で、日韓が射程に入る中・短距離弾道ミサイルの扱いは不明、その下で日本に防衛装備品の購入を迫り、まんまと安倍をのせた。最新鋭ステルス機、陸上配備型迎撃システムなど、それぞれ1機500~1000億円の代物だ。なんともうまい「取引」ではないか。
 要するにトランプにとって安倍はゴルフのお相手以上の者ではなかった。モリカケ問題等で自ら日本の統治機構をぶち壊してしまった安倍は、今度は外交面でも食料・軍事の安全保障面で日本を危機に陥れた。そんな安倍に日本を任せられるのかが、国民にとって待ったなしの課題だ。
 安倍首相はアメリカのTPP復帰を促したが、トランプはノー、逆に日本を二国間取引に引きずり込んだ。そのゴールは日米FTAだ。ではTPPはどうなるのか。もっぱら死に体という受け止めだが、激動期の世界にはあって短絡は禁物。少なくとも短・中・長期三つの射程で先を見る必要がある。

(写真)田代洋一 横浜国立大学・大妻女子大学名誉教授

  

◆短・中・長の三つの射程

 「短期」とはアメリカの11月中間選挙まで。夏には選挙戦が始まるのでトランプの言葉では「ここ数週間」。「中期」とはトランプ政権期、「長期」とはポスト・トランプ政権期だ。中間選挙で共和党が勝てば中期が長びき、負ければ短くなる。
 短期には、中間選挙向けの手土産(日米FTAの前払い)、具体的にはアメリカからの牛肉輸入の月齢外し、牛肉・豚肉の豪・ニュージーランド(NZ)・EUを上回る特例措置等の約束の可能性がある。中期は農産物・クルマなど日米の本格的FTA。そして長期はアメリカのTPP復帰だ。

 

◆TPPからTPP11へ
 トランプのTPP離脱後、安倍はTPP11に邁進した。日米二国間取引を避けるのが目的の一つだが、その思惑は首脳会談でもろくも外れた。

 TPP11とは、
(1)市場アクセス面はTPPと同水準
(2)ルール分野(多国籍企業が国家に優先するISDSなど)はアメリカが復帰するまで凍結
(3)アメリカ復帰の有無が明確化した場合の(1)の再協議
 の三つからなる。

 (1)はアメリカを含めた場合と同じ間口をアメリカ抜きで開けてしまうので、豪・NZ等がその穴を埋めてしまう。日本は、そのうえアメリカから日米FTAによる上乗せを求められたらかなわないので、(3)の再協議で間口を縮めたい思惑だが、そんな身勝手を豪・NZ等が認めるはずがない。つまり日本にとっては、TPP11は市場開放水準としてはTPPに等しく、それに日米FTA分が追加されることになる。
 TPPの本当の狙いは(2)のルール分野にあるが、トランプは(1)しか見ず、輸入がアメリカ製造業を潰すことに怒り狂っている。確かにグローバル化がもたらす格差拡大、失業、貧困にアメリカ自身が耐えきれなくなったことがトランプ大統領を生んだ。行き過ぎたグローバル化に対する批判という意味ではトランプ登場は歴史的意義をもつ。
 しかし、アメリカは今やサービス貿易と海外投資利益の国内還元(第一次所得収支)で稼ぐ国に転換している。貿易国家から投資国家への転換、あるいは物づくり国からカネ転がし国への転換である。物財貿易の赤字はその一つの結果だ。アメリカの伝統的製造業の劣勢を食い止めるには技術革新(研究開発)や職業訓練による産業転換が欠かせないが、トランプはその財政支出を減らしている。
 アメリカ原籍の多国籍企業はどんどん海外進出している。そういう多国籍企業、とくにサービス業や金融業にとって、海外進出の権益を守り、儲けを安全にアメリカに還流させるための最大の課題は貿易・投資のルール作りである。
 グローバル化する世界にあっては、グローバル・ルールを形成する大国のみが覇権国家たりうる。いま、米中はその戦いの最中にある。今回の米中貿易戦争もその一環だ。当面はアジア太平洋地域の自由貿易圏(FTAAP、エフタープ)を誰が主導するかの戦いである。
 中国はRCEP(アールセップ、東アジア包括経済連携、東南アジア・日中韓・インド等)の主導権を握り、一帯一路(シルクロード経済圏)につなぎたいし、オバマ大統領はTPPを橋頭保に仕立てたかった。TPPが署名にこぎつけた時、オバマは言った。「ルールをつくるのはアメリカだ。中国にルールはつくらせない」と。

 

◆米、満を持しTPPへ

 しかるにトランプにはその時代の核心が見えない。トランプの二国間取引では逆立ちしてもグローバル・ルールは作れない。ルール・メーカーどころかトラブル・メーカーになっている。
 アメリカがグローバルなルール・メーカーになる手掛かりは今のところTPPしかない。そこでアメリカ支配層の戦略はこうだ。
 当面はTPPは日本に任せる。現にTPP11に参加したい国は増えている。フィリピン、タイ、インドネシア、韓国、台湾、コロンビア等だ。TPP11の多くが英連邦国だからイギリスも参加意欲をみせている。そうして一回りも二回りも大きくなったTPPにポスト・トランプのアメリカが満を持して復帰する。そして凍結していた先の(2)のルール分野を解凍し、それをグローバル・ルールづくりの手掛かりにする。

 

◆「多様な農業」を軸に

 日本にとって、とりわけ農業にとって、短期、中期、長期、いずれも茨の道である。
 日本はこの間、TPP、日欧EPA、TPP11のいずれの影響試算でも、関税引き下げ分だけ農産物価格は下がるが、国内対策を講じるから、輸入量、国内生産量、自給率に影響はないとしてきた。しかしたった3000億円の国内対策が関税低下分をピタリとカバーできる保証などどこにもない。「国内対策で大丈夫」論でこのままFTAを拡大していったら日本から農業はなくなってしまう。
 ではどうするか。当面の世界は、中国もロシアも地域覇権国家をめざし、アメリカは日米同盟で対抗しようとしている。しかし中国のICBMがアメリカ本土に到達しうる今日、アメリカの核の傘はやぶれた。それに北朝鮮まで加わったらたまらないというのが今回の米朝会談だ。
 アメリカは核の傘で日本を守れない。日本は日本独自の食料と平和の安全保障の道を摸索するしかない。食料については今一度、「多様な農業の共存」の方向でWTOの民主化と実効力回復に努めるべきだ。いずれも対米従属とTPP11にこだわる安倍政権には任せられない。

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